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	<title>散歩の思考 : SwingBooks.jp &#187; テクストを物質として読む | 散歩の思考 : SwingBooks.jp</title>
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	<description>明治学院大学文学部芸術学科准教授、長谷川一のブログ。</description>
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		<title>テクストを物質として読む</title>
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		<pubDate>Wed, 03 Aug 2011 08:05:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[執筆以外の活動など]]></category>
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		<description><![CDATA[「テクスト講読」という授業をやっている。文系の学部ならどこでもやっている文献講読の授業だ。主として3年生が受講する。今期は登録した学生全員が最後まで走りとおした。なかなかないことである。 じっさい、期末に提出してもらった [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「テクスト講読」という授業をやっている。文系の学部ならどこでもやっている文献講読の授業だ。主として3年生が受講する。今期は登録した学生全員が最後まで走りとおした。なかなかないことである。</p>
<p>じっさい、期末に提出してもらったふりかえりのレポートは、大半がとてもよく書けていた。この学期の勉強で発見したり学んだりしたことを、各自じぶんの言葉で綴っていた。読みごたえがあった。</p>
<p>講読といえば、一般的にはテクストに書かれている内容を教えることが主眼なのかもしれない。だが現状、英語文献をとりあげると、英文読解の授業になってしまう怖れがある。この授業のばあいは日本語文献をつかう。今年の前期のテクストは、石田英敬先生の『自分と未来のつくり方』（岩波ジュニア新書）をまるごとと、ぼくの『アトラクションの日常』（河出書房新社）の第2章「乗りこむ」。</p>
<p>内容に触れることはむろん大切だが、むしろ読み解きの仕方を養うことのほうに力点をおく。概念と論理によって組み立てられた文章をどう読み解くかという仕方を身につけてもらいたいのだ。レジメの切り方や口頭発表の仕方といったような具体的な方法も教える。</p>
<p>大学でやるべきことかどうかについては、いろいろな意見があるかもしれない。でも、これまでのぼくの数年間の経験からいえば、やらないよりは、やったほうがよいとおもう。</p>
<p>学生たちのなかには最初、日本語の読解？　というような反応を示す子もいた。母語だし、すでにいろいろ本も読んできた。いまさら？　ということらしい。受験国語の技法みたいなものと勘違いしている子もいた。</p>
<p>そういうかれらは、しかし授業が進むにつれて、じぶんが持っていると思っていた読解力が、そのじつどの程度のものだったかをだんだんと自覚していくようになる。そうなってくれれば、成長が期待できる。</p>
<p>というのも、読解力の低い状態を示す典型的な症状のひとつは、その自覚がないことだからだ。読解力は、そのひとの認識や思考の可能的な範囲を枠づける大きな要素である。読解力が低ければ低いほど、そういう状態におかれていること自体を認識しにくくなる。</p>
<p>かれらが一定の読解力をもっていると感じていたのは、日常語を日常の文脈で使用するという水準においての話である。人文社会科学系の、概念と論理で組み立てられたような文章には歯がたたない。日本語文献なので読むだけならいちおう読むことはできる。だがまったく頭に入っていかないのだ。</p>
<p>こういうとき、じぶんの読解力を棚にあげて、文章そのものが堅くてダメなのだと相手のせいにするケースもしばしば見られる。言うのはかまわないが、それではいつまでたっても、この手の文章を読む力はつかない。むろん書くことなどとうていおぼつかない。</p>
<p>じぶんの読解力の水準について知らされることになった学生たちがつぎに気づくのは、これまで文章を読んでいるつもりでいながら、じつは文章をあまりよく読んでいなかったという事実である。</p>
<p>文章そのものよりも、むしろ行間やら「空気」やらを読んでいる。そう、いいかえてもよい。</p>
<p>かれらのいう「読解」は、じつは流し読みに近いものである。かれらのいう「理解」は、その時点でもちあわせている、じぶんの枠組みを再生産したにすぎない。そういうことに気づく。</p>
<p>これにたいして、ぼくの授業が実践するのは、じつに単純なことだ。</p>
<p>行間には文字はない。読むべきものは、まず文字であり、言葉である。そこに何がどのように書いてあるかを、とにかくひたすら読む。そうした当たり前のことを、徹底してやってみる。</p>
<p>こういう態度を、テクストを物質的にとらえていくアプローチとして表現できるかもしれない（書物の物質性と混同されることのないよう）。こうした読み方を身につけつつ、テクストを精読するという経験を重ねていってくれると、うれしい。</p>
<p>もっとも、いつもそんなふうに読んでいたら、くたびれてしまうのだけど。</p>
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		<title>列車のさみしさ</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Mar 2011 07:48:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[今日の風景]]></category>
		<category><![CDATA[北海道]]></category>
		<category><![CDATA[旅する]]></category>
		<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[ゼミ]]></category>
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		<category><![CDATA[旭山動物園]]></category>
		<category><![CDATA[旭川]]></category>
		<category><![CDATA[札幌]]></category>
		<category><![CDATA[車窓]]></category>

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		<description><![CDATA[ゼミ旅行に行ってきた。今年は北海道、昨年が長崎だったから、ちょうど逆。「この時期安いのは寒いところだよ」と、旅行代理店に相談にいった合宿係が、カウンターのおにいさんに勧められた結果なんだそうである。 ゼミ生たちは、ヒート [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido01.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido01-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido01" width="468" height="263" class="alignnone size-medium wp-image-6026" /></a></p>
<p>ゼミ旅行に行ってきた。今年は北海道、昨年が長崎だったから、ちょうど逆。「この時期安いのは寒いところだよ」と、旅行代理店に相談にいった合宿係が、カウンターのおにいさんに勧められた結果なんだそうである。</p>
<p>ゼミ生たちは、ヒートテックにダウンジャケットという、南極観測隊のような装備で札幌に乗り込んだ。ところが到着した札幌は、さっぱり寒くなかった。路上の雪は溶けかかり、白いはずの雪には泥が付着して汚れており、まるで春先の北海道である。夕方には降りはじめたが、雪ではなく雨。この日、最高気温は8度になったのだと、あとで知った。「ふくろう亭」でジンギスカンを食べたあと、ホテルへ戻るころにはずいぶん冷え込んできた。</p>
<p>翌日は雪。バスではるばる旭川まで遠征し、旭山動物園へ。行ってみると、おどろいた。気温は昨日とうってかわって氷点下、山の中腹にあって半ば吹雪になりかかっているにもかかわらず、続々と観光バスがやって来る。バスからは、モコモコに着込んだ年配旅行者たちから、この寒いのにブレザー姿の高校生までが、どしどしと吐きだされてくる。この時期の北海道の観光資源といえば、スキーとカニとガリンコ号ぐらいしかなかった時代からすれば、脅威的な集客力である。</p>
<p></p>
<div id="attachment_6027" class="wp-caption alignnone" style="width: 478px"><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido02.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido02-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido02" width="468" height="263" class="size-medium wp-image-6027" /></a><p class="wp-caption-text">　　▲キングペンギンの散歩。芸ではなく、生息地の習性を再現したと説明あり</p></div>
<p>旭山動物園のよさは行動展示にあるという話はよく聞く。たしかに工夫されている。園内の説明板がほぼすべて手書きであり、イルカショーのような芸を仕込んだりもせず、そういう姿勢は好感がもてる。ペンギンという生きものを、初めてほぼ同じ目の高さで見た。ぼってりしていて、でっかい。ちっともかわいくない。とくに目がすごい。マンガでよくある怒りや悪意に満ちたときのような、逆三角形をしている。その三角の目のなかで、ときどき、ぐるりと目玉が動く。この寒いのに、キリンやダチョウが雪のなかをうろうろしているのは、気の毒な気もするが、動物学的には問題ないのだろう。</p>
<div id="attachment_6028" class="wp-caption alignnone" style="width: 478px"><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido03.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido03-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido03" width="468" height="263" class="size-medium wp-image-6028" /></a><p class="wp-caption-text">　　▲JR札幌駅のタワー展望台のトイレ。どちらからも眺望抜群ということか</p></div>
<div id="attachment_6029" class="wp-caption alignnone" style="width: 478px"><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido04.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido04-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido04" width="468" height="263" class="size-medium wp-image-6029" /></a><p class="wp-caption-text">　　▲小樽市内は雪</p></div>
<div id="attachment_6030" class="wp-caption alignnone" style="width: 478px"><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido05.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido05-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido05" width="468" height="263" class="size-medium wp-image-6030" /></a><p class="wp-caption-text">　　▲ひとりで水天宮まで登ってみた</p></div>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido06.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido06-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido06" width="468" height="263" class="alignnone size-medium wp-image-6031" /></a></p>
<p>最終日は小樽で一日すごし、夕方の快速で空港へ向かった。ほどなくして日が暮れた。隣に坐っていたゼミ生が、「こんなふうに」と話し始めた。旅の終わりに列車に乗っていて、暗くなった車窓を眺めるともなく眺めていると、無性にさみしい気持ちになるのだ、と。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido07.jpg" rel="lightbox[6025]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2011/03/110302hokkaido07-468x263.jpg" alt="" title="110302hokkaido07" width="468" height="263" class="alignnone size-medium wp-image-6032" /></a></p>
<p>話はさらに続く。そのさみしさについて、これまでは、たんに旅行が終わるからさみしいのだとおもっていた。けれども、それだけではないかもしれない。なぜなら、バスや自動車ではそういう気持ちにはあまりならないから。それに、鉄道といっても、ふだん通学でつかっているような路線やロングシートの車輌では、やはりこんな感覚を感じることはない。──</p>
<p>なるほど、ぼくにも覚えがある。だとすれば、そのさみしさは、いったい何に由来するのだろうか。暗闇のなかをわずかな灯りが飛び去ってゆく車窓に目をやりつつ、そんな話をしているうちに、列車は新千歳空港に到着した。</p>
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		<title>ディフェンダー「ひるね号」</title>
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		<pubDate>Sat, 01 Jan 2011 00:00:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[Defender 110]]></category>
		<category><![CDATA[ガジェット・買物]]></category>
		<category><![CDATA[日々のエッセイ]]></category>
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		<category><![CDATA[オートメカニック]]></category>
		<category><![CDATA[ディフェンダー]]></category>
		<category><![CDATA[ランクル]]></category>

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		<description><![CDATA[納車からひと月半が経過したランドローバー・ディフェンダー。この間の走行距離は約1400kmだ。一度名古屋へ往復したので距離は伸びたものの、まだまだ慣熟とはいいがたい。インプレッションというほど大したものではないが、ぼくな [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_5114" class="wp-caption alignnone" style="width: 478px"><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/12/110101def.jpg" rel="lightbox[5113]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/12/110101def-468x351.jpg" title="Exif_JPEG_PICTURE" width="468" height="351" class="size-medium wp-image-5114" /></a><p class="wp-caption-text">　▲ディフェンダーひるね号（九十九里・木戸浜）</p></div>
<p>納車からひと月半が経過したランドローバー・ディフェンダー。この間の走行距離は約1400kmだ。一度名古屋へ往復したので距離は伸びたものの、まだまだ慣熟とはいいがたい。インプレッションというほど大したものではないが、ぼくなりの印象を簡単にメモしておきたい。</p>
<p>ディフェンダーのボディには幾種類かあるが、ぼくのは110のステーションワゴン。並行輸入車である。初度登録は2004年だが、製造は2002年のソリハル工場。できあがってから2年間、英国で昼寝していたらしい。だから「ひるね号」と名づけた。</p>
<p>300Tdiといって、伝統的なランドローバー製ディーゼルエンジンを積んでいる。ボディの色はチャウトンホワイト（ソリッド）。ディフェンダーは国連の平和維持活動でもつかわれているらしいのだが、外観はほぼそのまま。ひるね号の横腹やボンネットに「UN」と大書すれば見分けがつかないだろう。</p>
<p>最初にお店で見たときにはボンネット上に予備のタイヤを載せられるようマウントがついていた。このタイプは新車時から装着されているらしいのだが、錆びるし不要なので、ボンネットごと交換してもらった。さらにオーバーフェンダーが黒色だったところをボディと同色に塗り直してもらった。</p>
<p>5速マニュアル、ディーゼル、電子制御皆無といったスペックは、完全に時代に逆行している。というか、もともとディフェンダーは、1948年以来基本構造が変わっていないというシーラカンス的な車らしい。ラダーフレームにコイルリジッド、ボディはアルミ。足回りやエンジン・ミッションなど自動車としての根幹部分はたいへん頑丈にできているが、いわゆる快適装備系はほとんどない。思いつくまま、ざっと挙げてみよう。</p>
<ul>
<li>エアコンなし（後付つり下げ式クーラーのみ。ヒーターは別にあり）</li>
<li>シートはビニール（リクライニング機能なし）</li>
<li>パワーウインドなし（手回しハンドルだが、ときどき外れてしまう）</li>
<li>集中ドアロックなし（後付してもらった）</li>
<li>ラジオはEU仕様のため日本で使えず（国産のものに交換）</li>
<li>ヘッドライトの回路にリレーなし（ヘッドライトごとHIDに交換、リレーも追加）</li>
<li>ABSやエアバッグなどの安全装備なし（いっそうの安全運転を心がけるほかなし）</li>
<li>すきま風と雨漏りが「標準装備」</li>
</ul>
<p>ようするに、いまどきの国産車では考えられないような造りなのである。</p>
<p></p>
<p>それでも、購入時に機関部も内外装もしっかり整備してもらったので、全般に快調だ。</p>
<p>運転席はうんと右隅に寄っている。右腕がドアに常時あたり、大ぶりなアクションでステアリングを動かすのはむずかしい。むしろ送りハンドルのような操作方法が向いているのかもしれない。</p>
<p>シートポジションは高く、背もたれも直立に近い状態で座る。ランドローバーでは「コマンド・ポジション」とよぶらしい。そのため、フロントウィンドウのガラスの高さが低い（30cmほどしかない）にもかかわらず、見切りがよい。見かけの印象とは異なり、ランクル80より横幅と全長がひとまわり小さい。そのおかげで、狭いところでも案外問題なく入ってゆくことができる。ただし回転半径は大きい。ランクル80と変わらないか、少し大きいくらい。慣れていないと曲がりにくく感じるかもしれない。</p>
<p>運転席と助手席のシートは、簡素な造りではあるものの、よくできていて、長距離でも身体が痛くならず、なかなかぐあいがよい。いっぽうセカンドシートはさらに簡素なベンチシートで、背もたれが大人の背中の真ん中までしかない。路線バスの座席みたいなものである。家族がなんと反応するか気になっていたが、さいわい、いまのところとくに苦情はない。</p>
<p>エンジンは低速からトルクが出る。坂道発進時でもうっかりエンストさせてしまうことはない。だいたい2000回転前後でギアチェンジする。5速2000回転で80km/hの設定である。高速では、トラックにつらなって走行車線を流しているぶんには、けっこう快適である。</p>
<p>運転は想像以上にしやすい。背が高い（207cm）わりに低重心で、足許は粘り強く、妙によれたり揺れたりといった挙動を示すことはない。ただし絶対的なパワーはないので速度はたいして出ない。加速ものろい。ふつうの車にはまず負ける。</p>
<p>エンジン音は大きく、たいへんやかましい。それもそのはず、騒音を遮蔽することなどあまり考えてはいないようなのだ。ボンネット裏をみても遮音材はなく、内装にしても簡素のきわみ。内装トリムはあるものの、室内側を全部覆うようになっていない。外装パネル剝きだしの箇所があれば、溶接跡が剝きだしの部分もある。アルミ板の床の上には、ゴムマットが一枚敷いてあるだけだ。各ドアにデッドニングをしてもらったので、これでもだいぶ良好な部類らしいが、音楽をかけていても、音の細かい表情はすっかり消えてしまう。それでも、まあ車内での会話はそこそこ可能ではある。</p>
<p>雨漏り対策として、ルーフの雨樋をぐるりとコーキングしてもらった。これで、だいぶマシになっているとおもう。雨漏りしたのは、烈しい風雨のあとの一度だけ。それも、ふだん停めるカーポートとは違う場所で、露天に駐車していたときのことだった。</p>
<p>現在の国産車を基準にするのなら、ディフェンダーになど乗っていられない。ぼくもまるで気にならないというわけでもないのだが、そこは考え方を変えたほうがいいとおもっている。この車は、ひと言でいえば、原初的（原始的ではない点に注意）なのである。たしかに快適とはいいにくい。だが運転していると「機械を操縦している」という感覚がみなぎってくる。やれハイブリッドだ電気自動車だといった〈アトラクション〉的なご時世に、なんとも得難い経験である。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>行方不明</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2010/10/28/spam/</link>
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		<pubDate>Thu, 28 Oct 2010 06:05:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ・紹介]]></category>
		<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[考えたこと]]></category>
		<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>

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		<description><![CDATA[メールを送ったのに連絡がないのだが……と、発信者から別のルート経由で訊ねられた。 そんなメールを見た記憶はないなあ、行方不明か。ということは……あわてて迷惑メールフォルダを探しまわると、はたして、当該メールはそこに静かに [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>メールを送ったのに連絡がないのだが……と、発信者から別のルート経由で訊ねられた。</p>
<p>そんなメールを見た記憶はないなあ、行方不明か。ということは……あわてて迷惑メールフォルダを探しまわると、はたして、当該メールはそこに静かに埋もれていた。</p>
<p>迷惑メールを「スパム」とよぶ感覚は、なんとも興味深いものではあるが、それはともかく、これを判定するフィルタの性能は、Gmailの登場以降、目に見えて向上した。使い始めてしばらくのあいだこそ誤作動も多いが、学習機能の実用性が高まったため、一定期間つかっているうちに、さほど問題なく動作するようになる。</p>
<p>それでも誤って大事なメールがまぎれこむことはある。だから、ときどき手動でチェックしている。しかし9月から10月にかけてバタバタしていたので、見落としていたのだろう。一日に襲来するスパムは、けっこうな量になるのだ。</p>
<p>システムは便利なものだが、それゆえに足許をすくわれる。なにせそのことにかんして本まで書いているのだから、その常道について知らないわけでもない。だがそれでもこうなってしまうのだから、心のどこかに、「スパムフィルタもだいぶ賢くなったわい」という油断が巣くっていたのにちがいない。</p>
<p>念のために、迷惑メールフォルダをあらためて全部確認してみた。するとやはり、返事の必要なメールを数通発見、サルベージした。</p>
<p>というわけで、ご関係各位にたいし、この場を借りてお詫び申しあげます。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>文化人と博物学者</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2010/09/30/twobooks/</link>
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		<pubDate>Thu, 30 Sep 2010 08:27:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[お知らせ・紹介]]></category>
		<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[博物学者]]></category>
		<category><![CDATA[文化人]]></category>
		<category><![CDATA[文化人とは何か？]]></category>

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		<description><![CDATA[秋学期が始まって大学へ出たところ、何冊か御本をいただいておりました。ありがとうございました。2点をご紹介します。 まず『文化人とは何か？』（東京書籍）。編者は、大学院の後輩にして若い友人、加島卓・南後由和の両くん。まだ若 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>秋学期が始まって大学へ出たところ、何冊か御本をいただいておりました。ありがとうございました。2点をご紹介します。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/09/100930bunkajin.jpg" rel="lightbox[4489]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/09/100930bunkajin-351x468.jpg" alt="" title="Exif_JPEG_PICTURE" width="351" height="468" class="alignnone size-medium wp-image-4490" /></a></p>
<p>まず『文化人とは何か？』（東京書籍）。編者は、大学院の後輩にして若い友人、加島卓・南後由和の両くん。まだ若いのに編著ものを出すなんて、大物です。そういえば、ぼくも前に<a href="http://swingbooks.jp/2010/01/27/culture/">こんなこと</a>を書いていたなあ。</p>
<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/09/100930hakubutugakusya.jpg" rel="lightbox[4489]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/09/100930hakubutugakusya-351x468.jpg" alt="" title="Exif_JPEG_PICTURE" width="351" height="468" class="alignnone size-medium wp-image-4491" /></a></p>
<p>もうひとつは吉野裕之さんの『博物学者』（北冬社）。（「吉」は本当は「土に口」だが、WordPressにはじかれてしまうので代替。）</p>
<p>梱包を解くと、あれ、短歌の歌集だ。なぜぼくに？　添えられていたお手紙を拝見すると、ずっと以前の編集者時代にたいへんお世話になった、さる財団の方だった。当時はじつは歌人ですなどとはひと言もおっしゃらなかったから、ぼくもちっとも存じあげなかった。</p>
<p>たまたま吉野さんが拙著『アトラクションの日常』を読んでくださって、「あれ、長谷川一って名前、なにか引っかかる。誰だっけ？」と頭をひねっているうちに、ふと思いあたった、のだそうです。こんなことって、あるのですね。</p>
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		<title>陸にあがった潜水艦</title>
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		<pubDate>Fri, 02 Jul 2010 10:49:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[あちこち散歩旅]]></category>
		<category><![CDATA[今日の風景]]></category>
		<category><![CDATA[旅する]]></category>
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		<category><![CDATA[呉]]></category>
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		<category><![CDATA[海上自衛隊]]></category>
		<category><![CDATA[潜水艦]]></category>

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		<description><![CDATA[呉に来ている。「てつのくじら館」というミュージアムに行った。海上自衛隊呉史料館というのが正式名称。海自の広報啓蒙施設であり、展示内容は掃海と潜水艦だ。退役した本物の潜水艦あきしおが鎮座し、じっさいに発令所など見学できる。 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/07/100701akishio.jpg" rel="lightbox[2095]"><img src="http://swingbooks.jp/wp_sb/wp-content/uploads/2010/07/100701akishio-468x351.jpg" alt="" title="100701akishio" width="468" height="351" class="alignnone size-medium wp-image-2096" /></a></p>
<p>呉に来ている。「<a href="http://www.jmsdf-kure-museum.jp/" target="_blank">てつのくじら館</a>」というミュージアムに行った。海上自衛隊呉史料館というのが正式名称。海自の広報啓蒙施設であり、展示内容は掃海と潜水艦だ。退役した本物の潜水艦あきしおが鎮座し、じっさいに発令所など見学できる。</p>
<p>それにしても、陸にあがった潜水艦はじつに巨大である。そしてその背後には、潜水艦より何倍も巨大な複合商業施設「ゆめタウン」があって、買い物袋をさげた近所のおばちゃんやソフトクリームをなめる女子高生なんかが、ごく当たり前のことのように出入りしている。なんだかものすごい光景である。</p>
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		<title>車窓都市</title>
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		<pubDate>Sun, 13 Jun 2010 02:32:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[N700系新幹線]]></category>
		<category><![CDATA[名古屋]]></category>
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		<category><![CDATA[車窓]]></category>

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		<description><![CDATA[名古屋芸術大学で特別講義をしてきた。『アトラクションの日常』を読んでくださったという津田佳紀先生からお誘いいただいたのだ。とてもありがたいことである。 名古屋駅から名鉄にゆられて15分ばかり。その大学のあるあたりは、かつ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>名古屋芸術大学で特別講義をしてきた。『アトラクションの日常』を読んでくださったという津田佳紀先生からお誘いいただいたのだ。とてもありがたいことである。</p>
<p>名古屋駅から名鉄にゆられて15分ばかり。その大学のあるあたりは、かつて西春町とよばれていた。それがいまでは駅名に痕跡を残すのみで、「北名古屋市」と称しているという。その名前についてよそ者が忖度することはつつしみたいが、そうした改名が、近隣の大都市の知名度に寄生することばかりに目がいった結果、いっさいの歴史的文脈というものを消去してしまっているくらいのことは、誰にだって想像がつく。そしてそんな地名がいまや日本じゅうにあふれている。歴史性をはぎとられて、時間の流れない世界という点では、郊外、もしくはテーマパークみたいなものだ。娘に源氏名みたいな名前をつけてしまうようなタイプの欲望とも近い。</p>
<p>『アトラクションの日常』のなかでは、名古屋という都市のあり方が重要な役まわりをはたしている。ぼくにとって名古屋という街は、そこから離れるべきものであると同時に、否応なくその文化に根ざしていることを意識せざるをえないものでもある。その名古屋の都市的様態を、同書のなかで、バザール都市としての東京と対比しながら「スーパーマーケット都市」と書いているが、これは車窓都市といいかえてもよい。名古屋は──少なくとも戦後のある時期以降の名古屋は──全域が「郊外」として編成された大都市であり、「郊外」という空間は、どう考えたって車窓的なのだ。</p>
<p></p>
<p>というわけで、講義でも「車窓」について話をした。「車窓」はメディア論における定番ともいうべき題材である。「車窓」というものが、たんに即物的な風景の一種なのではなく、ひとつの認識の装置だからだ。今回は、「車窓」における認識のあり方が今日のリアリティのそれとパラレルではないかという話をした。現在の若者のリアリティが正常か否かというような話ではない。そうではなく、そういうタイプのリアリティこそが今日ぼくたちを枠づけているリアリティなのだということである。</p>
<p>もっとも、どんな学生が受講するのかまったくわからなかったので、あまり事前に学生の状態を想定することなく準備した。蓋を開けてみると、受講生の主力は一年生であり、一部に三年生がまじっていたらしい。ぼくの話に、目をぱちくりさせて困惑している子もいて、かわいらしかった。一般に、ぼくがとらえるようなディテールはあくまでディテールであって、それをほかのことに結びつけて小難しく考えたりすることはないだろうし。だが同時に、なんでもないそういうものが、じつはどれほどわたしたちの世界への向きあい方（あるいは向きあうことを回避するその仕方）に関係しているかを考えることもまた重要である。というのも、げんにわたしたち自身がほぼ例学なくそのような社会に生きざるをえないからである。そういうふうにおもってくれたのかどうかはわからないが、反応のよい学生たちもいた。全体としては、せっかくおもしろいものをもっているのだから、もう少し元気があってもいいのにな、という印象である（どこの大学生と接してもそうおもうのだが）。</p>
<p>帰りに乗ったのぞみはN700系だった。往路はがらがらだったが復路はそこそこの乗車率。でも三人掛けのシートをひとりで占有させてもらえるくらいには空いていた。窓際の座席に腰かけて、MacBookAirで原稿を書く。ときおり車窓に目をやり、暮れなずむ東海道の景色をぼんやり眺めながら。</p>
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		<title>すべてがネタになる</title>
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		<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 00:49:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
		<category><![CDATA[ツイッター]]></category>
		<category><![CDATA[ネット民主主義]]></category>
		<category><![CDATA[パソコン文化論]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[事業仕分け]]></category>
		<category><![CDATA[感覚]]></category>
		<category><![CDATA[車窓]]></category>

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		<description><![CDATA[事業仕分けのネット中継が話題である。動画中継も大規模におこなわれるようになったものの、あらためて思ったのは、Twitterが実況にいかに向いているか、である。これでキャノンボールみたいなことをやったら、さぞ面白かろう。  [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>事業仕分けのネット中継が話題である。動画中継も大規模におこなわれるようになったものの、あらためて思ったのは、Twitterが実況にいかに向いているか、である。これでキャノンボールみたいなことをやったら、さぞ面白かろう。</p>
<p>ところで、こうしたネット活用は、しばしばネット民主主義と結びつけられて語られる。もとより「パソコン文化論」は伝統的に、「草の根民主主義」の神話を共有してきた。電子テクノロジーによって実現する、対等な個人による討論の場──いわゆるデジタル公共圏である。「ネット論壇」などという言い方も、このような発想の上に成立している。</p>
<p>たしかに、事業仕分けのネット中継などをみていても、そこにネット民主主義的を夢みたくなるような何かしらの芽が含まれていると、感じられないでもない。そしてそのことを感じとった既存のマスコミはジャーナリズムの既得権益をおかされるように受けとるだろうから、これを叩いたり、あるいは逆にすり寄ったり持ちあげたりもするだろう。だからそれらとは一線を画したところで、ネット民主主義的可能性を批判しつつ擁護することは、おそらく重要なのだ。</p>
<p>しかし、それと同じくらい重要なのは、たとえば事業仕分けネット中継にたいして、ぼくたちが「実際のところ」どんなふうに接していたかをあらためて見つめてみることだ。</p>
<p>なぜぼくたちがあの中継を眺めていたかといえば、ようするに、面白かったからだろう。一部の生真面目な層はともかく、全体としてみれば、事業仕分けは「娯楽」として見られ、語られてきたはずだ。「娯楽」で語弊があるのなら「ネタ」といったほうが適切かもしれない。</p>
<p></p>
<p>ネタとは、ようするに話題のための話題、のことであり、そのことを誰もじぶんの身でひきうける用意のない題材のことをいう。いいかえれば、ネタとは、自己を安全地帯においた者によって語り消費されるがゆえに、遊戯的だといえる。</p>
<p>「ネタ化する社会」こそがネット社会の実相である。現在のネットサービスの大半は、そこでやりとりされる内容ではなく、「やりとり」が継続する過程ないし状態に焦点化しているだろう。したがって、そこでとりあげられる題材はすべてネタなのだし、世界のあらゆる事柄が潜在的にネタになりうる。</p>
<p>だから世界を満たすあらゆる事物と、それを語る「わたし」との距離に遠近はない。それはどれも近くて、どれも遠い。なんであれ眺めることはできるが、どれとも触れあうことはできない。</p>
<p>この距離感を端的にぼくたちに提供するのが「車窓」である。鉄道車両の座席から車窓を眺めるようすと、ディスプレイごしに世界を眺める様相とは、ほぼ相似形なのだ。</p>
<p>拙著『アトラクションの日常』でも述べたように、車窓はたんなる風景ではない。それは、ひとつの認識の枠組みである。車窓において展開するパノラマ的光景は、それを「眺める」こと自体がたのしみの対象だ。パノラマの車窓は、乗物の構造体や、それが高速度で移動することによってもたらされるが、そのさいに「近景」を脱落させて、「眺めるわたし」と「眺められる風景」とに世界を二分する。そのとき「風景」とは、たんなる地形のありようという自然地理的な実在というよりも、「眺めるわたし」をたのしませてくれる（くれなければならない）ネタにほかならない。そして、車窓においては近景という媒介項が抜けているため、「わたし」はけっして「風景」の内部にかかわることはない。「わたし」はパノラマの車窓のすべてを眺めることができるが、そのいずれとも触れあうことはできないのだ。</p>
<p>それは、ほとんどネタ化するネット社会の認識図式そのままである。近景が脱落し、すべてが観照＝眺めることの対象としてしか認められなくなった。その感覚が、いわゆるメディア化した現代の基盤をなしている。</p>
<p>凡庸な社会評論なら、そうした感覚はリアリティの喪失によってもたらされた、と語るだろう。しかし、それは間違いだ。そうした車窓的な感覚こそが今日のリアリティなのだから。</p>
<p>ぼくたちに出発点があるとしたら、そこを措いて他にはない。</p>
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		<title>映画『カールじいさんの空飛ぶ家』</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Dec 2009 03:37:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[日々のエッセイ]]></category>
		<category><![CDATA[映画を観る]]></category>
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		<category><![CDATA[ピクサー]]></category>

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		<description><![CDATA[煎じ詰めれば、冒頭の約10分間がすべて、という作品である。 この短い時間で、主人公カールじいさんの75歳にいたる人生を一気に回顧する。むろん漠然とではなく、本作品の主題に即して。この間の台詞はきわめて限定的であり、原則と [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>煎じ詰めれば、冒頭の約10分間がすべて、という作品である。</p>
<p>この短い時間で、主人公カールじいさんの75歳にいたる人生を一気に回顧する。むろん漠然とではなく、本作品の主題に即して。この間の台詞はきわめて限定的であり、原則としてアニメーションだけで描ききる。その手際のよさだけでも観るに値する作品である。毎回いうのだが、かれらが映画とアニメーションをどれほど勉強しているかを端的に示しているからだ。</p>
<p>けれども、そこに続いて展開される物語の本体のほうには、特段すぐれた点を見出すことはむずかしい。はっきりいえば凡庸の域を出ない。もちろんそこは安心のルクソー印。夢とスリルと冒険の詰まった成長譚として、多少の破綻はみられるものの、いつもながら、ていねいにつくられている。</p>
<p>成長譚として興味深いのは、成長するのがひとりではない点である。それは空飛ぶ家に「味方」としてかかわったすべての関係者がそうであり、当然75歳のカールじいさんも含まれていることである。すでに長い人生経験をもつ人物が成長するという意味では、『クリスマス・キャロル』的だともいえなくもない。いずれにせよ、ここに登場する人物や動物は、何らかの欠落をかかえて社会的に周縁に追いやられたひとびとであって、そうしたところに焦点をあわせる視点が児童文学の常道であることも想起されてよいだろう。ピクサーはその伝統とメソッドをきっちり踏襲している。それが手堅い物語構築をもたらす土台になっている。今回は手堅すぎたというか、もうひとつアイディアが足りなかったようにおもわれる。</p>
<p>とはいえ全体は活劇仕立てとしてしっかりつくられているから、誰でも安心して手に汗にぎって鑑賞していられるだろう。巨大飛行船や、無数の風船をくくりつけて雲間を飛んでゆく家のイメージに、ラピュタやハウルの影を読み込むことも、そうしたければ、いくらでも可能だ。</p>
<p>ぼくが観たのはピクサー初という3Dの字幕版。昔の立体映画やら以前に存在したディズニーランドのアトラクションと同様、受付時にわたされる『サンダーバード』のブレインズみたいなゴツいフレームの専用眼鏡をかけて観る。ぼくのようにふだんから眼鏡をかけている人間にとって、二重に眼鏡をかけなければならないのは、けっこう難儀である。3D代として300円が上乗せ徴収されるが、出費に見あう効果が得られるかどうかは微妙といわねばなるまい。</p>
<p>本編上映前に短編が併映される。いつもながらサイレント仕立ての小品で、物語としてもよくできている。</p>
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		<title>レヴィ＝ストロース死去</title>
		<link>http://swingbooks.jp/2009/11/04/revi-strauss/</link>
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		<pubDate>Wed, 04 Nov 2009 01:44:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Hajime Hasegawa</dc:creator>
				<category><![CDATA[アトラクションの日常]]></category>
		<category><![CDATA[メディア論的に考える]]></category>
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		<category><![CDATA[野生の思考]]></category>

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		<description><![CDATA[今年の物故者はどういうわけか、ぼく自身にとって重要な人物が多い。報道によれば、クロード・レヴィ＝ストロースが亡くなった。今月末には101歳の誕生日を迎えるはずだった。 門外漢ながら人類学には若いころから興味があったので、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><img src="http://swingbooks.jp/blog/images/091104umikara.jpg" alt="091104umikara.jpg" width="450" height="299" /></p>
<p>今年の物故者はどういうわけか、ぼく自身にとって重要な人物が多い。報道によれば、クロード・レヴィ＝ストロースが亡くなった。今月末には101歳の誕生日を迎えるはずだった。</p>
<p>門外漢ながら人類学には若いころから興味があったので、ある時期からレヴィ＝ストロースをこつこつ読みはじめた。すると、それがたとえばマクルーハンなどに大きな影響を与えていることに気づかされることになる。有名な「熱いメディア」と「冷たいメディア」という言明は、『人種と歴史』にとりあげられる「熱い社会」と「冷たい社会」の図式を直接下敷きにしている、などというように。そんなこと、たぶんほとんど誰も指摘してくれてはいない。『野生の思考』や『神話論理』などの業績は、〈アトラクション〉のような技術と身体のポストモダンな関係を考えるうえでも不可欠の考え方を教えてくれているだろう。</p>
<p>レヴィ＝ストロース自身は人類学者とよばれるのを好んだようだが、その業績は明らかに狭義の人類学という一専門にとどめられるべきものでない。構造主義的現代思想の祖というような一般的な言い方も、まだまったく不十分だとおもう。</p>
<p>故人の冥福を祈る。</p>
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