逆さまの地図

地下鉄有楽町線の飯田橋駅に降りたのは午後5時55分だった。会合の始まりまであと5分。なんとかまにあいそうだ。

改札を出たところに、地上への出口を示した地図板が掲示してあった。その地図にチラリと目をやり、現在位置を探す。会合場所は、駅の南西にある。南西に位置する出口を探す。B3出口がそれだ。地下道の天井からつり下がっているサイン板を見る。B3という文字と矢印。その指示に従って急ぎ足で歩きはじめた。

30秒も歩いただろうか。ようすが変だ。こっちじゃないんじゃないか。地下道を歩きながら、そんな気がしはじめた。じぶんはいま、神楽坂の下へと向かっているのではないか? B3の階段を登りだしたときには、疑念は確信に変わっていた。地上へ出た。案の定、ぼくの目には見慣れたハンバーガー・ショップの看板が目に入ってきた。神楽坂下。そこは駅の北西側、つまり出るべき出口のちょうど反対側だった。

あわてて地上を飯田橋駅へ戻りながら、どこで間違えたんだろうと自問した。行くべき南西とちょうど真逆の北西に出てしまった──そうだ、あの地図板だ。あの地図は、南北が逆さまになっていたのだ。

地図板の前で立ち止まり、落ち着いて地図を確認すればよかった。授業で学生に認知地図を描いてもらうと、二つのタイプにわかれる。手続き型と配置型だ。前者は、目印を見つけて、その角を右に曲がる、というふうに理解する仕方。後者は、全体の配置すなわち個々の要素というよりもそれらの関係性を視覚的に把握する仕方。ぼくは圧倒的に後者のタイプだ。そういう人間にとって、地図の天地がそのときどきで気ままに異なっているという事態は、理解しがたい問題なのである。

じっさい、地下鉄東京メトロの地図板は、上方が北という地図の原則をしばしば守らない。その事実には以前から気づいてはいた。しかし東京メトロにとって、そうしなければならないどんな理由があるというのだろう? あれこれ考えてみたが、ぼくにはどうしても説得的な理由が見出せなかった。気まぐれ、というわけでもないだろうに。

再び飯田橋駅に戻ってきた。改札の光景を目にしたとき、もうひとつの重大な事実に気がついた。飯田橋ではなかった! 会合場所があるのは、隣の水道橋の駅だったのだ。われながら、なんという間抜け。

仕方なく、飯田橋から一駅JR線に乗ることにした。どう考えても、もはや約束の時間にはまにあいそうもない。

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