海を見にゆく

海を見にいってきた。

べつにカッコいいような話ではない。《くんくん》と二人でランクルを2時間ばかり走らせて到着。大洗である。駐車場の目の前に太平洋がひろがる。湘南あたりとは違い、それなりに外海らしい本気の波が打ち寄せている。

《くんくん》は当然のようにして、靴と靴下、それに上にはおっていたシャツを脱いでぼくに預け、ズボンの裾をまくりあげて波打ち際にくりだしていった。

打ち寄せる波に足を濡らされないようにして、波と押しくらまんじゅうをするようにする。見ていると、波はまるで呼吸をしているみたいだ。テンポは変わらず規則正しく打ち寄せる。けれども砂浜につくる波や泡のパターンは毎回少しずつ異なっている。

時折、勢いよくざぶーんと大きな波がやってくる。波はぼくが腰をかけている階段状の堤防の下まで迫る。くんくんはきゃあと声をあげて波を避けようとするが、むろん逃げきることなどできず、けっきょく波をかぶっている。気づけばズボンの裾のみならず、Tシャツまでぐしょぐしょ。案の定、というべきか。

こうなると、あとはもう濡れるのもかまわず、波と戯れている。まわりには同じような子どもたちが何人もいる。みんな、ずぶ濡れ。でも、やたら愉しそうである。

陽がだいぶ傾いてきた。さて、どうしたものか……。着替えなど持ってきていないぞ。タオルが一枚あるだけ。

濡れたTシャツとズボンを脱がせてビニール袋に入れる。上には、さきほど脱いでおいたシャツ一枚を着せる。下は、仕方がないのでぼくのはおっていたシャツを、巻きスカートみたいに巻いておく。シートの上にタオルを敷き、そのうえに坐らせる。

そんな恰好でも本人はすっかりご機嫌で、鹿島から東関東道・湾岸と走って市川までの帰途のあいだ、何やらおしゃべりを続けていた。

《くんくん》ももう小学三年生。あと数年のうちに、もう両親と一緒に出かけるようなことはなくなり、かれ自身の世界をつくりはじめることだろう。

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