天理駅から永久寺へ──山の辺の道(2/4)

天理駅前の広大な広場から、アーケードの商店街を歩く。アーケードは延々と続いている。黒地に「天理教」とか「ナントカ大教会」と白文字で記されたはっぴを着たひとたちが往来する。商店には、天理教の道具や、本、服、指定の御神酒などがならべられている。《みの》がそれらを興味深そうにながめ、「天理教ってどういう宗教?」と訊ねるので困る。山の辺の道の歩き始めが天理教というのは、それにしても、どんなものであろうという気がしないでもない。

「3月28日、春の学生おぢばがえり」と大書された幕がかかっている。ぢばとは「地場」であろう。おぢばがえりとは、天理教の信者たちが聖地であるこの町を訪れることらしい。そのための宿泊施設が、町のあちこちにみられる入母屋式のやや威圧的な鉄筋コンクリート造のビルなのだそうだ。

天理教本部にでる。やたらにでかい木造のお社である。神社の細部をむやみに強調したような建物だ。マイクで若い女のひとが何やら会合の仕切をしているらしい声が聞こえてくる。広大な広場に入るとき、信者の方なのだろう、神社方式で一礼する。

その先は静かな田舎の道になる。電柱に紙が貼りつけられている。ナントカクイズと書いてある。それをながめていた小学校高学年くらいの女の子たちの集団(10名くらいいたか)が声をかけてきた。この問題、わかりますか、という。オリエンテーリングみたいなことをしていたらしい。

石上神社には、ニワトリがいた。茶色いのや白いのがいる。なぜか同じ色のニワトリどうしで集まっている。子ども用としてデジカメを一台わたしてある。《くんくん》が首からさげて、熱心に撮影している。カメラはたのしい、という。

  ▲溜池の脇で、わさびや水生植物が育生されていた

石上神社の先に溜池がある。奈良で目につくのは、あちこちにつくられた溜池である。ほんとうに、あちこちにある。ここでは地元のおじさんが二人、釣りをしていた。その先にいくと、小さな無人直売場があった。切り干し大根と梅干しを買う。各100円。

その先にも池があり、おじさん二人が護岸の工事をしていた。ここは永久寺というお寺の跡。石上神社の神宮寺として栄えたものの明治の廃仏毀釈のさいに没落したという。いまでは池が残るのみ。まわりは果樹園だ。築山の上に展望台がしつらえてあり、天理の町を見下ろすことができる。眼下にグラウンドがあって、野球の練習中らしい声が風にのって流れてくる。このころまでには、子どもたちはすっかり愉しくなって、棒を拾ってたたかいをしてみたり、寝転がってみたり、やりたい放題である。

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