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	<title>散歩の思考 : SwingBooks.jp &#187; 経験の量 | 散歩の思考 : SwingBooks.jp</title>
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	<description>明治学院大学文学部芸術学科准教授、長谷川一のブログ。</description>
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		<title>経験の量</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2012/01/11/experience/</link>
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		<pubDate>Wed, 11 Jan 2012 09:06:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
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		<category><![CDATA[潮目を読む]]></category>
		<category><![CDATA[経験]]></category>
		<category><![CDATA[高校サッカー]]></category>

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		<description><![CDATA[高校サッカーの決勝戦を観た。といってもテレビ観戦だ。 子どもたちは千葉生まれ千葉育ちの千葉っ子だし、《みの》など同年代なので、とうぜん市立船橋高校を烈しく応援する。最後に延長戦後半に市船が勝ち越しを決めたときは、《みの》 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>高校サッカーの決勝戦を観た。といってもテレビ観戦だ。</p>
<p>子どもたちは千葉生まれ千葉育ちの千葉っ子だし、《みの》など同年代なので、とうぜん市立船橋高校を烈しく応援する。最後に延長戦後半に市船が勝ち越しを決めたときは、《みの》と《なな》はひじょうによろこんだ。市船、優勝おめでとう。</p>
<p>ぼくもサッカーの試合を観るのは好きだ。ところが、これが難しい。潮目というか流れというか構図というか、そういうものがまったく読めないのだ。</p>
<p>サッカーの試合とはもともと流動的な性質のものなので、そこに由来する部分も大きいのかもしれない。しかし世の中にはそれでも試合の流れをきちんと読めるひとも少なくない。</p>
<p>したがって、これは基本的にはぼく自身の問題である。何よりもサッカーの試合を観たり実際にやってみたりした経験の絶対量がまるっきり足りないせいだとおもう。</p>
<p>ぼくにとって、それはちょうど映画や書物に接するときと正反対の状態だといえる。映画や書物なら、押さえるべきポイントが見えないというレベルで困ることはないし、それなりに潮目も読める。いいかえれば、構図として抽象化した形で捉えることが（それなりには）できる。少なくとも、皆目見当がつかないというレベルでまごつくことは、まずない。（商売柄それは当然のことなのかもしれないのだが。）</p>
<p>では、映画や書物についてならそれが可能なのは、なぜなのか。知識の蓄えが多いから、ではない。まがりなりにも一般に比べ、それなりの量を観、それなりの量を読んできたからである（それでもまだまったく不足しているのだが）。いちおう編集渡世の経験もある。</p>
<p>ものごとを把握したり理解したりするさいの基盤をなす重要な要素として、経験の量というものは大きな鍵を握っている。</p>
<p>もちろん「経験のないやつは口を出すな」という類の言明のように、経験というものに価値を置きすぎるのは危険であるのだとしても。</p>
<p>サッカー中継を観ながら、あらためて、そんなことを考えた。</p>
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		<title>年賀状の言葉</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2011/12/31/omedetou/</link>
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		<pubDate>Fri, 30 Dec 2011 23:00:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[年賀状]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>

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		<description><![CDATA[年賀状に書き添える挨拶文において「おめでとう」という意味の言葉を忌諱しようという話があるらしい。3.11に関連し、被災したり傷ついたり悲しんだりしたようなひとたちへ「配慮」しようというのが理由だそうだ。 なるほど、そうい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>年賀状に書き添える挨拶文において「おめでとう」という意味の言葉を忌諱しようという話があるらしい。3.11に関連し、被災したり傷ついたり悲しんだりしたようなひとたちへ「配慮」しようというのが理由だそうだ。</p>
<p>なるほど、そういう考え方もあるだろうとおもう。実際に被災した方々のなかには、「おめでとう」という言葉を口にしたり目にしたりするような気持ちになどとてもなれないというケースもあるだろう。そういうひとびとへの配慮は大切なことであるだろう。</p>
<p>そうした配慮が配慮として成立するのは、では、どんな場合だろうか。基本的には個別に、つまり具体的な相手が想定されているケースではないかとおもう。あるいは、鎮魂・慰霊・怒りなどの理由により賀状発信者の側に「あけましておめでとう」や「謹賀新年」といった類の言葉を忌諱する強い意志があるようなケース。それもまた、ひとつの立場であるといえるだろう。</p>
<p>しかし、ひと口に「配慮」といっても、事情の異なるケースもある。「例年と同じ文言ではマズイ」とばかりに「おめでとう」忌諱現象を盲信するようなばあいは、どうだろうか。</p>
<p>そこにある「配慮」とは、他者にたいするものというより、むしろ自己の立場の防衛に向けられたものであるというべきだろう。どこからも叩かれないように無難な方向に先手を打つことばかりに汲々とし、結果的に自縛を重ねていくような、そんな風潮の一環にあるような気がしないでもない。</p>
<p>どんな言葉も、文脈のなかで初めて意味をもち、機能する。じっさい新年の挨拶でいう「おめでとう」は、新しい年がやってきたことに感謝し、期待をもって迎え入れるという意味であるだろう。再生という意味あいが込められていると考えることさえもできる。それを旧年の厄災にたいする評価につなげて受けとってしまうことがあるとすれば、その解釈の仕方は相当にアクロバティックだといわねばなるまい。</p>
<p>というわけで、わが家では例年どおりに年賀状を作成し、例年どおりに（遅れ気味で）発送します。もし万が一ご気分を害される向きがありましたら、あらかじめお詫び申しあげておきます。</p>
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		<title>9カ月後の石巻を歩く 2/2</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2011/12/23/ishinomaki02/</link>
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		<pubDate>Fri, 23 Dec 2011 10:10:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[今日の風景]]></category>
		<category><![CDATA[旅する]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[石巻]]></category>

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		<description><![CDATA[被災したクルマが集められていた。救急車もあった。それぞれの車体には、引きあげた日時がきちんと書き込まれている。震災当日から半年以上もたった日付が記入されている。こういう地味でつらい仕事を、誰かがこつこつとおこなってきたの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki13.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki13-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki13" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8052" /></a></p>
<p>被災したクルマが集められていた。救急車もあった。それぞれの車体には、引きあげた日時がきちんと書き込まれている。震災当日から半年以上もたった日付が記入されている。こういう地味でつらい仕事を、誰かがこつこつとおこなってきたのだと、あらためて知らされる思いがした。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki14.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki14-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki14" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8053" /></a></p>
<p>屋根がもげていたり、窓ガラスが割れていたりするものがある。黒焦げになっていたり、ぺしゃんこにつぶれていたりするものもある。いちばん端には、やはり被災したスバル360が一台、ぽつんと置かれていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki15.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki15-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki15" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8054" /></a></p>
<p>遠くの工場の煙突から、白い煙だか水蒸気だかが猛然と吐きだされていた。</p>
<p></p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki16.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki16-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki16" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8055" /></a></p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki17.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki17-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki17" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8056" /></a></p>
<p>自動車が行き交う幹線道路を北へ、すなわち日和山のほうへ向かって戻るような格好で、歩く。道路は応急的に盛り土し、そこにアスファルトを敷いたものであるようだった。車両優先で、歩行者のことまでは考えられていないらしく、歩道などはない。通行車両の邪魔にならないよう、路肩の砂利の上を歩く。道の両側は低くなって水がたまっている。海岸よりの土地は全体にやや沈降しているのではないだろうか。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki18.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki18-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki18" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8057" /></a></p>
<p>日和山の南斜面の直下に行き着いた。鉄筋コンクリートの四角い建物が残っていた。小学校の校舎だった。3階まである建物のガラスというガラスは破れ、被害の甚大さを物語っていた。そればかりか、校舎は黒く煤けてもいた。火災被害にもあったようだった。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki19.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki19-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki19" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8058" /></a></p>
<p>校舎の東側には墓地がある。墓石の多くは倒壊していた。一部は整理されているらしく、きれいに横たえられていた。墓地のなかで、蛍光色のジャンパーを着たひとが数名、作業をしていた。復旧支援へ感謝する旨の文言の書かれた看板が立てられていた。その向こうに、お寺の本堂の大きな屋根が残っていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki20.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki20-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki20" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8059" /></a></p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki21.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki21-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki21" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8060" /></a></p>
<p>徹底的に日常が破壊されたかに見える光景のなかに、再び日常が芽吹いてもいた。</p>
<p>墓地の奧の少し高くなったところに、フェンスで囲われたテニスコートらしき場所があり、箒か何かを手にして、ゆっくりと整地作業をしているらしい人影があった。犬をつれたおじさんが、小走りに散歩していた。大破した建物の隣で、床屋さんが営業していた。赤青白のサインポールがくるくる回転し、窓ガラスには露がびっしりついていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki22.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki22-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki22" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8061" /></a></p>
<p>市内を歩いて駅まで戻る。往路よりも一本山よりの道。住宅がならび、人の姿も多い。小学校では子どもたちが体育の授業をうけていた。さっきの場所からはほんの数百メートルしか離れていない。日和山の陰になっているので、地震被害はうけたものの、津波は到達しなかったのだろう。ひと口に「被災地」といっても、9カ月後の様相は、さまざまであるように感じられた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki23.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki23-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki23" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8062" /></a></p>
<p>帰路も仙石線で仙台へ戻り、新幹線で帰宅した。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki24.jpg" rel="lightbox[8051]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki24-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki24" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8063" /></a></p>
<p>石巻出身の知人Iさんにメールを出した。以前かれから、一度石巻を見に来てほしいと言われていたのだった。今回の訪問の報告をしつつ、なんの役にも立たない訪問者にすぎなかったことを詫びた。</p>
<p>折り返しIさんから返事が届いた。ちょうど実家に帰っており、今日もボランティアで片づけ作業に行ってきたという。とにかく現実を見てほしい、だから来てくれてよかった、と書いてくださっていた。</p>
<p>Iさんが帰省していたのは、お母さまが急逝されたためだった。かれのお父さまは、先述の、津波と火災の被害にみまわれた小学校の隣の墓地に眠っている。</p>
<p>石巻の街にも、まもなくクリスマスが訪れる。</p>
<p>▲ <a href="http://swingbooks.jp/2011/12/21/ishinomaki01/">9カ月後の石巻を歩く 1/2</a> へ戻る</p>
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		<title>9カ月後の石巻を歩く 1/2</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Dec 2011 01:08:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[今日の風景]]></category>
		<category><![CDATA[旅する]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[石巻]]></category>

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		<description><![CDATA[SSDでのレクチャーの翌日、ひとりで石巻を歩いてきた。東北の、「被災地」とよばれる地域を訪れるのは初めてである。ボランティアや復興支援といった立派なことではまったくない。ただ歩き、ただ見てきた。それだけだ。 雪降る仙台か [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>SSDでのレクチャーの翌日、ひとりで石巻を歩いてきた。東北の、「被災地」とよばれる地域を訪れるのは初めてである。ボランティアや復興支援といった立派なことではまったくない。ただ歩き、ただ見てきた。それだけだ。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki01.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki01-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki01" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8029" /></a></p>
<p>雪降る仙台から仙石線に乗った。</p>
<p>途中不通区間があるため、松島海岸駅から矢本駅までは代行バスに乗り換える。バスは仙石線ぞいの国道を走った。乗客は多くはない。大半は地元の方のように見受けられた。黙って雪の車窓に目をやっていた。電車は1時間に2本、バスは1時間に1本。その待ち時間も含めて、仙台から石巻まで2時間半かかけ、到着したのは正午前だった。</p>
<p>石巻も雪がちらついていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki02.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki02-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki02" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8030" /></a></p>
<p>石巻駅前にピンク色の大きな建物が建っている。市役所である。元はデパートで、撤退後に市役所が入ったのだそうだ。駅前には、キャリーをひきずったスーツの一団（他の行政からの支援だろうか）や、デイパックを背負った一団（ボランティアだろうか）の姿があった。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki03.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki03-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki03" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8031" /></a></p>
<p>アーケードのある商店街を歩く。何軒ものお店があって、それぞれお客さんが入って、まずまず賑わっていた。一方で、シャッターを閉じたり、コンパネでウインドーをふさいだ状態の店舗もあった。場所を変えて営業していますという貼り紙や、震災の影響で休業中ですという貼り紙も見かけた。励ましの寄せ書きが張りだされている店もあった。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki05.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki05-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki05" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8032" /></a></p>
<p>アーケード街を右に折れて、飲み屋街を歩く。店舗はほとんどが閉まっていた。昼間だから、ある意味では当たり前であるかもしれない。空き店舗のうちいくつかは、支援団体が活動拠点にしているようだった。</p>
<p></p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki04.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki04-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki04" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8033" /></a></p>
<p>さらに歩くと、旧北上川にぶつかった。津波はここを数十kmも遡上したのだと聞いている。ここから南側に行くにつれ、地震にくわえて津波の被害が顕著であり、別種の被害の深刻さをもたらしているようにおもわれた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki06.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki06-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki06" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8034" /></a></p>
<p>急設した排水ポンプがものすごい勢いで水を吐きだしていた。川の水面は高い。堤防のすぐ下まで来ている。川の向こう側に、石ノ森萬画館が建っていた（再開に向け休館中とのこと）。あちこちで復旧復興の工事がおこなわれていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki07.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki07-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki07" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8035" /></a></p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki08.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki08-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki08" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8038" /></a></p>
<p>右手に小高い丘があり、住宅が建っている。あれが日和山だろうか。その稜線をまわり込むようにして、旧北上川は流れている。流れとは逆に海のほうへ向けて、川沿いを南に歩いてみた。</p>
<p>右手の日和山の南斜面が途切れるあたりまで来る。急に視界がひらけた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki09.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki09-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki09" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8039" /></a></p>
<p>ただ野がひろがっているばかりだった。9カ月前までは多くの住宅が建ち、多くのひとびとが住み、それと同じ数の生活が息づいていたであろうに、家も人もほとんど姿が見えなかった。被災した建物はすでに大半が解体されたり片づけられたりしたようであった。地形的には、日和山の南側は海に向かって低地がひろがっている。遮るものがない。津波は直接襲ってきただろう。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki10.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki10-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki10" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8040" /></a></p>
<p>信号機や標識の類は根元からねじまげられていた。コンクリート製の電柱はぽっきり折れて倒れていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki11.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki11-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki11" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8041" /></a></p>
<p>巨大な石巻市民病院の建物が、大破したまま残されていた。雑草が生え、荒れ放題だ。隣地の一部が大きく陥没し、水が溜まって池のようになっていた。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki12.jpg" rel="lightbox[8028]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/12/111216ishinomaki12-468x310.jpg" alt="" title="111216ishinomaki12" width="468" height="310" class="alignnone size-medium wp-image-8042" /></a></p>
<p>▼ <a href="http://swingbooks.jp/2011/12/23/ishinomaki02/">9カ月後の石巻を歩く 2/2</a< へ進む</p>
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		<title>映画と乗り物とコミュニケーション</title>
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		<pubDate>Sat, 10 Sep 2011 03:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[乗り物]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>

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		<description><![CDATA[先日執筆した原稿のなかで、「コミュニケーション」という言葉について、ちょっとだけ触れた。 この言葉は、いまでは、情報や思想を交換する行為やそのための手段や媒体という意味で、一般には理解されているだろう。（媒体のニュアンス [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>先日執筆した原稿のなかで、「コミュニケーション」という言葉について、ちょっとだけ触れた。</p>
<p>この言葉は、いまでは、情報や思想を交換する行為やそのための手段や媒体という意味で、一般には理解されているだろう。（媒体のニュアンスがより強調されれば「メディア」と言われたりするかもしれない。）</p>
<p>ところが、このような用法にかんして、ウィリアムズはひじょうに興味深く、かつ重要な指摘をしている。英語のcommunicationは、17世紀末から20世紀前半まで、今日でいうtransportation（物質的運輸）という意味も含んでいたというのだ。</p>
<p>ちなみにcommunicationの原義は「共有すること」である。鑑みるに、この用法が存立しえた基盤には、何かを共有するには物質的な移動が不可避にともなうという認識があったことが示唆される。</p>
<p>裏返していえば、物質的移動なしに何かを共有する仕掛けとして、20世紀的マス・コミュニケーションというものが想像されてきたということでもある。</p>
<p>このような話は、ぼくの思考において、その基盤の一部をになうことになる。つねづね主張していることだが、「メディア」というものを考えるうえで決定的に重要なのは、「映画」と「乗り物」なのだとおもう。</p>
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		<title>引きうけること、まかせること</title>
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		<pubDate>Sat, 20 Aug 2011 05:43:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[執筆以外の活動など]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[ゼミ]]></category>
		<category><![CDATA[合宿]]></category>
		<category><![CDATA[日本人]]></category>

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		<description><![CDATA[なんだかあわただしい一週間だった。うち3日間はゼミ合宿。ひじょうに充実したものとなった。ゼミ生たちはよく議論し、よく考え、よく悩み、そしてよく食べてよく飲んだ。足りないのは睡眠くらいであっただろう。密度の濃い3日間だった [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>なんだかあわただしい一週間だった。うち3日間はゼミ合宿。ひじょうに充実したものとなった。ゼミ生たちはよく議論し、よく考え、よく悩み、そしてよく食べてよく飲んだ。足りないのは睡眠くらいであっただろう。密度の濃い3日間だった。これでそれぞれの方向性はある程度かたまった。あとは一歩ずつ進んでいってくれればよい。</p>
<p>昨日は昨日で、いくつか会合があった。そのなかで、こんな話を聞いた。ある学者が最近つぎのような意味のことを書いていた、というのだ。</p>
<p>すなわち、引きうけて意見を述べるのではなく、まかせておいて文句を言うのが「日本人」なのだと。</p>
<p>原典をあたったわけではないので、本当に誰かがこんなことを書いていたのかどうかは確かめていない。でも確かなこともある。それは、誰がいったにせよ、この指摘は卓見だ、ということである。</p>
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		<title>機械の声</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2011/08/04/voice/</link>
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		<pubDate>Thu, 04 Aug 2011 01:00:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[声]]></category>
		<category><![CDATA[気導音]]></category>
		<category><![CDATA[骨導音]]></category>

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		<description><![CDATA[《みの》がiPodで撮影したビデオを見せてくれた。ずっと《みの》によるナレーションが入っている。それを聞いておどろいた。ぼくの声そっくりだったからだ。 より正確にいえば、録音されたぼくの声そっくりだったのだ。これまで、か [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>《みの》がiPodで撮影したビデオを見せてくれた。ずっと《みの》によるナレーションが入っている。それを聞いておどろいた。ぼくの声そっくりだったからだ。</p>
<p>より正確にいえば、録音されたぼくの声そっくりだったのだ。これまで、かれの素の声にたいしてそんな感覚をもったことは、一度としてなかったのに。</p>
<p>誰もが知っているように、じぶん自身の声を、じぶん自身では聞くことができない。</p>
<p>じぶん以外のひとが聞くじぶんの声は、空気を伝わる振動（気導音）によるものだ。だが、じぶんで認識しているじぶんの声は、気導音だけでなく、声帯の振動が頭蓋骨をとおして伝わる骨導音の振動をくわえたものになる。だから、じぶん以外のひとが聞いているじぶんの声を、じぶん自身は聞くことができない。</p>
<p>じぶん自身の声を聞く唯一の方法は、じぶんの声を録音装置などの機械を媒介させることだ。それはふだんじぶんで聞くじぶんの声とは異なっているから、初めて録音されたじぶんの声を聞いたときは、かなり違和感を覚えるはずである。</p>
<p>以上のことは、あくまでじぶん自身の声の話である。《みの》の骨導音などぼくに伝わりようもないから、かれのふだんの声は、（装置の性能のことを考えないとすれば）録音した声と大差なく聞こえるはずであろう。</p>
<p>今回おもしろかったのは、そうした思いこみが覆されたからだった。録音された《みの》の声は、たしかにふだんの素の《みの》の声でありながら、どう聞いてもぼくの声そっくりでもあったのだ。</p>
<p>たしかに、これまでも、電話でよく間違えられたことがある。今回はじめて、無理もないのだとおもった。もし電話をかけたのがぼく自身だったとしても、やはりぼくが電話口に出ているのかと間違えていただろう。そのくらい、似ていた。</p>
<p>機械の媒介によって自己のイメージを構築するというのは、現代のひとつの特徴だといえるのだが、なかなか興味深い出来事であった。</p>
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		<title>石巻からの便り</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2011/07/12/hiyoriyama/</link>
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		<pubDate>Tue, 12 Jul 2011 01:30:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ・紹介]]></category>
		<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[日和山だより]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[石巻]]></category>
		<category><![CDATA[被災地]]></category>

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		<description><![CDATA[知人から封書が届いた。発信地は宮城県石巻市。消印には七夕の日付がスタンプされていた。 手紙に記されていたのは、つぎのような言葉だった。 4月初旬、郷里石巻に戻っております。（中略）幼なじみ数名、少なくない知人が持っていか [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>知人から封書が届いた。発信地は宮城県石巻市。消印には七夕の日付がスタンプされていた。</p>
<p>手紙に記されていたのは、つぎのような言葉だった。</p>
<blockquote><p>4月初旬、郷里石巻に戻っております。（中略）幼なじみ数名、少なくない知人が持っていかれました。この間、友人宛に送ったメールをこの程ブログにしました。</p></blockquote>
<p>ブログ開設までもいろいろご苦労があったらしい。ブログ名は「日和山だより」という。<a href="http://hiyoriyama.kaminogakko.com/" target="_blank">http://hiyoriyama.kaminogakko.com/</a></p>
<p>おそらく、このようなサイトは少なくないのではなかろうか。</p>
<p>それらは、何かめざましい情報を発信するというようなことを目的としたものではないし、アクセスする者もそれを期待すると、すれちがってしまう。</p>
<p>そうではなく、これは「声」なのだ。</p>
<p>ブログやウェブやTwitterといったテクノロジーの力を借りて、被災したひとたちがみずから「声」を発しているのだ。</p>
<p>そして、発せられたあらゆる「声」は、みずからが誰かに聞き届けられることを願っている。</p>
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		<title>流言や風評とは何か</title>
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		<pubDate>Sun, 10 Jul 2011 01:00:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[東日本大震災]]></category>
		<category><![CDATA[流言・風評]]></category>

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		<description><![CDATA[さるところでインタビューをうけた。以下はそのときしゃべったことのメモ。 流言や風評はなぜ生じるか。 流言や風評とは、ひと言でいえば、事実的な情報の不足もしくは欠損を、ひとびとが想像によって補おうとすることによって生じる集 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>さるところでインタビューをうけた。以下はそのときしゃべったことのメモ。</p>
<p>流言や風評はなぜ生じるか。</p>
<p>流言や風評とは、ひと言でいえば、事実的な情報の不足もしくは欠損を、ひとびとが想像によって補おうとすることによって生じる集合的な現象である。</p>
<p>逆にいえば、事実にもとづく情報が十分に与えられていると感じられている状態においては、流言や風評が繁茂するような事態は生じにくい。</p>
<p>流言や風評とは「状況理解」のひとつのあり方だといえる。したがって、流言や風評について、それが事実とどれだけ違うかという観点だけで論じることは、あまり実りがあるようにはおもわれない。</p>
<p>とはいえ、事実というより想像に過度に依存した「状況理解」は、実際の状況からかけ離れたものになりがちであり、それがさまざまな問題を引きおこす要因となる。</p>
<p>1923年の関東大震災では、「朝鮮人が暴徒化した」というデマが流れたことがよく知られている。これは、朝鮮半島にたいする植民地支配への暗黙的（もしくは積極的）加担という後ろ暗さに起因する、裏返しの恐怖だといえる。そしてその恐怖は「自警」という言説へと反転され、朝鮮人や中国人への暴行・殺害という極端な形で暴走してしまった。</p>
<p>今回の震災では、そのように極端な例は見られなかったようにおもう。だが、88年前と同様、ある時期までは、さまざまな流言や風評が流れた。基本的なメカニズムは同じである。</p>
<p>流言や風評が、えてして破滅的な内容になりがちなのは、それがそれまで無意識的であった「恐怖」の立ちあらわれる様相であるからだ。構造的に隠蔽されていたものや、うすうす感得しながら意識下に押し込めていたようなもの、それらが立ちあらわれて、情報の不足や欠損を埋めあわせようとして奔出する。</p>
<p>このように、流言や風評は、しばしば破滅的な言説や行為の増殖を招き、社会的秩序をいたずらに不安定化する。その意味では、たしかに憂慮すべきものではある。なるべくなら、そこに加担してしまわない冷静さを保ちたい。</p>
<p>けれどもその一方で、流言や風評は困ったものだ、そんなことを言うやつはダメだと、ただ切り捨ててしまうのもまた、必ずしも適切な態度とはいえない。理由を三点あげる。</p>
<p>第一に、よくわからないことについて、想像にまかせてものを語ってしまうこと自体はけっして特異なことではない。誰しも噂話をするように、それは、いたって人間的な行為のひとつである。流言や風評は、そのような日常的な行為から地続きのところに生起する。</p>
<p>第二に、だからこそ、知らず知らずのうちに、流言や風評の増殖に加担してしまうような可能性は、誰にでもある。事がおきている最中は、誰しも不安なものだ。不安こそ恐怖の培養土となり、そこに情報不足が重なれば、簡単に流言や風評に揺さぶられてしまう。ぼくもそうだし、あなたとて例外ではいられないだろう。</p>
<p>第三に、上に述べたように、流言や風評には、ひとびとが、状況を把握できないもどかしさのなかで、その空白を想像力でもって埋めあわせることで、無理やりにでも状況を理解しようとしているという性質をあわせもっている。</p>
<p>人間という生き物は、じぶんをとり巻く状況の「意味」が曖昧で空白な状態のまま、長く堪えられるようにはできていない。判断するための情報が足りなければ、想像によって強引にでも「意味」をつくりあげてしまう。そうでもしなければ、とうてい、やっていられないからだ。</p>
<p>いいかえれば、流言や風評には、十分な情勢判断のできない立場におかれたひとびとが、それでも状況把握を強行することによって自己を保とうとする「無意識的な防衛」という側面があるということだ。</p>
<p>流言や風評の繁茂という状況は、だから、わたしたちにとって、ひとつの警告でもある。それは、そこに必ず情報の不足や欠損という状態が存在することを示しているのだから。</p>
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		<title>クジラとカメラ</title>
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		<pubDate>Mon, 23 May 2011 00:34:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[カメラ]]></category>
		<category><![CDATA[クジラ漁]]></category>
		<category><![CDATA[ザ・コーヴ]]></category>
		<category><![CDATA[ドキュメンタリー]]></category>
		<category><![CDATA[太地町]]></category>

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		<description><![CDATA[NHK「クジラと生きる」をみた。Twitterで「ダーウィンが来た」と番組名を混同したツイートを流したが、あれは勘違い。Nスペでした。 イルカ漁を告発的に描いた映画『ザ・コーヴ』に対抗する意図があったのか、太地町のクジラ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>NHK「クジラと生きる」をみた。Twitterで「ダーウィンが来た」と番組名を混同したツイートを流したが、あれは勘違い。Nスペでした。</p>
<p>イルカ漁を告発的に描いた映画『ザ・コーヴ』に対抗する意図があったのか、太地町のクジラ漁師たちに寄り添うつくりだった。当然、反捕鯨団体の行状は、そちら側から映しだされる。</p>
<p>団体のひとびとが太地町に常駐している。多くは白人で、英語しか話そうとしない。手にビデオカメラを持ち、漁師たちには理解できない英語で侮蔑の言葉を投げつける。10万円やるからクジラを逃がせと（英語で）漁師に迫ったりする。隠し撮りもする。</p>
<p>ようするに、クジラ漁の「非人間性」を世界に告発するという目的のためならば、挑発や犯罪に近い行為であれ、なんでもする。それが正当化されるのは、じぶんたちが「正義」に従っていることを信じて疑っていないからだ。</p>
<p>かれら（太地町にいる反捕鯨団体の白人たち）がずるいのは、一方で「正義」を掲げながら、その実、じぶんたちはつねに安全地帯に身を置いているからだ。太地町で何がおきようと、かれらには何も失うものがない。かれらはただ「正義」にもとづき「告発」する。じぶんのことを「正義」だと信じる者ほどたちの悪い人間はいない。</p>
<p>で、そんなことを《あ》と話していたら、《みの》（高校生）が介入してきた。そういうことはこの家のなかではもう合意しているのだから、くりかえし話していても仕方ないだろう、捕鯨の立場をもっと理解してもらえるようにアピールする方法を考えたほうが建設的ではないか、というのだ。</p>
<p>もっともな主張である。で、さらに議論になった。</p>
<p></p>
<p>こういう問題は、大きく二つの方向で考えることができる。ひとつは、個別具体的に、捕鯨にかかわる問題として、とくに太地町でおきている衝突をどう考えるかという方向である。《みの》の主張はその線に沿ったものだといえる。</p>
<p>でも、ぼくと《あ》が話していたのは、もうひとつの、より一般的に考える方向性についてであった。じぶんたちに理解のできないものに出会ったときにどうするか、という問いに変換して考えようとしていたのだ。</p>
<p>番組に映しだされる反捕鯨団体のひとびとのふるまい方は、きわめて暴力的だった。異文化に相対するにあたり、じぶんたちの側の態度や考えを変更する用意をまったく持ちあわせていないからである。ある意味では、それは西欧近代を貫く姿勢でもあると（やや皮肉を込めて）いうこともできるが、現実問題として、かれらがそのような姿勢でいる以上、直接的な対話可能性は絶望的に小さいとしか言いようがないだろう。</p>
<p>その一方で、反捕鯨団体のひとびとにたいする日本人的な違和感は、うっかりするとたんなるナショナルな言説に回収されてしまいがちでもある。そうなれば、いたって凡庸な西欧対日本という異文化対立の図式に陥ってしまうだけだ。</p>
<p>そうならないためには、どうする必要があるのか。それは、ぼくたち自身が、反捕鯨団合の白人たちを「理解不能な他者」として表象してしまわないことである。</p>
<p>ドキュメンタリーとは、カメラの政治学である。</p>
<p>反捕鯨団体のひとびとが、カメラをとおして熱心に捉えようとしているのは、「理解不能な他者」としての「クジラ漁」や「漁師たち」である。一方NHKのカメラは、クジラ漁を否定する「他者」という外部からの視線に「仲間」が苦悶するようすであった。NHK的なカメラの視線は、そのネガとして、漁師に苦悶を強いる反捕鯨団体のひとびとを「理解不能な他者」として描くことになる。いずれも、相手側を「理解不能な他者」と描く点に変わりはない。</p>
<p>だからどちらもダメなのだ、というようなことが言いたいのではない。じぶんに理解できないものに出会ったときに、相手を「理解不能な他者」として表象するのは、誰もが圧倒的に選びがちな道筋である。それによって自己を変更しなければならないような事態が避けられる。自己を変更することほど、しんどい作業もないのだから。</p>
<p>そうであったとしても、理解できないものに出会ったときにどうするかを考えることは重要である。それは、太地町のこの事例にかぎらず、ほかならぬぼくたち自身が、さまざまなレベルでしばしば直面する課題でもある。</p>
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