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中村勝哉さん「お別れの会」(2)

晶文社の長い歴史からすれば、ぼくの在籍した5年間など、ほんの一瞬にすぎない。だからぼくには、晶文社という出版社について元社員という立場からなにか意味あることを述べる資格も能力もない。それでも確実にいえることは、ぼくにとってここでの5年の経験は、文字どおり社会のなかで生きていくための「学び舎」だったということである。

当時のぼくは、世間知らずで、なにもわかっていないくせに、気ばかり強くて、むやみに突っ張っていた。早い話、困ったひと、だった(いまもそうだが)。生意気なだけで箸にも棒にもかからないド素人の面倒を根気よく見、編集の基本からその精神までを授けてくださったのは、島崎さん・原さんをはじめとする編集部のメンバーだった。落ち込んだかとおもえば調子に乗ったりと乱高下するぼくを、励ましたり諭したりしてくださった。数々の失敗にも惜しまずケアをしてくださった。そのようにして育てていただいたおかげで、危なっかしいなりにも編集者としてひとりだちして仕事ができるようになるのだが、そのころにはすでに晶文社を離れてしまっていた。編集者になることで初めて、ぼくは社会のなかでのじぶんなりの立ち位置と姿勢のようなものを得ることができたように感じられた。一介の駆けだし編集者としてどれほど恵まれた環境にあったか、そのことにはっきり気がつくのは、もう少しあとになってからのことだった。

数年前、あるシンポジウムに行き、客席の隅に坐っていた。するとその会場に中村さんが現れた。ぼくは中村さんに挨拶をして無沙汰を詫びた。中村さんは、「いやいやァ……」などと、いつものように少し照れたような表情をされたあと、「ここ、いい?」と訊ねられるや、隣の席に坐った。そうして、中村さんとぼくはふたり並んで、シンポジウムをおしまいまで聞いた。それが、中村さんに直接お会いした最後となった。

(つづく)