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アトラクションの日常 Archive

車窓都市

名古屋芸術大学で特別講義をしてきた。『アトラクションの日常』を読んでくださったという津田佳紀先生からお誘いいただいたのだ。とてもありがたいことである。

名古屋駅から名鉄にゆられて15分ばかり。その大学のあるあたりは、かつて西春町とよばれていた。それがいまでは駅名に痕跡を残すのみで、「北名古屋市」と称しているという。その名前についてよそ者が忖度することはつつしみたいが、そうした改名が、近隣の大都市の知名度に寄生することばかりに目がいった結果、いっさいの歴史的文脈というものを消去してしまっているくらいのことは、誰にだって想像がつく。そしてそんな地名がいまや日本じゅうにあふれている。歴史性をはぎとられて、時間の流れない世界という点では、郊外、もしくはテーマパークみたいなものだ。娘に源氏名みたいな名前をつけてしまうようなタイプの欲望とも近い。

『アトラクションの日常』のなかでは、名古屋という都市のあり方が重要な役まわりをはたしている。ぼくにとって名古屋という街は、そこから離れるべきものであると同時に、否応なくその文化に根ざしていることを意識せざるをえないものでもある。その名古屋の都市的様態を、同書のなかで、バザール都市としての東京と対比しながら「スーパーマーケット都市」と書いているが、これは車窓都市といいかえてもよい。名古屋は──少なくとも戦後のある時期以降の名古屋は──全域が「郊外」として編成された大都市であり、「郊外」という空間は、どう考えたって車窓的なのだ。

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すべてがネタになる

事業仕分けのネット中継が話題である。動画中継も大規模におこなわれるようになったものの、あらためて思ったのは、Twitterが実況にいかに向いているか、である。これでキャノンボールみたいなことをやったら、さぞ面白かろう。

ところで、こうしたネット活用は、しばしばネット民主主義と結びつけられて語られる。もとより「パソコン文化論」は伝統的に、「草の根民主主義」の神話を共有してきた。電子テクノロジーによって実現する、対等な個人による討論の場──いわゆるデジタル公共圏である。「ネット論壇」などという言い方も、このような発想の上に成立している。

たしかに、事業仕分けのネット中継などをみていても、そこにネット民主主義的を夢みたくなるような何かしらの芽が含まれていると、感じられないでもない。そしてそのことを感じとった既存のマスコミはジャーナリズムの既得権益をおかされるように受けとるだろうから、これを叩いたり、あるいは逆にすり寄ったり持ちあげたりもするだろう。だからそれらとは一線を画したところで、ネット民主主義的可能性を批判しつつ擁護することは、おそらく重要なのだ。

しかし、それと同じくらい重要なのは、たとえば事業仕分けネット中継にたいして、ぼくたちが「実際のところ」どんなふうに接していたかをあらためて見つめてみることだ。

なぜぼくたちがあの中継を眺めていたかといえば、ようするに、面白かったからだろう。一部の生真面目な層はともかく、全体としてみれば、事業仕分けは「娯楽」として見られ、語られてきたはずだ。「娯楽」で語弊があるのなら「ネタ」といったほうが適切かもしれない。

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映画『カールじいさんの空飛ぶ家』

煎じ詰めれば、冒頭の約10分間がすべて、という作品である。

この短い時間で、主人公カールじいさんの75歳にいたる人生を一気に回顧する。むろん漠然とではなく、本作品の主題に即して。この間の台詞はきわめて限定的であり、原則としてアニメーションだけで描ききる。その手際のよさだけでも観るに値する作品である。毎回いうのだが、かれらが映画とアニメーションをどれほど勉強しているかを端的に示しているからだ。

けれども、そこに続いて展開される物語の本体のほうには、特段すぐれた点を見出すことはむずかしい。はっきりいえば凡庸の域を出ない。もちろんそこは安心のルクソー印。夢とスリルと冒険の詰まった成長譚として、多少の破綻はみられるものの、いつもながら、ていねいにつくられている。

成長譚として興味深いのは、成長するのがひとりではない点である。それは空飛ぶ家に「味方」としてかかわったすべての関係者がそうであり、当然75歳のカールじいさんも含まれていることである。すでに長い人生経験をもつ人物が成長するという意味では、『クリスマス・キャロル』的だともいえなくもない。いずれにせよ、ここに登場する人物や動物は、何らかの欠落をかかえて社会的に周縁に追いやられたひとびとであって、そうしたところに焦点をあわせる視点が児童文学の常道であることも想起されてよいだろう。ピクサーはその伝統とメソッドをきっちり踏襲している。それが手堅い物語構築をもたらす土台になっている。今回は手堅すぎたというか、もうひとつアイディアが足りなかったようにおもわれる。

とはいえ全体は活劇仕立てとしてしっかりつくられているから、誰でも安心して手に汗にぎって鑑賞していられるだろう。巨大飛行船や、無数の風船をくくりつけて雲間を飛んでゆく家のイメージに、ラピュタやハウルの影を読み込むことも、そうしたければ、いくらでも可能だ。

ぼくが観たのはピクサー初という3Dの字幕版。昔の立体映画やら以前に存在したディズニーランドのアトラクションと同様、受付時にわたされる『サンダーバード』のブレインズみたいなゴツいフレームの専用眼鏡をかけて観る。ぼくのようにふだんから眼鏡をかけている人間にとって、二重に眼鏡をかけなければならないのは、けっこう難儀である。3D代として300円が上乗せ徴収されるが、出費に見あう効果が得られるかどうかは微妙といわねばなるまい。

本編上映前に短編が併映される。いつもながらサイレント仕立ての小品で、物語としてもよくできている。

レヴィ=ストロース死去

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今年の物故者はどういうわけか、ぼく自身にとって重要な人物が多い。報道によれば、クロード・レヴィ=ストロースが亡くなった。今月末には101歳の誕生日を迎えるはずだった。

門外漢ながら人類学には若いころから興味があったので、ある時期からレヴィ=ストロースをこつこつ読みはじめた。すると、それがたとえばマクルーハンなどに大きな影響を与えていることに気づかされることになる。有名な「熱いメディア」と「冷たいメディア」という言明は、『人種と歴史』にとりあげられる「熱い社会」と「冷たい社会」の図式を直接下敷きにしている、などというように。そんなこと、たぶんほとんど誰も指摘してくれてはいない。『野生の思考』や『神話論理』などの業績は、〈アトラクション〉のような技術と身体のポストモダンな関係を考えるうえでも不可欠の考え方を教えてくれているだろう。

レヴィ=ストロース自身は人類学者とよばれるのを好んだようだが、その業績は明らかに狭義の人類学という一専門にとどめられるべきものでない。構造主義的現代思想の祖というような一般的な言い方も、まだまったく不十分だとおもう。

故人の冥福を祈る。

10+1

建築系のウェブマガジン「10+1 web site」に寄稿しました。「ニュータウン世代の新言語」という特集の一篇。「郊外」だけからできている都市ということで、ぼくが生まれ育った名古屋という街の話です。
http://tenplusone.inax.co.jp/monthly/2009/08/issue1.php

書評もうひとつ(日経)

日本経済新聞の9月6日(日)読書面にて『アトラクションの日常』の書評が掲載されました。ありがとうございました。ウェブでは公開されないのかしら。

アトラクション書評(読売)

読売新聞8月30日(日)の読書面「本よみうり堂」に、田中純先生が拙著『アトラクションの日常』の書評を書いてくださった。びっくりするくらい素晴らしい書評である。まず名鉄7000系パノラマカーのミュージックホーンの話から説き起こされているのだ。こんな書評を書いていただけるとは、なんと光栄であることか! ありがとうございました。

田中書評へのリンク↓
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20090831bk06.htm

夏休みは休みではない

前期の授業が終わった。といっても、なんだかんだと業務が残っており、完全に解放されるのはお盆直前である。まだまだ先は長い。

先日、小学校の青パトのボランティアをしていたら、同乗者の方がこんなことをいう。「大学の先生は夏休みが長くていいですね、二カ月も三カ月もあると聞きましたよ」。もちろんそのひとにまったく悪気はない。ただ通有されている通念を述べただけだろう。逆にいえば、世間ではなんとなくそう考えているひとが少なくないということだ。

しかしこの通念は、少なくともぼくの知るかぎり、二つの点において現実と齟齬をきたしているといわねばならない。

第一に、大学教員の夏休みは、ここ数年、着々と短縮されている。オープンキャンパスやらなにやらの行事が増えたこともあるが、直接の要因は、授業期間が伸びているためである。セメスター制の半期で15週(回)という授業回数は、従来あくまで目安にすぎないはずだった。ところが、ここ数年それが絶対的な縛りと化しつつある。

さる筋の話によれば、それは文科省の意向なのだという。15回分の授業内容と目標を事前に示したうえで、そのプログラムをきっちり実行せよというのだ。事前に設計したプログラムをそのとおり実行すれば、つねに期待どおりの成果が得られるという考えは、工場生産における品質管理の発想そのものであり、まさに〈アトラクション〉である。もし本当に文科省がそう考えているのだとすれば、高等教育を製品生産の比喩でとらえることの妥当性の欠如が指摘されなくてはならないだろう。

第二に、大学教員にとって、夏休みというのは、バカンスという意味でのいわゆる休暇ではない。それは研究や調査や執筆のためにあてられるべき、まとまった時間である。

そもそも研究者は一般に、趣味と仕事、あるいはオンとオフなどというような、よく目にする二分法が適用しにくい生活スタイルをもっている。平日・週末問わず、仕事から完全に離れてまったり休暇をたのしむことなどない。しかし授業期間中では、授業の準備や厖大な学務の処理に追われ、もっとも重要であるはずの研究に割ける時間はひじょうに限定される。まとまってものを考えるためにはまとまった時間が必要であり、それが夏休みが貴重であるゆえんである。

だから、目先の形式をそれらしく整えるために、むやみに授業回数を増やして期間を延長したり、なんだかんだとイベントにかりだしたりして夏休みを削減することは、具体的には研究者から研究の時間を奪うことを意味している。それはただちに教育の質的低下をまねくだろう。つまり、ここでもまた、大学がみずからじぶんの首を絞めている、ということだ。

たくさん授業すりゃいいというものではないのだ。

ぼくのばあい、この夏に手にできるじぶんの時間は、実質一カ月足らず。それでもとにかく、ようやくまとまってものを考えることができる。この夏をかけて取り組むべきぼくの課題に、これから向きあうことになる。

夕べの雲

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お台場にガンダムが完成した日の夕空である。

わが家では羽アリが大発生した。夜になって室内に灯りをつけると、どこからか大挙終結してくる。よく見ると大小二種類いる。大きいほうは何匹もが固まって黒い玉のようになって、電球の下でまるくなっている。小さいほうは、昂奮しているのか、やたらめったらうろうろしている。ほとんど『風の谷のナウシカ』の腐海だ。《あ》も《みの》もすっかり疲弊してしまった。

今朝方、アリの発生部にあたる部分の外壁に木屑がついているのを発見した。外壁は通気層をはさんで二重になっている。その通気層部分に、どうもアリさんが棲みついているようだ。黒っぽい色をしているから、シロアリではない。羽アリだ。

そこで、アリ退治の薬剤を散布した。スプレーのノズルを通気層の下端から射しこんで、プシューと吹く。すると、薬剤がだらだらと流れ出てき、少し遅れて無数の羽アリたちが苦しげに姿をあらわした。怪しい箇所にはすべてスプレーを吹く。室内側からも、壁板の隙間にノズルをつっこんで、ひと吹き。しばらく時間をおいてから見にいくと、おびただしい数の羽アリの死骸がころがっていた。

部屋は静かになった。安寧がもどってきたといえば、たしかにそうだ。同時にその静けさには、なんとも後味のよくないものがへばりついている。毒ガス兵器をつかった兵士は、きっとこんな気持ちになるのではないか。もっとも、そんな類の気持ちの生起する余地を抹消するべく人間を機械化してしまうのが、現代の軍隊教育なのかもしれない。いや、なにも軍隊に限った話ではないのだが。

新著『アトラクションの日常』刊行!

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新しい著書が刊行される。『アトラクションの日常──踊る機械と身体』(河出書房新社)である。

わたしたちの日常生活の各所には、いまや無数の〈アトラクション〉が繁茂している。〈アトラクション〉とは、機械と身体がふるまいを媒介にして縫合されることによってつくりだされるシステムのことだ。わたしたちはふだんそれと意識することなく、そうした〈アトラクション〉にみずからはまり込んでゆく。そこは無時間的な「ユートピア」である。ちょうど東京ディズニーリゾートのように。

この〈アトラクション〉という概念を手がかりに、現代の日常生活のさまざまな現場──たとえば車窓、ターミナル駅、流れるプール、スーパーやコンビニ、郊外の住宅地、そして東京ディズニーランド──を分析する。そこに見られる身体を読み解くにあたり、乗物、絵本、ミュージカル、そして映画が参照されることになる。

昨秋からこの春までかかって書きあげた。『思想』に寄稿した論文と重なって、もうこの春は精も根も尽き果てた。が、それで終わったのではない。ゲラと格闘し、図版を集め、レイアウトにいたるまで心を配った。よい編集者とデザイナーに恵まれたこともあり、いまぼくが書くべきテーマを、いまのぼくの力でできるかぎり探求し、それにもっともふさわしい形を与えられて、できあがったのが本書だといえる。ぶじに刊行をむかえて、心からうれしい。

発売は七夕。どうかよろしくお願いします。

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