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ただいま両松葉

両松葉というのは寿司屋の符牒ではない。松葉杖二本、という意味である。整形のお医者さまによれば。

羊蹄山に登ってから二日後、左膝が痛みだした。登山は近年稀にみるきつさだったから、そのダメージだとおもわれた。市川に帰ってから筋肉痛の薬を塗布したりしてみたが、痛みはかえってひどくなるばかり。左膝は腫れ、曲げられない。のみならず、わずかでも体重がかかると激痛が走る。横になったところで、どんな姿勢をとっても脚の自重がかかるため痛くて眠れない。朝になれば、まるで熱でもあったかのように汗をかいている。それでもびっこをひいて授業に出かけたが、一日終えて帰宅するころにはふらふらだ。翌朝、近所の病院へ出かけていった。

「失礼ですけど」若いレントゲン技師がぼくの膝に目をやりながら言った。「どうみても割れてますよ!」。割れてるというからには、骨のことにちがいない。交通事故など大きな衝撃がくわわらないと、なかなかこうはなりません、などという。おいおい。

待合室では、手すりにつかまってずっと立っていた。座ると膝を曲げねばならず、かえって痛いのだ。待つこと30分、診察室に呼び入れられた。レントゲンをみながら、先生が指摘する。「骨、割れていますね」。写真に映った骨は、たしかにくっきりと割れていた。やっぱり登山中に折ったのか。でも山道でそこまで烈しく転んだ記憶はない。

ところが、続けて先生は驚くべきことをおっしゃった。「これ、最近の怪我ではないと考えます。以前おきた骨折が癒合しなかったのでしょう」

そういわれても、過去に左膝の骨折をした記憶はない。可能性があるとすれば、若いころにバイクで事故ったときだろうか。だがそのときだって病院で診察をうけていて、とくにそんな話はなかったはずだ。見落としがあった、ということなのだろうか。なんだかよくわからない。

いずれにせよ、この二十数年のあいだ、ぼくは左膝に古傷をかかえながら、まるでそれと知らずに暮らしていたことになる。たしかに、疲れてくると左膝に引っかかりを感じることがあったし、膝が痛くなるときは決まって左だった。先生の口ぶりだと、そういう例はたまに見受けられるらしい。

さてそして、膝に水が溜まっていますのでね、と先生が言うやいなやぼくはベッドに横にされ、ぶっとい注射器のようなもので水を抜かれた。「これです」といってみせられたのは、黄色いような緑色のようなきれいな液体だった。「澄んでいるでしょう、最近の怪我によるものなら血が混じっている」と先生はじぶんの所見が裏打ちされて満足そうである。とにかくしばらくはおとなくして腫れがひくのを待つように、といわれる。そして薬の処方をだしつつ、看護師さんに「両松葉ね!」

午後には戸塚の授業に行くつもりだったぼくは(筋肉痛の一種だとばかりおもっていたのだ)、諦めて帰宅することにした。

しかし、なにしろ生まれて初めての松葉杖なので、使い方がよくわからない。看護師さんに訊くと、「左かい? こうやってつかうんだよ」と親切に教えてくれた。バス停まで歩くのだが、なかなか進まない。少し歩いては休み、をくりかえす。慣れていないので、歩調がうまくあわないし、すぐにくたびれるのだ。ふつうなら3分とかからぬところを、よちよちと15分かけて歩いた。初めて表へ出た、歩き始めの子どもみたいだった。