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自民党の憲法改正草案を読んでみた——「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」

参院選を前に、自民党が以前から出している憲法改正草案をあらためて読んでみた。自民党憲法改正推進本部というところのサイトからPDFで見ることができる。http://constitution.jimin.jp/draft/

詳しいことは専門家の解説を探して読んでもらうのがいちばんいい。ただ誰であれ(有権者はもちろん、そうでなくても)これに目を通すことはけっして悪いことではないとおもう。というのも、文章をよく読めば、それを書いたひとたちの頭の中や腹の中がよくわかるからだ。

論点はいろいろあるが、ここではひとつだけとりあげる。これを書いたひとたちが「個人」というものをどう考えているかという点がはっきり示されていることである。

     *

この改正草案を書いたひとたちにとって「個人」はなにかとてもよろしくないものらしい。「個人」という言葉を消して、「人」という言葉に置き換えている。

そして「人」はあくまで「公」あってものだとされている。なにより優先されるのは「公」であり、「人」は「公」の枠組みの中で存在を許されるものだという考え方である。「全体」とか「みんな」の利益のために「人」はある、と位置づけられている。

これってつまり、国民の主権、個人が個人として保障されていなければならないはずの自由を、実質的に国家が制限しようとしているということではないだろうか。

     *

たとえば第12条。現行憲法ではこう書かれている。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければらない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。

改正草案では、このように書き換えられている。

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民はこれを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

最大の注目点は「公共の福祉」という言葉が消され、「公益及び公の秩序」に置き換えられ、それに従うことが強調されている点だ。しかし「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」はまったく異なる概念であり、置き換え可能な関係にはない。

公共の福祉というと、なかには福祉施設とか福祉政策みたいなものを連想されるケースがあるかもしれないが、これは public welfare という英語に対応する概念である。個人がそれぞれ自己の利益を追求する。そのとき個人の利益が別の個人の利益と衝突するのを調整しつつ、すべてのひとがそれぞれの利益を実現し、社会全体の幸福をめざす。これを「公共の福祉」というはずだと、ぼくは理解している。

前にもちょっと書いたこともあるけれど(「自由について」)、自由とは個人の主権の問題である。個人の主権はあくまで他の個人の主権と衝突するときにのみ制限されるのだと理解している。

これにたいして「公」とは、「個人」よりも上のレベルに超越的に設定せざるをえないものであって、「個人」とは関係がない。しかも、なにが「公益」であり「公の秩序」であるかを決める尺度ははっきりしない。けっきょく特定の立場のひとが特定の価値観にもとづいて決めるということになる可能性が高い。

ちなみに「公共の福祉」という語は現行憲法では第12条のほか、第13条、第22条、第29条にも登場する。改正草案ではいずれの箇所も「公共の福祉」という語は「公益及び公の秩序」に置き換えられるか、削除されている。そこには明白な意図があると考えざるをえない。

この書き換えを見るだけでも、この草案を書いたひとが一般のひとびとを内心でどう見ているかということがよくわかる。そこに、いわゆる「お上」意識を見てとることもできるかもしれない。江戸時代じゃあるまいし。

     *

「個人」から出発するのが近代・現代の自由主義・民主主義の基本である。そのことは、たぶん誰もが習っているだろう。あくまで「個人」あっての「国家」なのであり、その逆ではない。

ところがその関係を逆転させ、「公」の名のもとに「全体」を超越的なものとして優先させ、「個人」をそこに隷属させてしまうなら、それはふつう「全体主義」とよばれるだろう。

改正草案を書いた者たちにそう問えば、もちろんかれらは「そんな意図はない」と否定するにちがいない。でも口でなんと言おうとも、こうして書かれたものをよく読むかぎり、それが意図していることは明らかだといわざるをえない。全体主義や独裁体制もさまざまであり、表向きには堂々と「民主主義」を掲げているような事例もめずらしくない。

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この文章はあくまで一政党の草案にすぎないから、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。だが、だからといって軽視しすぎるのもまた適切な態度とはいえないだろう。

もし万が一、この改正草案が実現してしまったら、どんなことになるか。

そのような選択は、歴史に逆行し、日本という国がみずから民主主義と自由主義の看板をおろすことを意味している。それは同時に、戦後これまで営々と積みあげてきた国際的な信頼と地位を、みずから破棄することを意味してもいる。

その代償を払わなければならないのは、ほかならぬ、わたしたち自身である。

 *誤字脱字修正(160709)。

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