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映画『樺太1945年夏 氷雪の門』

太平洋戦争の末期、というより、日本のポツダム宣言受諾後も継続した日ソ戦の主戦場のひとつ、樺太のたたかい。8月15日をすぎてもソ連軍は南下をつづけた。樺太南部西海岸にあった真岡では、ソ連艦隊による艦砲射撃がくわえられ、さらにソ連軍が上陸し、町中が混乱に陥った。真岡郵便電信局で電話交換業務をおこなっていた女性(10代から20代)9名は逃げ場をなくし、捕虜となることを怖れ、ついには自決を余儀なくされた。その史実を題材に撮られた作品だ。1974年に完成しながら、当時のソ連の圧力によってお蔵入りになっていたという。

物語は、いってみれば「ひめゆりの塔」の北方版である。

沖縄戦を舞台にした「ひめゆりの塔」の史実は(善し悪しはともかく)戦後民主主義的な「反戦」の象徴としての物語と位置づけられ、くりかえし映画化されてきた。対照的に、おなじくうら若い「乙女」たちが無情にも戦火のなかでみずから命を絶たざるをえなかった真岡郵便電信局事件のほうは、必ずしもひろく知られてはこなかった。それを踏まえたうえで、もうひとつの「ひめゆりの塔」として受容されることを期待したつくりが、本作品には与えられている。

したがって、物語構造としては典型的な悲劇の戦争メロドラマだ。

「ひめゆりの塔」がそうであるように、戦争を庶民の──つまり一見戦争に直接の責任をもたない民衆の視点から描く。そこでは戦争は、突如上から降ってきて一方的に庶民の生活を破壊するものと描かれる。この作品でもソ連軍は、つねに戦闘機や軍艦や戦車といった巨大な戦争機械として表象されている(この映画に登場する戦車部隊はなぜか歩兵を一切随伴していない)。上陸してきたソ連兵は、日本人と見るや戦闘員非戦闘員・女子どもであろうが見境なし問答無用に機関銃をぶっぱなし、日本人を皆殺しにするような存在である。それは、昔のSF映画に登場する地球を侵略する謎の宇宙人や、あるいは「鬼」と同じように、徹底した他者として描かれる。

もちろん、現実のソ連の対日戦において、当時のソ連軍が戦時国際法に照らして明らかに非合理的な行動をとったことは史実であるらしい。当時も、そしてこの映画が製作された冷戦体制下においても、ソ連はたんなる敵というだけではなく、理解不能な野蛮という他者として疎遠な存在に感じられていただろう。

物語では、苛酷な運命のなかでも職務に忠実でありつづけた「乙女」たちが、みずからの前途への望みを諦めたわけではないにもかかわらず、それでも死を選ばざるをえなかった無念さが強調される。戦争の悲劇性を訴えようという意図があらわしているつもりだろう。

だが同時にその視点は、日本人をあくまで被害者としてのみとらえようとする。しかし戦争の被害者であったのは、ひとり日本人だけではない。そこにいたるけっして短くはない歳月のあいだ、アジアから太平洋にいたる各所において、日本軍の侵攻が、さまざまな社会において無数の「悲劇の乙女」たちをうんでいたであろうこともまた、わたしたちは知っておくべきだろう。その点においてこの作品は、戦後日本の戦争映画の典型的な枠組みの範疇をでるものとはいいにくい。

なお、本作品では電話交換という仕事の重要さがひとつの鍵となる。ケータイの発達した現代からは想像しにくいかもしれないが、当時電話をかけるためにはまず交換手につなぎ、相手を呼びだしてつないでもらう必要があった。イーストウッドの『チェンジリング』にも電話交換の仕事場が登場するが、本作品でもその装置や業務の具体がかなりていねいに再現されている。

また、「乙女」たちが電話交換業務の専門家である点も重要だ。作中で彼女たちが緊急疎開を拒む理由のひとつに、専門家としての矜持があることが示される。当時電話交換手は女性が就くことの許された数少ない専門職のひとつだった。

数年前に発見されたフィルムを、当時助監督だった新城卓氏が中心となってデジタル修復して公開にこぎ着けたそうだ。色はところどころ退色し、ディテールがつぶれてしまっている箇所もあるが、それはやむをえまい。上映もデジタル。冒頭に書いたような事情による当初予定から36年ぶりの劇場公開であり、主要スタッフは軒並み物故者となっている。その事実にも慄然とさせられる。