O 脚

二月の大学は忙しい。たぶん初めて経験する学部の入試ということも関係しているのだろう。それで実際以上に忙しく感じるのかもしれない。こんなに忙しいなら靴でも買おうと思い立った。忙しさからの逃避なのかなんなのか、そのあたりは当人にはよくわからない。いずれにせよ、ある日大学からの帰りに神田へ立ち寄った。小川町にある大喜という靴屋さんである。

マスターは、ぼくの姿を見るなり、言った。「少し O 脚気味ですね」。

え? 意表を突かれた。O 脚というのは若い女性がなるものなのではないのか。しかしそれはぼくの誤った思い込みだった。マスターがいうのは、O 脚は男性にも多いそうだ。軽く気をつけの姿勢をとって、全身を鏡に映してみる。なるほど、右足だけわずかに膝が外へ出ており、左足はさほどでもない。むしろ D 脚とよぶべき状態だ。

心当たりがないではない。歩いていると、膝が痛くなる。決まって右だけだ。左はなんともない。山歩きのように負荷がかかるときはもちろん、ふだんから好きでよく街を歩くのだが、そのときもやはり同じように右膝が痛くなる。たまに右足の外側に体重が載りすぎてバランスを崩し、足首を内側にひねってしまうことさえある。そして、たしかに右の靴だけ、かかとの減り方が早い。気になってはいたものの、じぶんでは原因が把握できないでいた。

それからが大変だ。大喜からの帰り道、歩きながら右足の姿勢を直そうとしてみた。だが、歩いているあいだじゅう姿勢を意識しつづけるのは至難である。やっているうちに、だんだんどの姿勢が正しいのかわからなくなってくる。家に帰れば、右足のあちこちが筋肉痛で悲鳴をあげる始末である。

なにかいい器具はないか。調べてみると、O 脚矯正用の中敷きというものがあるらしい。東急ハンズで探してみた。多くは女性用だが、なかに男性用というのもある。ひとつ買い求めて、さっそく試してみた。しかし右足だけ中敷きを交換すると、左右で高さがずれてしまうせいか、ひどく歩きにくい。かといって、O 脚傾向のない左足にも矯正用中敷きを入れるわけにもいくまい。だんだん混乱してきた。どうすりゃいいのだ?

大喜のマスターに言われたことをおもいだした。少し右肩が下がり気味ですね。そう指摘してくれたのだった。高校時代から、ぼくはバッグなどを右肩にかける癖がある。左肩だと、すぐにバッグのベルトがずり落ちてしまう。なぜかわからないが、肩幅も右のほうが大きい。荷重のかかった右をもちあげるために、全体として姿勢が少し左に傾く。なんとなく左足に体重がかかるような姿勢だ。その状態で右足を接地させようとすると、心持ち足裏の外側を下にする格好になる。これが O 脚というか D 脚になる遠因ということなのだろうか。

そこで、ごくふつうの姿勢をとり、左の肩だけをほんの少し下げてみることにした。そしてウォーキングの基本として挙げられているように、やや大股気味に右足を出し、かかとから着地する。すると、うまくバランスがとれるようになった。肩だけをわずかに下げる、というのがポイントのようだ。うっかり身体全体を左に傾けると、たちまち姿勢が崩れてしまう。

歩くとは人間のもっとも基本的な動作のひとつである。なかなか奥が深い。

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