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塩飽本島から与島をながめる

ゼミ合宿の話のつづき。

高松から琴平のあたりをうろうろしたのち、塩飽諸島の本島に渡った。丸亀港からフェリーで30分。芸術学科的には、瀬戸内芸術祭の会場のひとつといったほうがわかりやすいかもしれない。

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波止場の脇の観光センターでレンタサイクルを借りる。一日500円。70台もあるという。

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塩飽勤番所という役所の跡を見学する(200円)。いまの島はのんびりしているが、かつては塩飽水軍の根拠地だった。朱印船貿易でも、江戸期の回船でも中心的役割を果たした。幕末に太平洋を横断した咸臨丸では、水夫50名のうち30名が、ここ塩飽諸島の出身者だったという。旧帝国海軍草創期にも操船を教えるなど大きな功績があったという。

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地理的には、塩飽諸島は瀬戸内海のちょうど中央部に位置している。水運という視点から見れば、ここは往来のど真ん中である。重要でないはずがない。

島の北東部にある笠島地区は、古い街並みの保存地区。保存センターを見学する(200円)。ここの店番をしていたおばさんと少し話す。彼女の話ぶりの端々から、この町やこの島のことをずいぶん誇らしく感じているらしいことが伝わってきた。

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笠島地区から少し行くと、本島の東海岸に出る。黄色の強い茶色の砂浜があり、海の水は思いのほか澄んでいた。目の前に、瀬戸大橋が延々と横たわっており、その中央部に位置する与島が、ちょうど正面に見える。与島は、いわゆる「橋桁の島」の典型である。

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余所者のぼくには詳しいことはわからず、たんなる印象にすぎないのだが、与島と本島という二つの島のありようは、ちょっと対比的であるようにもおもわれた。

瀬戸大橋開通時、与島は観光ブームに大いに沸いたらしい。フィッシャーマンズワーフなど観光客をあてこんだ大規模な観光施設がつくられた。しかしほどなく飽きられて観光客が激減し、閉鎖。瀬戸大橋に翻弄された島ということができるのかもしれない。

いっぽう本島は、瀬戸大橋開通の恩恵は、少なくとも直接には何ひとつもたらされてはこなかったように見える。その代わり、歴史的な街並みと昔ながらの自然、落ち着いた生活を維持しているように、ぼくには見えた。そして、それが観光資源となりえている。とはいえ、離島特有の不便さが解消されたわけではない。

単純にどちらがよいとはいえるようなものではあるまい。それはむしろ、今日の離島、あるいはいわゆる「地方」がおかれているありようの、二つの典型であるかもしれない。──というと、図式化しすぎだろうか。

そんなことを少しばかり考えながら、自転車で島をほぼ一周した。アップダウンがあり、けっこうな走りであった。

途中の集落で道に迷った。おばさんに訊ねると、またまちがえるといかんからなあといって、分岐のところまで、わざわざ自転車でつれていってくれた。

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