映画『ザ・ムーン』

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アポロ計画をふりかえるドキュメンタリー。同時に、本作品の提供者であるロン・ハワードが監督した『アポロ13』(1995)が、史実にもとづいた劇映画としていかによくできていたかをも教えてれる。

1961年のケネディの演説から始まり、69年のアポロ11号による初の有人月着陸、72年のアポロ17号による計画の終焉まで。本編100分ほどを、アポロで月まで旅してきた宇宙飛行士たちのインタビューと、当時の記録映像だけで構成する。昨今の英米系のドキュメンタリーでしばしば目につくあざとい系の演出は皆無。対象へ切り込み、切りとり、構成して提示するという基本に、潔いまでに忠実だ。それが結果として、このプロジェクトの偉大さをストレートにあらわしている。

アポロ計画については多くが語られているが、本作品でなによりすばらしいのは、NASAに保管されていたという記録映像である。計画の初期、木材で宇宙船のモックアップがつくられていたりする光景がちらりと映る。とくに驚かされるのが、飛行中のサターンV型ロケット(以前にヒューストンで展示されているのを見たが、むちゃくちゃ巨大な代物)がつぎつぎと切り離されるようすを、遺棄される側から撮影した映像である。どうやって回収したのだろう?

宇宙から帰還した飛行士たちのひとつの傾向として、超越者の存在に惹かれてゆくことが、たとえば立花隆の『宇宙からの帰還』などの本で語られているが、ここでもそれが確認できる。

アポロ計画自体は、冷戦体制下における西側世界の盟主としての米国の威信をかけた国家プロジェクトだった。その結果、9機のロケットが月へ向かい、12名が月面に降りたつことになった。アポロ以後、人類は誰も月を訪れてはいない。アポロ計画自体は国家威信の産物だったにせよ、人類が月へ降りたったという事実自体の価値は別のところ、つまり科学的成果や人類によるひとつの到達点として位置づけられるべきである。本作品ではこうした見方が強調される。

エンドタイトルで、いわゆる捏造論(月着陸はヤラセだった)への反論が差しはさまれるが、これは蛇足。明らかに日本人的発音による『ムーン・リヴァー』がさらに蛇足を重ねる。日本版にのみ付着した営業用イメージソングだという。

なお上の写真は今年の元旦の月。夕方、デッキから撮った。