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映画『BabyBabyBaby!』

前回書いた『スタートレック』につづいて、こちらも出産がらみの作品。そしてたぶん、これまでのところ、ぼくが観たなかでは今年のワーストである。

本ブログの──というより、ぼくの個人的態度として、とりあげる作品にたいして根本的なところで敬意を失しないことを前提に、なるべく好ましい点に目を向けることにしている。その姿勢に例外はない。そのことを確認したうえで、それでも、この作品については、厳しい評価を書かざるをえない。申しわけないが、どうしようもない。

20年は感覚のズレた状況設定。あきれるくらい類型的な人物。ただただエピソードがならべられるばかりで、いっこうに組みたってこない物語。下手の大芝居をドタバタ上塗りするだけの役者。著しくテンポが悪く、シチュエーションコメディをつくっているという自覚があるのかさえはなはだ疑問な脚本や演出。

個人的にはほとんど斉藤由貴だけを観にいったようなものだが、それでさえもコメディエンヌとしての彼女をまともに活かす気があったようにはおもわれない。

出産はコメディの典型的な題材のひとつである。しかし出産もコメディも、今日たんに「いいんじゃね?」程度のノリでまともな作品が撮れるほどヤワな相手ではあるまい。だからこの作品は、そもそもの身ぶりからして根本的にまちがっている。

現代日本において、少子化にかんして考えなければならない最大の問題は、社会が個人にたいして、事実上、出産を許さないことにある。なぜなら、構造的な問題に起因する軋みや矛盾をすべて個人に負わせることで社会構造を温存させようというのが、21世紀日本の社会だからである。産気づいた妊婦を乗せた救急車をたらいまわしせざるをえない事件に象徴されるように、産婦人科の医療現場が崩壊している現実も、この点に関係している。それを個人の倫理や努力の欠損に帰していては、崩壊は加速するばかりだ。

同時にこの社会は、ありとあらゆるところに「お笑い」の跋扈する社会でありながら、そのじつ「笑い」が徹底して排除された社会でもある。そして「笑うこと」は「泣くこと」よりもはるかに高度で複雑であるという事実も、ほとんど理解されていない。

そうした現実に向きあい、そのうえでそれを笑い飛ばす。その態度抜きに、どうすれば今日日、出産コメディが撮れるというのだろうか。そしてその態度を全うするためには、それ相応の覚悟と才が不可欠なのだ。