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イーストウッド

映画『樺太1945年夏 氷雪の門』

太平洋戦争の末期、というより、日本のポツダム宣言受諾後も継続した日ソ戦の主戦場のひとつ、樺太のたたかい。8月15日をすぎてもソ連軍は南下をつづけた。樺太南部西海岸にあった真岡では、ソ連艦隊による艦砲射撃がくわえられ、さらにソ連軍が上陸し、町中が混乱に陥った。真岡郵便電信局で電話交換業務をおこなっていた女性(10代から20代)9名は逃げ場をなくし、捕虜となることを怖れ、ついには自決を余儀なくされた。その史実を題材に撮られた作品だ。1974年に完成しながら、当時のソ連の圧力によってお蔵入りになっていたという。

物語は、いってみれば「ひめゆりの塔」の北方版である。

沖縄戦を舞台にした「ひめゆりの塔」の史実は(善し悪しはともかく)戦後民主主義的な「反戦」の象徴としての物語と位置づけられ、くりかえし映画化されてきた。対照的に、おなじくうら若い「乙女」たちが無情にも戦火のなかでみずから命を絶たざるをえなかった真岡郵便電信局事件のほうは、必ずしもひろく知られてはこなかった。それを踏まえたうえで、もうひとつの「ひめゆりの塔」として受容されることを期待したつくりが、本作品には与えられている。

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映画『インビクタス/負けざる者たち』

2月は税金の季節。確定申告の終わった足で映画館へ向かった。2月半ばというのに、なんと年が明けて初めての映画館だ。観たのはクリント・イーストウッド監督の新作『インビクタス』。けっこうお客さんあり。

国民統合のためにスポーツ(このばあいはラグビー)とメディア(おもに新聞とテレビ中継)が最大限に活用される過程が描かれる。メディアイベント論の教科書のような作品である。

一般的な映画通的見方としては、イーストウッドの一連の作品と関連づけ、その政治的主張を深読みするかもしれない。対立、戦争の告発から、自己犠牲、そして異なる文化どうしの和解、そのために寛容な心をもつこと、などというように。スポーツはそのためのメディアである。スポーツは戦争と似ているが、違いもある。どれだけたたかっても、スポーツではふつう死者は出ない。SAAのジャンボ機のエピソードは、むろん9.11を連想させるわけだが、ここでも破滅をちらつかせつつ、そこへは足を踏み入れない分別をみせる。

演出はいつものように淡々とし、地に足ついて手堅い。しかし、一度どん底に落ちたチームに新しいコーチがやってきたあと、かれらがチームを立て直す過程がまったく描かれない。そのためモーガン・フリーマン演じるマンデラ大統領の万能感がやたらに際だってしまう。実際のマンデラは立派なひとなのだろうが、作品としては全体に英雄譚の色彩が濃く、やや白け気味ではある。英雄を演じるフリーマン自身は、もう気合い入りまくり。もともとフリーマンが持ち込んだ企画らしいから、むべなるかな。マット・デイモンも好演。

このお話は15年前に南アフリカでおこなわれたラグビーのワールドカップ大会での実話がベースになっているらしい。いうまでもなく今年はサッカーのワールドカップ・イヤー。同じ南アでひらかれる。当然それを意識した企画であろう。

それにつけても、この邦題はなんとかならないものか。


映画『グラン・トリノ』

クリント・イーストウッド監督・主演。良い作品である。でも、きっと映画狂を自認するひとたちが、過去のイーストウッド作品やら映画史的記憶やらと結びつけていろいろ言いたいだろうし、現に言っているだろうから、その路線でぼくの出る幕などない。

昨今のイーストウッド作品の例に違わず、脚本がいい(ただ二箇所ばかりやや無理な展開がある)。ただ「敵役」もまた「守るべき者」と同じモン族どうしという設定は、見ていてつらいものがある。東南アジアから米国へ移民を余儀なくされたモン族の若者たちがヤンキー(とは米国ではさすがにいわないのだろうが)となり、さらに武装してチンピラ化してしまうのは、必ずしも個人的な資質や努力の問題というだけでなく、社会構造の問題が決定的に大きいだろうからだ。

78歳で主演するイーストウッドは、冒頭から始終唸っている。動作を始めるとき、ひとつ動作を終えるとき、「うう」もしくは「うーん」と唸っているのだ。あるところからこの唸り声が気にならなくなり始める。あるいは、実際にかれは唸らなくなるのかもしれない。そしていちばん最後に、また唸る。その唸り声は、最後に画面を走り抜けるフォード・グラントリノのエンジン音と響きあう。

そのグラントリノは、さまざまな工具類とならんで作中で重要なイコンとなる。1972年のグラントリノ(2ドアのファストバックである)といっているから、発売直後のものだ。ひところのセリカやスカイラインにそっくりなスタイルだが、当時の日本車にとってはお手本だったのだ。

映画に登場する車が、当時のグラントリノ最大のエンジンであるV8のOHCを積んでいたとすれば、排気量7リッター。車重は2t近いから、燃費はせいぜいリッター1-2kmだろう。ビッグ3がどうしようもなく左前になり、環境環境と題目が唱えられる昨今では、もはや「ビンテージ」という括りでしか存在できまい。

けれど、ハイブリッド車ばかりが売れる世の中が、世間がいうほど健全なのかどうか。だってプリウスなんか、ひと言の唸り声もあげないのだから。


映画『硫黄島からの手紙』

2度観たといえば、クリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』もそうだ。

先に公開された『父親たちの星条旗』につづく硫黄島二部作の第2弾。前作『星条旗』では硫黄島の戦闘をアメリカ側から描き、日本兵はほとんど顔すらはっきり映さなかった。逆に本作でイーストウッドは、その「顔の見えなかった」日本兵たちが硫黄島でどのように生き、たたかい、死んでいったのかを描く。

ぼくが観に行ったときは二回とも、観客も多く、年齢層はわりあい高めだった。合州国で早くもいくつかの賞を受賞したというニュースも手伝ってか大ヒットし、ときならぬ栗林忠道ブームが現出しているようだ。ただ、栗林のことや硫黄島の戦闘のありさまについては戦記物以外にも、すでに城山三郎や上坂冬子、最近では梯久美子らの著作群があり、日本では少なからぬひとがある程度のことを知っていたのではなかったか。

本作品の日本での受容のされ方について、12月13日付け朝日新聞紙上の記事は好例だった。立場を異にする三人の識者の談話をならべたこの記事では、「細部に間違いはあるが日本についてよく調べ、見方も公平、日本人が作るべき映画」、「映画でのみ可能な、具体的なイメージで迫る現実感のある戦場の再現がすごい、かつて日本に真の戦争映画があっただろうか」、「9.11以降の米国にとって、世界中で日本だけがわかり合いたい相手」という三つの見解が示されていた。どのコメントもそれぞれの立場を考えるとあまりに典型的というか文字どおり絵に描いたように図式的すぎて、識者たちが本当にこのとおりの内容をしゃべったのかどうか怪しい気もしないではない(この手の「談話」では、結果として、発言者の意図と掲載される談話の意味とが乖離してしまうケースが、ままある)。いずれにせよ本作品にかかわる日本的諸言説は、この三つにもうひとつナショナリズムの文脈のそれをくわえた四典型をそれぞれ極とする空間のなかに位置づけられるといってよいだろう。
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映画『父親たちの星条旗』

クリント・イーストウッド監督の新作『父親たちの星条旗』を観た。

映画館に行くのはしばらくぶりだ。出かけたのは六本木ヒルズのTOHOシネマズ。スクリーン7は以前に、超をつけてもいい愚作『日本沈没』を観たところである。

平日の昼間のせいか、客席に人影はまばら。上映が開始された。少し離れたところに座ったアベックがホットドッグか何かの袋をガサゴソさせていた。ほどなくしてその音がやんだ。スクリーンの映像は圧倒的だった。傑作、と呼べるかどうかはわからないが、圧倒的な作品である。

硫黄島。その名が現在も米海軍の強襲揚陸艦の艦名にもちいられていることからもわかるように、日米双方におびただしい犠牲を強いた、太平洋戦争末期の激戦地である。

その戦闘のさなかに撮影された一枚の写真を軸に、戦場と「銃後」、二つの場を往還しながら、戦争という経験が、いずれにしても精神と人生とを蹂躙し破壊していくさまを抑えたトーンで描く。撮影も美術も視覚効果も音響も音楽も、抑制が効いて、よい。さらにポール・ハギスの脚本がよい。けっこう長い原作(『硫黄島の星条旗』文春文庫)を、ポイントを押さえながら、けっして薄くも浅くも駆け足にもならない。ただし終盤、まとめのようなモノローグは、もう少し削り込んでもよかった。

めずらしくパンフレットを買った。蓮實重彦先生が寄稿されていた。「「有名性」と「無名性」との関係をめぐるまったく新たな形式のフィクション」だという。個人的には、この「フィクション」という確認に注目しておきたい。

本編のエンドタイトルにつづいて、12月に公開予定の姉妹編『硫黄島からの手紙』の予告編が流された。こちらもイーストウッドの監督による。硫黄島のたたかいを日本側の視点から描くという。ところがこの予告編、観てわが目を疑った。『男たちの大和』や『亡国のイージス』や『ローレライ』といった近年の国産「愛国映画」のそれのように見えて仕方がない。当然、視覚効果の話ではなく(比較にならぬ)、演出や脚本の話でもない(比較にならぬ)。たったいま観たばかりの『父親たちの星条旗』のなかで否定されていた「英雄づくり」に加担してしまっているのだ。予告編編集上の問題だとおもいたい。だが、実際に作品を観てみないことにはなんともいえまい。


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