Home > Tags > アイデンティティ
アイデンティティ
映画『ウォー・ダンス──響け僕らの鼓動』
- Dec 29, 2008 08:24
- ミュージカルという問題 | 映画を観る
こちらの作品もやはりドキュメンタリー。『ヤング@ハート』(評)が高齢者を対象としていたのにたいして、こちらは子どもたちが主役である。舞台はアフリカ・ウガンダ北部の内戦地帯。内戦孤児など紛争の犠牲になった子どもたちが、音楽やダンスをとおしてアイデンティティの再構築を図る。
この作品で強調されるのは、「死」の影からの離脱である。孤児たちは、紛争によって肉親を失ったというだけではない。この内戦において、子どもはむしろ巨大な争点のひとつである。子どもをさらってむりやり兵士にしたてあげ最前線にたたせる事態が恒常化しているため、子どもたちはつねに存在論的な恐怖にさらされつづけている。難民キャンプにいる子どものなかには、実際に大人の殺害への加担を強要されたりした経験をもつ者さえいる。
ほとんど人間であることを剥奪されているような極限状況の凄惨さは、したたるほど濃厚な大自然の描写によっていっそう強調される(演出手法としては常套だが、かなりあざとい印象をうける)。その血塗られた「死」の影のただなかから、かれらを救いだしうる唯一の具体的手立て。それが音楽とダンスである、と描かれる。
アイデンティティを獲得するためには他者による承認が必要だ。子どもたちはそのために、首都──北部の紛争地域とは対照的に平和で近代的であり、落差が強調される──でおこなわれるウガンダ版ダンス甲子園(国家主催らしい)のような全国大会に挑戦することになる。その目標に向けて厳しいトレーニングが課され、そのなかで子どもたちの立場や事情がもたらすさまざまな差異が埋められてゆく。その過程は、音楽を媒介にすることで、かれらが否応なく投じられていた「死」の世界から「生」に向けての脱出行だといえる。そして最終的に、自信と誇りをとりもどすきっかけを得るまでに至る。
その過程で獲得されてゆく「生」は、木琴奏者として認められる少年を除けば、みずからが帰属する部族の一員という形でのアイデンティティ再構築によってもたらされる。内戦によって「死」に包摂されざるをえなかった子どもたちが、アイデンティティをとりもどす過程をとおして、けっきょくはナショナリズムの地平に回収されてゆく。製作者側の意図とは(おそらく)裏腹に、その過程はそれ自体、内戦のようなものとは異なる別の凄惨さを含んでいる。子どもたちもまた、かれら自身の「生」を奪ってきたはずの内戦当事者──政府や反政府勢力と同じ論理の枠組みに着地してゆくのだから。
その観点からすれば、音楽もダンスもむしろ動員のためのメディアとして描かれているといわねばなるまい。
わたしたちがナショナリズム的想像力からどれほど自由でないかを思い知らされると理解すべきなのか、それでも血が流されないだけまし、とうけとめるべきなのか、あるいはその両方なのか。
- Comments: 0
- Trackbacks (Close): 0
映画『ヤング@ハート』
- Dec 26, 2008 10:55
- 映画を観る
音楽やダンスがアイデンティティの再構築をもたらす──という図式は、音楽をフィーチャーした映画に好んで扱われる典型的なモティーフのひとつである。最近たてつづけにその手の作品を観た。
まず『ヤング@ハート』(スティーヴン・ウォーカー監督)だ。世評はずいぶん高く、じっさい良い作品である。ただし、もともと質の高い英米のドキュメンタリーのなかでは、良質ではあるが傑出しているというほどでもない、というくらいだろう。
平均年齢80歳。現代日本ふうにいうならば「後期高齢者」からなるコーラス隊ヤング@ハート。かれらが、自身にとってけっして親和的ではないロック(それもソウルやパンクなど)を猛練習によって習得し、仲間の死をも乗り越えて、コンサートで見事にうたいきるまでの数カ月を描く。
それは生と死が裏表であるとリアルに感じとること、「生」を生きることであるのと同時に、さほど遠くない将来に確実に待ちうける「死」をうけいれてゆく過程でもある。
作品を観るかぎり、このコーラス隊ヤング@ハートの肝は、高齢のメンバーというよりも、演出家ボブ・シルマンにある。このプロジェクトをたちあげたのもかれならば、以来ずっとプロモートしてきているのもかれなのだという。一見すると老人たちを食いものにしているかにも疑われかねないのだが、かれの考えはもっと違うところにあるようだ。
かれは、ふだんクラシックしか聴かないようなメンバーにあえてロックをうたわそうとする。「後期高齢者」たちがその歌をじぶんのものにするには、並大抵ではない困難がともなう。だがそれがひとたび実現されたのなら、音楽は従来とまったく異なる意味を帯びて輝きはじめる。だから音楽の側からみれば、本作品は一個のロックミュージックが新しく生まれ変わる過程そのものだということもできる。それはひとつの魔法だといってもよい。
ヤング@ハートはその意味で、「後期老齢者」たちの老後の慰みなのではまったくない。練習は厳しく、ダメとなれば出番は切り捨てられる。その厳しさと烈しさのなかでこそユーモアは意味をもち、メンバーは自身のためにうたうというより、観客によろこんでもらうためにこそうたうのだと言うようになる。その実相にわたしたちは、「成長」という言葉のより多様な意味を教えられるだろう。
途中でPVふうのシーンが差しはさまれる。酸素吸入のパイプにつながれた長老格のメンバーが、ヤング@ハートからの引退を決意して、パソコンにメッセージを吹き込む場面が印象に残る。
- Comments: 0
- Trackbacks (Close): 0
Home > Tags > アイデンティティ
- Subscribe SwingBooks
- Recent Posts
- Categories
-
- お知らせ・紹介 (110)
- 今日の風景 (118)
- メディア論的に考える (184)
- 考えたこと (53)
- アトラクションの日常 (27)
- ミュージカルという問題 (29)
- 書物と出版 (34)
- 執筆以外の活動など (82)
- デジタルストーリーテリング (16)
- 旅する (92)
- 映画を観る (83)
- ガジェット・買物 (32)
- 日々のエッセイ (266)
- ブログ管理 (29)
- Pages
- Tag Cloud
- Monthly Archives
- Search This Site
- Lab & Seminar
hajime-semi Blog- 口頭試問終了! Jan 30, 2012新年の挨拶をしていた先日から、気づけばすでに1月も終わる目前となりました。第36回の週報は<ジェット>がお送りします。 以前の週報でもお知らせしていましたが、ついに私たち長谷川ゼミは1月24日(火)に卒業論文の口頭試問を迎えました。 それにあたり、前日と当... […]ジェット
- 口頭試問終了! Jan 30, 2012
- Translator
- Blog Parts
- Meta






















































