写真で見る創造博物館 Creation Museum 1/3

先日も告知させていただいたとおり、『情報管理』誌に発表したエッセイで、創造博物館 (Creation Museum) について書いた。

秋の初めに書いていた「情報×遊戯性――創造博物館のアトラクション的手法から考える」が公開された。掲載誌は『情報管理』12月号(Vol.60 No.9)で、科学技術振興機構(JST)が発行している。冊子版は大学図書館のようなところでないと見られないかもしれないが、J-STAGE上にWeb版が公開されているので誰でも読むことができる。ぜひご笑覧ください。

ここでいう「創造」とは、今日ふつうにつかわれる「何かを生みだす・つくりだす」という意味ではない。キリスト教の一種の原理主義でいう創造論(創造説)のことで、神が6日間で世界のすべてを創造したという『創世記』の記述をそのまま文字どおりの意味で信じる立場のことをいう。このミュージアムは、そのアピールと普及をめざす場所のようだ。もちろん近代科学の思想と相容れるものではないが、白人保守層を中心に一定の支持を得ているようである。同館のサイトを見てみたいという方はこちらのURL (https://creationmuseum.org) からどうぞ。

同館があるのはケンタッキー州の北部。オハイオ州最南部の都市シンシナティからすぐのところである。州間高速道路でいくとCreation Museumという茶色の標識が出ているのですぐ分かる。場所をグーグルマップで示す。ぼくが調べたときにはなぜか二カ所見つかったのだが、こちらが正しい。

同館についてぼくが見てきたことと考えたことについてはエッセイを読んでもらうとして(このリンクからJ-STAGEのぼくの記事へ飛べます)、ここでは同館でぼくが撮影してきた多数の写真のなかからいくつか選び、同館のようすを紹介してみたい。長くなったので3回にわける。

創造博物館に着く。施設は広大で、手入れが行き届き、広大な駐車場はほとんど埋まっていた。失礼な言い方になるかもしれないが、正直いってちょっと意外だった。もっとさびれていたり、誰もいないようなところなのではないかとおもっていたからだった。

建物の前には恐竜のつくりものがおいてあり、家族づれが写真を撮ったりしていた。オレンジ色の立て看板が、チケットを買うように促している。

エントランス。ガラス張りだが、外から内部をうかがうことはできない。

入館するとまず、係のおねえさんが今日のイベントという冊子をくれる。その奥にチケット売り場がある。これがまた長蛇の列。ならんでいる来館者の多くは家族連れであり、ほとんど白人だ。体感では9割以上。黒人やアジア系は、あまり見かけなかった。

来館者側からは、どうも遊園地的に捉えられているらしいし、施設側もそれを狙っているようだ。待っているあいだにトカゲの大きなものを体に巻き付けた男の人がやってきて、なにか口上のようなことをしゃべった。動物ショーみたいなものの宣伝らしい。子どもたちはしきりに大トカゲを触っていた。

上の写真の背後に、ロビー天井からは赤いぼんぼりみたいなものと中国式の竜がつり下げられているのが見えるだろう。このロビーでは、なぜかドラゴンにかんする展示やパネルがいくつもおいてあった。いずれも子どもの興味に訴えるものらしかった。

何種類かあるチケットのなかから、アーク・エンカウンター (Ark Encounter) という施設と両方入館できる複合チケットを買った。60ドル。Arkがノアの箱舟という以上のことはわからないまま、とにかく買う。身分証の提示を求められたので、ミシガンの運転免許証を見せた。アジア人だからかなと一瞬おもったのだが、ほかのひとにも同様の対応をしているようだった。

入館して右手にシアターがある。そこで20分くらいの映像を流しているという。まずそれを見た。通常の科学(ダーウィンがその代表とされている)がいかに不適当であり、同じ事実から、聖書の記述どおりに理解可能であるというような創造論の「正当性」を訴える内容であるようだった。

興味深かったのは、スクリーンの手前の舞台上に、ひとりの女性が、こちらに背を向けて座っていたことだった。この女性は生身の人間ではなくオーディオ・アニマトロニクス(ロボット)だった。そう、ディズニーランドと同様に。彼女がたき火をして、画面のなかの人物と対話しながら話が進む、という設定なのだ。

この映像の最初に出てきて挨拶のようなことをしゃべるおじさんが、ここの設立者のケン・ハム (Ken Ham) なる人物だった。上の写真で中央の画面に映っている人物がそれ。オーストラリア出身の宗教家で、アンサー・イン・ジェネシス (Answers in Genesis) なる創造論の宗教団体の代表でもあり、それが同館の母体のようである。

このシアターのまわりには、化石が展示してあった。人間と類人猿をならべたものもある。もちろん創造論によれば人間だけは、他の動物と区別されるべき特別な存在である。そのためだろうとおもわれるが、人間のスケルトンの展示だけは本を手にしている。神から与えられた知性をもつ唯一の存在、ということをあらわしているのだとおもわれる。

シアターの向かいにはプラネタリウムという施設もある。その手前には、古いプラネタリウム投影機が展示されていた。解説によれば、Spitz A3P Star and Planetarium projectorといい、1956年製造。NASAのマーキュリー計画においてつかわれたものなのだそうだ。

化石といい実機といい、ところどころ実物を混ぜて展示してあるのは、虚実入り交じって、創造論と、科学や科学技術との境目がよくわからなくなるような効果を狙っているようにおもわれる。

プラネタリウムは別料金で約8ドルである。プラネタリウムといっても、日本の科学館で見るような、星空を投影してその場で解説してくれる方式ではなく、半球状の天井に投影される映像作品を眺めるというもの。これも通常の科学的事実そのものを否定するのではなく、それはそれと一定程度認めたうえで、その根拠とか背景に神の存在を訴えるというような内容のようだったのだが、申しわけないけど退屈で途中から寝てしまった。終わったら客席から拍手がおきたので、こちらがびっくりした。

つぎは展示を見てゆく。