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北海道 Archive

島牧からの便り

島牧から「残暑(酷暑)お見舞い」と題するメールをいただいた(ありがとうございました)。

7月末に集中豪雨があり、地下室に浸水してバケツ100杯ぶん汲みだした、とある。ユースのすぐ近く、道の駅「よってけ!島牧」のすぐ脇を流れる千走川(ちはせがわ)は氾濫した。そのさい賀老の滝にあがってゆく道路が流された。いまだ通行止めだという。狩場山の登山口は賀老の滝の奥にあるから、ということは今夏は登れないということだ。

ちなみに狩場山は渡島半島最高峰で、ぼくがもっとも最近登ったのは……と思い出してみるに、2006年の9月だ。あれからもう4年もたつ。そのときのことはこちらに書いたとおりなのだが、行程の7割を《くんくん》を背負って歩いたのだった。いまや《くんくん》は小学3年生となり、こちらは歳相応にくたびれているから、絶対に不可能な芸当である。よくやったなあ、われながら。

さらに思い出してみれば、これまでも災害や工事などで賀老へあがれなかったことは幾度もあった。ぼくが島牧に行きはじめたころは、賀老への道はいまのルートとは違っていた。全線ダートで険しいのだが、そこをオンロードのバイクでガシガシ登っていったのだった。この道は、千走川温泉経由のいまの新道が開通したあと、廃道になってしまったようだ。

狩場山に登れなくとも、島牧には気持ちのよいところがたくさんある。例年のごとく来月になれば函館に行かねばならない。その足で、また島牧へ寄ってみたいとおもう。

写真は昨年9月に歌島高原から島牧村の方角を撮影したもの。いちばん奥にうっすら映った、雲をかぶった巨大な山塊が狩場山で、千走川はその懐から流れでている。9月になると河口あたりでは鮭の遡上する姿が岸からも肉眼でよく見える。

方法としてのデジタルストーリーテリング

デジタルストーリーテリングで映像作品をつくります──というと、いろいろな学生があらわれる。

少数ながら毎回混入しているのが、勘違い系とでもいうのだろうか、映像製作という愉しげな言葉だけに釣られてやってくるタイプの学生である。かれらの特徴は、おのれの「感性」とやらを実現したいという欲望にのみ忠実なことだ。たいていのばあい、かれらの語る「感性」とはいたって凡庸なステレオタイプであり、とりたてて独自性の感じられるような類のものではない。ひとりよがり、混乱、じぶんだけが勝手に気持ちのいいマスターベーション。だから他の学生やぼくのコメントやアドバイスにたいして、まるで耳を貸す用意がない。かれらの関心はおのれの欲望を満たすことだけにあるのだから、当然といえば当然だろう。受講態度は、いきおいまじめとはいいにくいものになる。まじめとは、けっして、くそまじめという意味ではない。課題に真摯に取り組む姿勢が欠落しているということだ。

ではまじめな優等生がいいかというと、それもちがう。かれらは答えを先回りして察知する術には長けているが、答えのあらかじめ定まっていない問いに向きあい、じぶんの知力をふりしぼって、粘り強くものを考えることには慣れていない。「答え」は教員が隠しもっているという発想のなかに棲みついている。相談と称して「答え」を探りにやってくる。ぼくのアドバイスを聞いたあとの決まり文句は「××すればいいんですか」「△△すれば大丈夫ですか」である。

むろんかれらとて、じぶん自身の語るべきテーマはもっているにちがいない。だがそれは分厚い皮膜に覆われ、ふだんは本人ですら触れられない深みに格納されている。かれらがまずしなければならないことは、その皮膜を一枚ずつ引きはがし、じぶん自身を掘ってゆくことだ。

他方で、課題を説明した段階で、すでに語るべきテーマを見つけだしている学生もいる。えてして優等生でも目端の利くタイプでもなく、どちらかといえば一見冴えないほうかもしれない。かれらに共通しているのは、じぶん自身ではどうにもできないような、少なくとも当人にはそう感じられて閉塞してしまうような状況を経験してきたことである。

今回の函館のばあい、小中高といじめにあっていたという男子学生が、その典型だった。高校までのいじめの経験もあって、生来の引っ込み思案に拍車がかかり、ひととどう距離をとっていいかわからず、じぶんの殻に閉じこもっていた。大学に入学しバス通学の道すがら車窓を眺めているうちに、それが毎日変化していることに気づいた。そのことから、まわりのことをあれこれ言うよりも先に、じぶん自身を変えなければならないと気づく。そこで勇気をだしてじぶんから同級生に話しかけてみる、というお話である。

かれのようなケースでは、ぼくにはもうほとんど何も言う必要がない。むしろ過剰に介入して邪魔をしないよう気をつけるべきである。いつものごとく途中何人もの学生が受講からフェードアウトしてゆくなかで、かれは粛々とじぶんのするべき作業をすすめた。できあがった作品は、期待に違わず力のこもったよい作品だった。同時にかれのチームはひとりの脱落者をだすこともなく、全員がさいごまで走りきった。

映像制作といえば、昨今あちこちの大学で流行っているようだが、その大半は既存マスメディアの物まねをさせて学生をよろこばせるか、ノウハウの習得か、でなければ「情報伝達」という側面ばかりを無邪気に強調したものだ。そこで忘れられているもののひとつが、作品性である。

乱暴を承知でいえば、ぼくにとっていまや「情報」などどうでもいい。大事なのは「人間」であり「作品」であり、そして人間が作品をつくり、流通させ、それに接するという事実のほうだ。作品は、才能とテクニックとによって捏ねあげられるものではなく、ひとりの人間としての存在になんらかの形で触れることで成立する。作品が根本においてもつ批評性とは、そこにかかわっている。そのことをこの授業のどこかで実感してもらえば、ぼくとしては十分だ。

ただもう一方で、ぼくのデジタルストーリーテリングのこうしたやり方は危うさをはらんでもいる。一歩まちがえば批評性が骨抜きにされ、容易に自己啓発セミナーやセラピー的なノウハウへと転落してゆきかねないからだ。むろん制作という実践からそのような陥穽を完全に排除することは、原理的にできない。仮にできたと主張するものがあったのなら、そうした安全安心な過程が生産するのはたんなる製品でしかあるまい。個人的には、すでにワークショップという手法自体が、そのような道筋をたどって骨抜きにされつつあるように感じている。

これまでのところ、そこへ滑落せずになんとか踏みとどまっていられる最大の理由は、その怖さをつねに意識するようにじぶん自身を仕向けているからだ(もうひとつの土台は、編集者時代に蓄積された経験である)。

ぼくのこのやり方は骨の髄まで文脈に依存したものである。学生がどんなアイディアをもってくるかは、やってみなければわからない。経験や予想では対処しきれない事態が表出しても、その場でただちにもっとも適切な対応を選択しなければならない。ぼくが頼りにできるものといえば、わずかばかりの知識や、これまでの経験とそこで培われた感覚だけだ。それらを総動員して授業にのぞむのだが、そこまでしたところで、つねにうまくゆく保証などどこにもない。こんな方法をマニュアル化してユニヴァーサルに適用しようとするのなら、そのとたん、そこには転落への道が巨大な口を開けて待っているにちがいなかろう。

いま北大で実施している集中講義でも、理学系の修士院生を対象にデジタルストーリーテリングをおこなっている。おどろくべきことに、2名の先生が院生にまじって受講されている。その姿勢にはほんとうに頭が下がる。ぼくの授業にそれだけの価値があるかどうかはともかく、かれらがぼくのやり方から何らかの霊感を得てくださり、デジタルストーリーテリングが日本でもさまざまな形でひろまってゆくとしたら、うれしいことである。

ただ上述のとおり、ぼくの方法は根本的なところでぼくの個性に依拠している。デジタルストーリーテリングといっても、べつにがっちり固まった方法論が存在するわけではない。いろんな方法がある。先行事例を参照しつつ、各自がそれぞれの個性や目的や文脈にかなったやり方を、試行錯誤をとおして編みだしてゆく。それがけっきょく、最善の道だろう。ぼく自身もそうしてきたのだし、いまもそうやって実践から多くを学び、貴重な霊感を得ている。だからこそ、細々とではあれ、実践を重ねつづけられているのだとおもう。

サーカス

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函館から札幌へやって来た。こんどは北大で集中講義をやるためである。サーカスみたいなものですね。

函館を出たのは午後3時。一般道で中山峠経由という最短ルートをとおっても、札幌まで約240kmを走らなければならない。カーナビさまの予測によれば8時間以上かかるという。ところが5時間後には、札幌のホテルのベッドにひっくりかえっていた。北海道以外ではありえない話だろう。

函館以上に涼しい。というより、むしろ寒い。実際の気温にそう違いはないのかもしれないのだが、とくに日が暮れたなら、東京ふうの感覚ではもうじゅうぶん初冬である。札幌在住の友人は、早くもストーヴをつけましたという。函館では半袖でとおしていたが、ここでは無理だ。

まわりの服装は両極端である。マフラーをぐるぐると首に巻きつけているひともいれば、Tシャツに短パンでコンビニたむろっている大学生らしき青少年もいる。かれらにまじって買物していると、ちょっと学生に戻った気がしないでもない──などと調子に乗っていると、外へ出たとき寒さが身に滲みる。

長袖は二枚しかもってきていない。初日の授業のあと、北大の先生に駅前のユニクロへつれていってもらい、さっそく長袖シャツとフリースを買った。

函館

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今年もまた函館に来ている。集中講義は三日目が終わった。デジタルストーリーテリング作品の制作で、学生たちの多くはいまもおそらく作業中だろう。明日はいよいよ発表である。

大平山

函館滞在中に福田総理の辞任会見があった。テレビのニュースを見ながら、ちょうど一年前も同じ部屋で同じような光景をテレビで見たのを思いだした。こうなるともはや年中行事である。やれやれ。

さて、今年も島牧へ行った。かつてのように一週間滞在するなど望むべくもない。わずか二泊だけ。その中日に、大平山へ登った。

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大平山は、狩場山とならんで島牧を代表する山だ。まわりが第四紀という地質時代に形成されたのにたいして、ここだけはそれより古い第三紀にできた。そのため動植物に固有種が多いことで知られている。それゆえ近年は盗掘被害がはなはだしい。島牧ユースのガンゼさんは盗掘防止を訴え、専門家と一緒にしばしばパトロール登山におこなっている。

稀少生物の棲むこの山は、同時に登るには険しい山でもある。ルートはほとんど直登。石灰岩質で滑りやすく、藪漕ぎもある。標準タイムは往復とも4時間ずつとされているが、条件によってはそれも厳しい。

ぼくは20年以上前に一度だけ登ったことがある。盛夏だったことも手伝って著しくバテて消耗し、三角点まで行けずに途中で敗退した。あまりにしんどかったそのときの記憶のため、以来いままで再登を試みようとおもわなかった。

今回もまた家族と合流した。小学一年の《くんくん》がついてくる。再挑戦として三角点をめざすのなど無謀だ。ガンゼさんは、第二ピーク(1109m)まで行ければ成功だよという。その手前の岩場がお花畑で、貴重な固有種が見られるからだ。そこまで達せられれば御の字、とにかく行けるところまで行ったらいさぎよく引きかえそうと決めて出発した。
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俺ん家にて

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函館では夜は居酒屋俺ん家にいく。

五稜郭の交差点をすぎて道をくだってゆく。道にはスピーカーで広告が放送されている。なぜか「お祭りマンボ」が流れている。暗い空に白く浮かびあがる五稜郭タワーが近づくと、店はすぐ。純和風の炉端焼きだが、マスターは音楽、わけてもエリック・クラプトンが大好きで、その手の展示と音楽とが、魚の焼ける煙とともに店内を満たしている。

夜ごと3-4本のビデオを見せてくれる。どうもぼくに見せたいプログラムが組まれているらしい。清志郎のライブであったり、この6月のハイドパークやリバプールの野外コンサートであったり、ロックの歴史のドキュメンタリーであったりする。

昨晩は、なんのはずみかロイ・オービソンはいいですねという話になり、するとマスターは、かれが1988年に亡くなる直前に結成された伝説のバンド「トラベリング・ウィルベリーズ」のドキュメンタリーを見せてくれた。

閉店となって外へ出、暗い裏道をホテルへ歩く。函館滞在もまもなく終わりだ。

函館

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今年も集中講義で函館に来ている。昨日は最高気温28.9度。それで「この夏いちばんの暑さ」だったらしい。今日は朝から雨だったのに、夕方突如として雲が切れ、陽が差してきた。授業でデジタル・ストーリーテリングの作品を必死で制作している学生たちは急に色めき立った。「撮影いってきていいですか」というが早いか、カメラをもって教室をとびだしていった。

ハロウィーン

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昨年のハロウィーンは大学で仮装行列したが、今年はY先生の授業と曜日がズレてしまったので、ぼくは参加できなかった。その代わり、というわけではないが、うちでハロウィーン・カボチャを飾った。

カボチャは、9月に北海道へ行ったときに、道の駅ニセコで見つけたもの。直径23cm。抱えると、よっこらしょと自然に声が出るくらい重い。レジにならんでいたら、前にいたおばさんに、「これ、食べられるの?」と訊ねられた。装飾用で食用にはならないらしい。一個500円。二個買って、ランクルに積んで帰ってきた。ひとつは保育園に届けて、飾ってもらった。

わが家のカボチャはくり抜いて目鼻をつけてやるつもりだったが、堅くてとても無理。けっきょく次男が登校前に紙を切り抜いて貼りつけた。ちょっとロボットふうだ。

東北豪雨を走る

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すでに午後8時を過ぎていた。今月就航したばかりという高速フェリーは、途中けっこう揺れながら、1時間遅れて青森に到着した。

市内はさほどでもなかったが、青森道に入ると急に雨脚が強くなった。速度を抑えつつ、小一時間走った。碇ヶ関あたりからは、ワイパーを最速にしなければ視界が確保できないほどだった。秋田県の小坂ICまで来た。ここから先は通行止めだった。「申しわけありませんが、一般道におまわりください」と録音案内放送が憑かれたようにくり返している。雨降りの夜間に一般道で奥羽山脈の峠を越えなければならない。まいったなあ。つぶやいてはみるものの、しかたない。

R282を南に向かって走る。鹿角の先まで来たところで、カーナビが「コノ先、冠水ノタメ通行止メデス」と言いはじめた。ビーコンでVICSの道路情報を受けたのだろう。冠水? どういうことだ? しばらく迷ったが、そのまま先に行ってようすを聞くことにした。きっと災害時には、こうやって被害が拡大するのだ。3kmほど行った交差点に、警察が出て道路を封鎖していた。

雨合羽を着たひとりの警官が近づいてきた。「どこさ、いぐの?」

東京まで帰るのだが、東北道が閉鎖されているので一般道で、まずは盛岡まで出たい。そう説明した。すると、その若い警官は言った。R282はここから先へは進めない。八幡平や大館に抜けるルートも通行止めだ。盛岡へ抜けるなら、十和田湖のほうをまわっていく道しかない。そういって、かれはR103からR104へ抜ける道を教えてくれた。

カーナビをスクロールしてみる。たしかにどのルートも通行止めを示すバッテン印だらけだ。唯一無印の道が、教えてもらったルートである。十和田湖の南麓をトラバースするような道どり──ってことは、山道なのか。

R103は大湯温泉を抜け、ぐいぐいと高度をあげていく。道はところどころ細くなる。灯りはほとんどない。フロントガラスに雨粒が音をたてて打ちつけてくる。巨大なシャワーの蛇口に顔を向けているようだ。風は猛烈である。周囲の木々が烈しく揺れて道路の上に覆い被さる。前後にクルマはいない。時折対向車がやってくる。この山中を踏破してきたとは信じられないほど長大なトラックが、尻に火のついたような勢いで暗闇のなかから現れる。R104に入る。ヘアピンカーブが連続する。ハンドル操作を誤らぬよう、ひとりで「左、ヘアピン」と声をだして確認しながらクリアしてゆく。三戸に入ると、赤色灯を回転させながら走るパトカーに追いついた。救急車を先導していた。

R4に出た。二時間ほどかけて遠回りしたうえに、青森県に逆戻りだ。深夜のR4を八戸道二戸ICへ向けて走る。しかし、八戸道もまた通行止めだった。この先、どこまで高速の通行止めがつづいているのか。カーナビにも先の情報は十分に表示されないので、よくわからない(北上江釣子まで通行止めだったようだ)。

盛岡は100km先だ。北海道と違い、こちらの一般道は、走っても走っても、なかなか進む感覚が得られない。青森を出発して以来ずっと運転しどおしだ。疲労を実感しはじめた。どのみち今日中に市川へ帰れるはずもない。岩手町沼宮内まで来た。道の駅・石神の丘があらわれた。ここにランクルを止め、車中泊することにした。すでに日付は変わり、午前1時を過ぎていた。

目が覚めたら8時半だった。ランクルのまわりは、地元の農家のひとたちの軽トラでいっぱいだった。道の駅で地元野菜の販売をおこなっている。その店開きの準備のようだ。開店時間より少し早かったが、許しを得て店内をのぞかせてもらった。大玉五つ入りのリンゴ(つがる)を一袋買った。

昨夜の秋田が記録的豪雨であり、ひどい災害をもたらしていた。そのことを教えてくれたのは、再びR4を走りはじめた車中でつけたラジオだった。

島牧の休日

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函館での仕事が終わり、島牧まで走った。ネイチャーイン島牧ユースホステル。一年ぶりだ。ガンゼさん、オシメさん、俊輔の顔を見、ごはんをたべてビールを飲んだら、まだ8時半だというのに眠くなり、そのまま11時間眠ってしまった。

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遊んでいられるような境遇ではないのだが、せっかく島牧に来たのなら、せめて二泊はしたい。昨年は子どもたちを連れて狩場山に登ったが、今年はひとりだ。港へ行って、もっとも簡単だというチカ釣りをした。

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竿はガンゼさんに借りる。仕掛けは近所の釣具屋で調達。日曜のせいか、港は静かだ。オキアミを巻いて、竿を投げる。すぐに一匹かかる。チカは使いさしの鉛筆のような魚で、ワカサギに似ている。うまいひとだと、同時に数匹釣りあげる。ぼくの釣果は、一時間ほどで4匹。一度、ボラのみたいな大きな魚が引っかかったが、釣り針を食いちぎって逃げられてしまった。そのあと、チカよりひとまわり大きな小魚がかかった。あとでガンゼさんに、サバの子どもだと教えられた。

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島牧にはいくつも温泉が湧いている。かつてユースから歩いていけた漁り火温泉は海岸べりで眺めがよかったけれども、いまは休館中。宮内(ぐうない)温泉、千走川温にもこれまで何度もかよった。いま気に入っているのは、モッタ海岸温泉だ。しょっぱい茶色の温泉で、温度も高い。ラジウムを多く含み、泉質は二股ラジウム温泉に似ているらしい。大きくはないけど露天風呂もある。浸かると、目の前は海だ。眼鏡をはずすとなにもわからないのだけれど。

島牧は、ケータイは通じるが、PHSはダメ。PHSをつかう用事が生じた。寿都まで行けば通じるかとおもい、30km走ったが圏外。黒松内も圏外。けっきょく、電話をかけるためだけに長万部まで走った。往復130km。

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昨年つくってもらった椅子。座面のペーパーコードがほつれてきた。今回ランクルに積んでもっていき、制作者である俊輔に見てもらった。編み方が少し甘かったといって、一晩で編みなおしてくれた。

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ユースの広い敷地の一角は菜園だ。ここで無農薬でいろんな野菜をつくっている。帰りがけ、たわわに実った枝豆を、少しお裾分けしてもらった。島牧も、この夏は暑かったという。それでもさすがに、もう枝豆も終わりに近い。

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