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映画『小三治』

柳家小三治師匠のドキュメンタリー。

寄席、楽屋、旅先、稽古場。小三治の出かけるところならどこへでも、カメラがとことこついてゆく。つかず離れず、奇をてらわず、小三治に寄り添いつづける。その間合いがいい。

小三治の口をついて出てくる言葉は、つねに考えているひとのそれである。お茶汲みのおねえさんに話しかけること、師匠に教わったのに師匠に違和感をもつこと、弟子に「教える」ことについて、などなど。まじめで、努力家、つねに芸のことを考えている。そして、そうしたじぶん自身の気質を、ときにポーンと突きはなしてみせる。凄味がある。「じぶん探し」という言葉も飛びだす。この言葉づかいには意表をつかれる。

カメラは、折々にみせる厳しい表情を、さりげなくとらえる。「厳しい」といっても、厳しさが表にあらわれているわけではない。かといって無表情でもない。ちょっと唇を突きだすようにして、悄然としているようでさえある。「にこりともしない」という表現がもっともふさわしい、そんな顔だ。

小三治のその顔に出会えることが、本作品の届けてくれる最大の贈物であろう。