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レヴィ=ストロース

パリ散歩旅(3)──ケ・ブランリーのレヴィ=ストロース

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ぼくたちの子づれ旅には、目的というほどの目的はない。だから「散歩旅」とよんでいるわけだ。今回もそう。《みの》の進学記念というのは名目や口実であって目的ではないのだし。それでも強いていえば、ケ・ブランリー美術館に行ってみることが目的、といえるかもしれない。

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ケ・ブランリーは2006年に開館した人類学の資料を展示するミュージアムである。ジャン・ヌーヴェルの建築やパトリック・ブランの垂直庭園が有名らしいのだが、今回のお目当ては中身。レヴィ=ストロースのコレクションが展示されているというのである。じつは《あ》はレヴィ=ストロースの翻訳書の編集を長く手がけてきた。この機会にぜひじぶんの目で見ておきたいという。

場所はエッフェル塔のほぼすぐ隣。たまたま日曜だったので無料で入場できた。

ルーブルなどとは違い、いちおう順路らしきものが設定してある。オセアニア→アジア→アフリカ→アメリカとまわる。展示方法はよく工夫されている。さまざまな収蔵物が黒を背景にして浮きあがるように展示してあるのだ。ものによっては、ガラスケースの囲いがなく、そのまま剥きだしで展示してあるものもある。

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展示のなかに日本などの文明化した文化が入っていないのは、いわゆる未開の文化を対象としているためだ。未開と文明という区分は、「野生の思考」以前の、人類学としては伝統的な発想といえようが、ポストコロニアルの洗礼を無視できない今日的な観点からの批判も当然ある(たとえばこちら)。そしてその批判は、いうまでもなく妥当である。

だが、いっちゃ悪いが、それは人類学の「原罪」みたいなものであろう。そうした「原罪」を自己批判することは大切だが、でもいくら自己批判したところで人類学が人類学でなくなるわけではないし、そうなってしまっては何もかもが壊れてしまう。それでは身も蓋もない。それに、人類学にかぎらず、どんな学問にだって「原罪」はある。人類学にとって真に重要なのは、その「原罪」をどう引き受けていくかという覚悟を定めることではあるまいか。ぼくは門外漢だが一種のファンであり、そのような立場からそうおもう。

個人的な印象であって明確な根拠はないけれども、ケ・ブランリーにおいては、もろもろの批判はおそらく前提したうえで、わかりやすさを優先したコンセプトを採っているのだろうとおもわれる。むしろ問題にするべきポイントは、その「わかりやすさ」のために、文化人類学的資料を「美術」として(それはいうまでもなく近代西欧的概念である)展示してしまっている図々しさのほうではないだろうか。

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肝心のレヴィ=ストロースのコレクションは、ボロロ族の族長がかぶる帽子というか、羽根飾りのついた装飾だった。詳しくは『悲しき熱帯』を読んでもらいたい(できれば川田順造訳の中公版がよい)。

ケ・ブランリーにかぎらず、パリのミュージアムは全般に日本のそれと異なって、お勉強的なパネルはほとんどなく、最小限の情報が記されているにすぎないのだが、ここではごく簡単な解説とともに小さな文字でレヴィ=ストロース寄贈と付されていた。

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ミュージアムショップで本やDVDを買い込む。ぼくたちのばあい、こういうところが旅先でもっともお金をつかう場所だ。けっこう気前よく買物をする。ミュージアムガイドは英語版もありますけど交換します? とレジのおねえさんが気をまわしてくれた。ありがたく交換してもらう。

外へ出ると、いつのまにか入館待ちの行列が続いていた。また雨が降りはじめていた。パリは寒かった。

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レヴィ=ストロース死去

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今年の物故者はどういうわけか、ぼく自身にとって重要な人物が多い。報道によれば、クロード・レヴィ=ストロースが亡くなった。今月末には101歳の誕生日を迎えるはずだった。

門外漢ながら人類学には若いころから興味があったので、ある時期からレヴィ=ストロースをこつこつ読みはじめた。すると、それがたとえばマクルーハンなどに大きな影響を与えていることに気づかされることになる。有名な「熱いメディア」と「冷たいメディア」という言明は、『人種と歴史』にとりあげられる「熱い社会」と「冷たい社会」の図式を直接下敷きにしている、などというように。そんなこと、たぶんほとんど誰も指摘してくれてはいない。『野生の思考』や『神話論理』などの業績は、〈アトラクション〉のような技術と身体のポストモダンな関係を考えるうえでも不可欠の考え方を教えてくれているだろう。

レヴィ=ストロース自身は人類学者とよばれるのを好んだようだが、その業績は明らかに狭義の人類学という一専門にとどめられるべきものでない。構造主義的現代思想の祖というような一般的な言い方も、まだまったく不十分だとおもう。

故人の冥福を祈る。


「ユリイカ」石井桃子特集ほか

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「ユリイカ」7月号は石井桃子さんの100歳記念特集だ。

石井さんは1907年生まれというから、レヴィ=ストロースより1歳年長ということになる。ふつうにいえば児童文学者という位置づけになるだろう。同号のアンケートに回答したように、ぼくにしてみれば、むしろそうした狭苦しいレッテルを貼る行為がほとんど無意味に感じられるような、その軽々とした身のこなし方に目を惹かれる。日本語による児童文学という領域がまだその形をはっきり定めることができていなかった時期から、翻訳者、編集者、出版者、創作者、実践者と、そのときどきに必要と考える仕事につぎつぎと取り組み、そのいずれにおいても類い稀な成果を残してきた。その積み重ねは確実に、今日の日本語による文学・出版世界の基礎をなしている。まさに100年の森づくり、なのだ。

同じ時期に、2冊の冊子が送られてきた。いずれも一橋大学大学院言語社会研究科の発行した紀要である。ひとつは教員が中心となった通常の紀要『言語社会』であり、もうひとつは『ren』と題されたその別冊で、こちらは院生が中心となって企画・編集したものだという。後者の立ち上げ時に一度よばれて話をしたことがある関係で、短いエッセイを寄稿している。

大学においてこうした試みを実行するのは、さまざまな困難がともなうものだが、かかわる院生の側にモチベーションがあれば、それ以上に多様な学びの機会になりうるはずである。そのためには、教員からの適切なファシリテーションと大学によるサポートが不可欠だ。今後の展開に期待したい。


レヴィ=ストロース『生のものと火を通したもの』──『神話論理』刊行開始

必読の書である。長く未邦訳だったレヴィ=ストロースの大著『神話論理』(原著で4分冊、邦訳では5分冊の予定)の翻訳が、第一巻『生のものと火を通したもの』をもって、みすず書房から刊行されはじめた。同(訳)書の学問的位置づけについては、ほどなくして多くのひとびとが書くことになるだろう。同巻の原著の刊行年は1964年、みすず書房が翻訳権を取得したのが1966年というから、じつに40年がかりで実現に漕ぎ着けた翻訳出版、ということになる。レヴィ=ストロース自身は原著4巻を7年ほどで書き終えており、そのあとに書いた『やきもち焼きの土器つくり』などのほうが先に邦訳されていた。ここまで時間がかかった理由には、途中、『野生の思考』の名訳で知られる大橋保夫先生が亡くなったりしたことと無関係ではなかったかもしれない。

同訳書刊行という事業の重要性は、この浩瀚な書物を日本語で読むことができる点だけにあるのではない。わたしたちが忘れかけていた「出版者」(「社」ではない)の態度のひとつを示してもいる。近年では翻訳権の有効期間は2年間というケースが多く、期限内に刊行できなかったばあいには更新する必要がある。むろん更新せずに翻訳権を返上するという選択肢もある。みすずは途中で翻訳権を返上して刊行をあきらめることなく、そのつど更新料を払いつづけてきたわけだ。これは経営的には苦しい道である。この間、版元の財布からはひたすらお金が出ていくばかりで、一銭も入ってこないからである。短期的な(さらに「中期的な」を加えてもいい)経営収支だけを考えれば翻訳権返上という選択肢があったはずだ。途中で迷いが生じた時期もあったのかもしれないし、たんにたまたまの成り行きだったのかもしれないが、結果的に翻訳権を返上することをしなかった。ただはっきりしているのは、刊行すれば確実に話題になるという「そろばん勘定」だけでは、40年もの時間を持ちこたえることはできないということだ。出版業界でも同訳書の刊行の実現を本気では信じていないひともいたのではなかっただろうか。この40年間に同訳書刊行にかかわったすべての関係者に敬意を表したい。と同時に、以下の続刊の順調な刊行を期待したい。

ひとつだけ私見を申し立てる。邦訳題名については、以前から案内されていた『生のものと火にかけたもの』のほうが適当だろう。ささいな違いとおもう向きもあるかもしれないが、ぼくはそうはおもわない。理由については、同訳書の案内書として同時に刊行された『レヴィ=ストロース『神話論理』の森へ』(みすず書房)所収の渡辺公三氏の文章を参照されたい。


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