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2012柏崎・志賀高原 W800のアーカイブ

W800で紅葉の志賀高原を走る 3/3

草津へ向かって降りてゆく。霧中の渋峠が幻であったかのように、きれいに晴れわたっている。

温泉街へと分岐する交差点の脇で、GN125が立ちゴケしていた。ひきおこしを手伝った。昨日ぼくも立ちゴケしている。こういうときは、おたがいさまである。それにしても、Wにくらべれば125は軽い。

GNの小柄なライダーが訊く。友人と待ち合わせしているのだが、場所わかりますか。ナビ(ソニーNV-U37)に電話番号を入力して検索してみた。ちゃんと出てきた。そこまでGN125を引率した。

GNを送り届けたあと、湯畑に寄ってみた。たいへんな賑わいであった。家族へのお土産に温泉まんじゅうを買った。ここでダウンベストを脱いだ。

R292からR146という下道ルートで中軽井沢へ抜けた。浅間山が逆光のなかで黒くそびえていた。

中軽手前で一台の軽トラに追いついた。荷台に黒い犬が乗っている。走っている荷台の上を落ち着かないようすで右往左往していた。右から前をのぞいたとおもえば、左へいって前をのぞく。

R18の旧道で碓氷峠を下りてゆく。途中、旧信越本線の橋梁を見かけた。下の写真は碓氷第6橋梁だ。

もっとも有名なのが碓氷第3橋梁、通称めがね橋である。20年ぶりくらいに見ただろうか。まことにすばらしい。いつのまにか立派な駐車場までできていた。そこにWを停めて、道路脇につくられた遊歩道を300mほど歩いていった。産業遺跡をきちんと保存し公開してゆくのは、たいへん重要なことである。

松井田妙義から上信越道に乗るつもりだったのだが、気が変わって、下道で帰ることにした。Wにせよディフェンダーにせよ、高速走行よりも下道をトコトコ走るほうがずっと愉しく、似合っている。

R18を東進する。背後から夕陽がさし、行く手に長い影を落としていた。まもなく日没だ。

高崎でR17へ。群馬埼玉県境付近で、いよいよ渋滞が始まり、詰まり気味。深谷パイパスに入っていったん流れがよくなったが、熊谷バイパスに入ると再び渋滞が始まった。途中からR125の行田バイパスへ入った。こちらは順調に流れていた。さらにR122の騎西菖蒲バイパスに入って、途中から東北道ぞいを南下。外環とぶつかってから左折してR298を走り、江戸川を越えて市川へ帰ってきた。

夕方のラッシュ時に重なりながらも、めがね橋から市川まで、けっきょく所要時間4時間20分であった(給油休憩1回含む)。こっちのルートもつかえそうだ。

出発時のオドメーターは1322km、帰宅時は2030km。2日間の走行距離は708kmだった。

おわり。

W800で紅葉の志賀高原を走る 2/3

夜半に烈しく降った雨は翌朝にはあがっていた。木島平からカヤノ平へ出、紅葉の志賀高原を抜けて帰ることにした。

さすが志賀高原、ひともクルマもバイクも多い。バイクとすれちがうとき、試しに昔よくやっていたように、手を挙げて合図してみた。けっこうな確率で相手も返してくれた。ハーレーの団体さんなどは、まず返してくれない。対向車線が視野に入らないのか、そもそも自己完結しているのか。

熊ノ湯を抜けてつづら折りを登ってゆく。みるみるガスがかかる。

横手山ヒュッテ横をすぎて渋峠に達するころにはすっかり真っ白となって、視界が効かなくなった。

下の写真は渋峠付近で撮ったもの。午前11時すぎ、道路脇の気温表示は1度。凍死寸前であった。

昨日の三国峠の経験を踏まえ、上はインナーにダウンベストとヒートテック、下はカントリージーンズにタイツというのが今朝の装備である。それでもからだは凍え、鼻水は垂れ放題。

国道最高地点の碑に到達した。駐車スペースにW800を停めて、ひと声、「さっぶー」。あまりに惨めな姿に見えたのかもしれない、クルマで来ていた観光客の方が親切にもカメラのシャッターを押してくださった。ありがたい。

その方いわく「下は晴れていますよ」。その言葉どおり、白根山まで来たら晴れていた。

駐車場にW800を入れ(100円)、歩いて展望台まで登り(20分)、湯釜を見物した。子どものころは毎夏来たものだ。そのころは湯釜の外輪山に直接登ることができたと記憶している。いまは火山活動の関係からか、遠く離れた展望台から眺めるだけだ。

眼下に草津の町、その向こうに浅間山が見えた。上州側はすっかり秋晴れのようだった。

その3へつづく。

W800で紅葉の志賀高原を走る 1/3

今回はW800で出かけていった。

バイクで困るのが荷物の収納と積載である。とくにカメラの扱いがむずかしい。

走行時にはオリンパスの防水カメラTG-625をつかう。防水防塵耐ショック。こいつはライディング・ジャケットのポケットに入れておけばいい。だが記録用にNEXをもっていく必要がある。そちらは雨とバイクの振動が心配だ。どちらも精密機器の大敵である。スタッフバッグに二重にくるみ、マウンテンスミスのウエストバッグに入れることにした。

予報は雨。ただ、一時的に止む時間帯があるようだ。そこを狙って出発した。時刻は0220、オドメーターは1322kmであった。

江戸川をわたって三郷に入り、外環側道のR298に入った。東北道ぞいのR122に入り、R16経由R17へ。あとはひたすら北上する。熊谷バイパスから先は周囲から明かりが消えた。真っ暗のなかをひたすら走る。

上武道路からR50をへて、前橋市内で再びR17へ戻る。ここで雨粒が落ちてきた。あまりに寒く、からだが震えてしまう。給油をかねて渋川で休憩した。0500。ホットミルクティで生きかえる。

さいわい雨はやんでくれた。しらじらと夜が明けてゆく。

ここで防寒としてダウンベストを着込み、合羽のズボンを履いた。

沼田、月夜野、猿ヶ京と抜け、早朝の三国峠を越える。クルマはほとんどいない。気温8度。寒さと冷たさに鼻水をたらしながら、このときは十分つらいと感じていた。だが翌日の渋峠で、こんなものは所詮序曲にすぎなかったと思い知らされることになる。

新潟側は晴れていた。塩沢のセブンで休憩。工事現場で働くひとたちがひっきりなしにやってくる。どのひとも示しあわせたかのように、車内からゴミをもってきて、セブンのゴミ箱へ捨ててゆく。

六日町からR253で十日町へ出、R252で柏崎に0915到着した。二度の休憩を含めて、市川から下道で7時間であった。

柏崎刈羽周辺を見てまわったあと、JR北陸本線の青海川駅に寄ってみた。海にいちばん近い駅、という触れ込み。ほとんど海岸線上にホームがある。

青海川は深い谷地になっている。はるか頭上をR8の赤い陸橋がまたいでいる。2007年の中越沖地震では大きな被害をうけたという。

R8の柿崎から県道30号に入り、関田峠をめざす。

峠に向かう途中で、映画『突入せよ「あさま山荘」事件』の撮影につかわれた鉄球がおかれているという看板を見つけた。なぜこんなところにそんなものがあるのかは知らない。作品自体にはとくに興味がないので、そのままとおりすぎた。だが、写真だけ撮ってもいいかと思いなおし、うっかりUターンしようとしたのが運の尽き。あえなく立ちゴケしてしまった。上り坂での大型バイクのUターンは立ちゴケ必至、絶対にやってはいけないトラップであった。二百数十キロの車体はさいわいすぐに引きおこすことができたが、エンジンガードには小傷が残った。あああ……。鉄球は、むろんパス。

ようやく峠に辿り着く。信越トレイルというウォーキングルートと交差しているらしい。クルマが一台とまっているだけ。誰もいない。眺望はきかず。

関田峠から下っていって最初の集落に神社があった。温井神社というらしい。ここから下は、棚田だらけである。

戸狩まで降り、千曲川をわたって木島平へ。高杜山の中腹まで登ってゆく。目的地を通りすぎたため、Uターンした。今度は問題なく転回できた。すると眼下に木島平がひろがっていた。

泊まったのは、高杜山麓みゆきの杜ユースホステル。島牧を別にすれば、ユースに泊まるのは20数年ぶりだ。泊まり客はぼくひとりだけだった。木島平の景色をながめながら、ゆっくりさせてもらった。

ごはんは土鍋で炊くのだという。土鍋ごと食卓に登場した。ここからお茶碗によそう。電気炊飯器で炊くのとは、味も食感も見た目も、だいぶ違う。

オーナーは赤いエリミネーターに乗っている。談話室にNゲージのレイアウトがおかれていた。鉄道も好きで自作したものだという。トミックスのキハ22でも持ってくればよかったか。

その2へつづく。

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