映画『バンド・ワゴン』

市川のTOHOシネマズで上映、というので出かけていった。DVDなら自宅で何度でも観られるけれど、大きなスクリーンで観られる機会は、この先何回あるかわからないし。

作品については、もうあれこれ言うまでもない。名作である。そうに決まっている。

前年に製作された『雨に唄えば』と並んで、ハリウッド・ミュージカル映画の最高峰である。トーキーの幕開け時代を舞台にした『雨に唄えば』がより明朗で若々しいのだとしたら、こちらは、30年代に始まるミュージカル映画の全盛期を括弧でくくった設定で、ぐっと渋い。

ぼくが最初にこの作品を観たのは高校生か浪人のころだったとおもうが、すでに知識としては、そうしたことを知っていた。知ってはいたが、当時はまだ古い作品を気軽に観られる状況になかったので、なかなか実作品に触れられずにいた。たまたまリバイバルブームが到来し、上映されると知ったときは、うれしかったものである。

ところが、じっさいに作品を観ると、とまどってしまった。たしかにすばらしいとはおもうものの、いまひとつピンとこなかった。いま思えば、まだ尻の青いガキだったのだ。このフィルムは、人生の山も谷も味わい、かつ残された時間に限りがあることを知っている大人の作品なのである。ちなみに、アステアはこのとき54歳である。

ハリウッドのミュージカル映画を考えるときにこの作品が重要なのは、これが名作であり最高峰であるという理由だけに拠るのではない。これを境に、ミュージカル映画というジャンルは凋落し、大きく変質して、ついにはジャンルそのものがほぼ消滅する。その分水嶺に、この作品は位置づけられるからである。

いいかえれば、「1953年のトニー・ハンター」を演じることで、アステアはみずから築いた黄金時代をみずから幕引きするのである。フィルムの隅々に、なんともいえない寂しさが漂っている。

細かいことをいくつか。今回の上映はニュープリントだという。音声の細かいところがよく再生されていて、いままで気づかなかった息づかいや、背後のほうで小さく響く声や音楽などがよく聞こえた。ジャック・ブキャナンのズレ方がいい感じである。とくに前半はこのひとでもっているところがある。

東宝にかぎらず、名画座的な上映をもっと拡げてもらえるとうれしい。

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