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朝のカップル

朝の通勤電車に若いカップルが乗り込んできた。二人でこれから出社する、そんな感じだった。二〇代半ばから後半くらいだろうか。その年代としては、ごくふつうの身なり。どちらかといえば地味な印象だ。

二人はドア際に向かいあって立った。片手で相手の手を握り、あいたほうの手で相手の襟元やら髪やらを触る。「髪が濡れてる」などと、ぼそぼそと言葉をかわす。相手の顔に焦点をあわせられる程度の距離をとって向きあいつつ、ときどきぐっと近づく。そういうときは、二人とも無言だ。

見つめあう二人のまわりは、厚さ50cmほどの目に見えない壁で、ぐるりと囲まれていた。混雑する電車のなかで、そこだけぽっかりと床が見えていた。

見えない壁の外側を、スーツ姿の男女が取り囲んでいた。内側にいるカップルよりも十年から二十年ほど長く生きてきたかれらは一様に、壁から顔をそむけていた。ある者は天井を見つめ、ある者は手許のケータイに目を落とし、ある者は車窓の看板を見るともなしに見、ある者は中吊り広告を何度も読みかえしていた。壁の内と外とでは、時間はまったく異なる速度で流れていただろう。

快速の停車する駅に着いた。カップルのうち、女のほうが降りた。車内に残された男は、バッグのなかから白いイヤホンをとりだした。さっきまで女の右手を握っていた男の左手が、こんどは角張った再生装置を握っていた。数世代前の、シャープのザウルスだった。