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卒業

笑っていいとも、泣いていいとも

小学校の卒業の迫った《なな》たちのクラスで「感謝の会」という催しがあった。「笑っていいとも!! 泣いてもいいとも!!」というキャッチコピーが付いている。ようするに、子どもたちによる演芸会である。保護者あての立派な「招待状」まで届いた。ちょっとのぞきに行くことにした。

会場は小劇場という部屋だ。階段状の桟敷席に座ると、正面に小さな舞台がある。ちゃんと緞帳までそなわっている。

演し物は、歌や手品、「一発芸」と称するテレビの芸人の物まねなど。入れ替わり立ち替わり子どもたちが現れては芸をして引っ込んでゆく。全員が出演するらしいが、なかには3度も登場した子もいた。式次第には各組の演目が註記されていたが、ぜんぶで13組のうち8組までが「お笑い」というのが、いかにも今様である。

《なな》たちも「お笑い」のうちのひとつ。先日YouTubeで《みの》にいくつかコントを見せてもらい、それらを適当に塩梅した、三人組の宝石泥棒のコントを演っていた。おもいのほかタイミングのとり方がよい。勉強そっちのけで、ずいぶん練習したみたいである。

演し物がひととおり終わると、全員で合唱。そのあと、子どもたちがひとりずつ立ちあがって、感謝の言葉を述べた。

ぼくは参加しなかったが、感謝の会に先だって、午前中から「太巻き寿司」づくりをし、お昼には給食と一緒にそれをいただいたのだという。

太巻きは2種類あって、ひとつは椿の花を描いた海苔巻き。

  ▲椿の花を描いた巻き寿司

もうひとつは、卵焼きを軸にして四つ割にした海苔巻きを合体させて、さらに海苔巻きにしたもの。「四海巻き」というのだそうだ。

  ▲こちらが四海巻き

どちらの太巻きも千葉の郷土料理なのだという。かなりのお手間いりである。

《なな》たちのクラスは仲がよく、みんな愉しそうだ。《なな》自身、いつもそう言っている。もちろん勉強も大事にちがいないのだが、小学校時代においていちばん大切なのは、けっきょく、そういう実感をもつことではないかと、あらためて感じさせられた。


明学、卒業式

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一昨日(18日)は明学の卒業式だった。

ぼくのいる芸術学科の芸術メディア系列は開設からちょうど4年がたち、初めての卒業生を送りだした。かれらのために何ができたのかはよくわからない。ただ4年間ぼくなりにみっちり付きあった実感はある。いまメディア系列にはたくさんの学生が来てくれるが、それもこれも、かれらがぼくたちを選び、一緒になってここまで創りあげてきたものが、まがりなりにも少しずつ形になってきたからだろう。

明学の卒業式は学部ごとにチャペルでひらかれる。このチャペルは1898年の建築で、ヴォーリズの設計によるものだ。ふつう一般の教員はいちいち参列しないし、ぼくもこれまでそうしたことはなかったのだが、今回は光栄なことにぼくのゼミ生が総代に選ばれたので、その姿を見てやらねばと隅のほうで臨席した。袴姿のその女子学生は、あとは長耳さえつければ映画『サマーウォーズ』で花札を切るナツキのアバターにそっくり、といった恰好で、ドスドスと壇上にあがって卒業証書をうけとった。

学長のスピーチは、意外に──といっては失礼かもしれないのだけれど、なかなかよかった。明学の創設者ヘボン博士のエピソードを紹介しつつ、目立たず控えめだが芯は強いというのが明学の校風だ、まわりに流されずじぶんの仕事をこつこつと成し遂げよう──小事をもって大事をなせ、というお話。

引きつづいて卒業証書授与式。こちらは学科ごとにひらかれる。卒業生ひとりひとりに証書が手わたされたあと、教員がひとりずつ祝辞を述べる習わしなのだが、なにせ個性派ぞろいなので、マイクをもたせると、これがみな長い。順番を待ちつつ何を話そうかあれこれ考えているうちに、なぜか右足のふくらはぎが思いきり攣ってしまった。少しおさまったかと手で触れたとたん、またびくんと痙攣しで、壇上でひとり脂汗を流していた。あとで同じメディア系列の岡本章先生が「ちょっと診てあげよう」といって、マッサージしてくださった。岡本先生は著名な演劇家であるだけでなく、ヨガでも知られた方なのだ。おかげで、夕方からの謝恩会にも参加できた。

謝恩会の会場は近くのホテルだった。授与式に姿の見えなかったゼミ生が、ドレス姿で走りまわっていた。授与式をさぼってこちらの準備をしていたらしい。一次会も二次会も、ゼミ生たちが企画・準備・運営の中心として、裏方仕事を一手に引き受けていた。そういうことが大事といってきた指導教員としては、たいへんよろこばしい。卒論を選択しなかった学生たちや、映像や美術など他系列の学生たちともひさしぶりに会って話ができた。心のこもった、けれどもまるで湿っぽくない、いい会だった。二次会は五反田(最近の飲み会はここが多い)で、終電間際までつきあって帰った。

たまたまこの日はぼくの誕生日だった。もう誕生祝いというような年齢でもないのだけれど、サプライズで、掛け時計をもらった。ゼミ生がつくっているウェブサイトのロゴ(これもゼミ生がデザインしたもの)そのままの時計である。”HASEGAWA SEMI” という文字は学生たちがひとり一文字ずつ手貼りしてくれたのだそうだ。こんな学生たちに恵まれて、ぼくは幸運だった。

卒業おめでとう。


《みの》の卒業式

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《みの》が中学を卒業した。生後11カ月で保育園にかよいはじめて以来14年。ともかくまあ義務教育終了までたどり着くことができた。ひと区切りである。

卒業式はごくごくオーソドックスなものだったが、なかなか気持ちのこもったよいセレモニーだった。

式の終了後、在校生が二列にならんで見送るなかを、卒業生がぞろぞろとならび歩いて「巣立っ」てゆく。まっ赤になって泣いている子あり、バッグの下に上履きのスニーカーをぶらさげている子あり、照れのあまりやたら早足になる子あり、いつものように近道しようとしてグラウンドを横切って連れもどされる子あり、抱きかかえるようにしてお目当ての卒業生が出てくるのを待つセーラー服の下級生あり。

松田聖子の名曲「制服」の世界そのままで、こういう風習は案外変わらないものなのだと知った。《みの》も、下級生の女の子に制服のボタンをねだられたのだが、「こんど渡すから」といって退散したらしい。いいのか、それで。

かれのかよったのは地元千葉のごくふつうの公立中学だ。のんびりと穏やかで、わりあい仲良くやっていて、愉しそうに3年間を過ごしていた。ぼくの中学時代の経験とはほぼ対極の生活をおくっていたようだ。

ぼくのかよった名古屋市立大森中学校は、いまはどうだか知らないが、当時はなかなかに殺伐としていた。べつに大森中が特殊だったわけではない。「校内暴力」の時代だったし、名古屋の公立はそれを管理教育で抑えつける方針を採っていたようだから、たいていの中学が、多少の程度の差はあれ、そんな感じだったのではないだろうか。卒業式もまことに形式的なもので、ほぼ記憶にない。

あれから29年たち、中学をとりまく様相はさらに様変わりした。あの公立王国の名古屋ですら、いまや早くから私立に行かせたがる風潮がないではないと聞く。いわんや首都圏においておや。

なかには「地元の公教育の充実を」と主張する教育学者が自分の子どもを高額の学費のかかる学校にかよわせている例を見たりもした。その家なりの事情があるのかもしれないと留保はしつつも、やっぱり学者としてどうよ? と文句のひとつも言いたくなる。

むろん私立にもいい学校は多い。だが公立はどこもダメで私立はどこもオッケーというほど単純なはずはない。中学受験は子どもの年齢を考えればそれ自体が目的化しがちではないかとおもう。

《みの》の進学時にも知り合いから「中学受験は?」と何度も訊かれたが、ぼくたちはその選択肢をとくに優先させなかった。ぼく自身が名古屋で経験したかつての公教育システムが妥当だとは今でもまったくおもえないが、それでもできるかぎり地域の公教育を信頼するべきであり、まず公立の義務教育をきちんと充実させるのが基本だとおもうからだ。そして《みの》自身、地元の中学に進むのを当然と考えていた。迷う余地はなかった。

地域によっては状況の厳しさはいろいろだろう。少なくともぼくたちの住むこの街の中学は、十分ちゃんとした学校だった。今日の卒業式が、そのことをはっきり物語っていた。おかげで《みの》は充実した3年間を経験することができた。

卒業おめでとう。


軍艦島

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ゼミ合宿で長崎に行ってきた。目的のひとつは軍艦島見学である。着いた日は雨だったが、さいわい天候がもちなおし、翌日ぶじに船が出て上陸することができた。

着いておどろいたのが釣り人である。堤防の上に数名が陣どっている。なかには、いつ崩れてもおかしくないような古いクレーンの台座の上で竿を投げているひともいる。喩えは大げさだが、決死の思いで敵前上陸作戦を敢行したところ、すでにテレビクルーが待ち構えていてそのようすを中継していました──みたいな、おもわぬメタレベルに遭遇してしまった脱力感である。

軍艦島は長崎市が管理していて、見学用に新たに桟橋をつくり見学路も設置してある。見学者は施設利用料300円を支払うしくみだ。ところが釣り人たちは、これとは無関係に渡船でやってくるのだという。不法にあたるのかどうかはわからないが、軍艦島見学を推進するひとたちからみれば、施設利用料も支払わずその恩恵だけ享受するフリーライダーのように見えるらしい。

両者のあいだには一種の緊張関係がある。釣り人は、ぼくたち見学者の一団(50名ほどいた)がまるで視界に入らず存在すらしないかのようにふるまっており、案内のひとたちもまた同様だった。

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軍艦島自体については、いずれ別にまとめて「さんぽのしっぽ」のほうにでもあげておくつもり。


卒業式

昨日は卒業式だった。ぽかぽか陽気につつまれた穏やかな一日だった。

今年の卒業生の多くは、ぼくが明学にやってきたときにちょうど2年生になった学年だ。カリキュラムの都合上かれらは芸術メディア系列の選択ができないので、卒論指導を直接担当したわけではない。だが授業はよくとっていて、ずいぶん飲みもした。こういってはなんだが、いろんなことを教えてもらった。

午後、芸術学科の卒業証書授与式のあと、いったん品川にでて映画を観、その後ふたたび白金に戻って謝恩会。音楽系列の子たちのバンドが登場した。なぜか「セプテンバー」を演奏し、まさにAW&F世代であるS先生が、やっぱり最後はみんなでダンスよっ、などといいながら踊っていた。


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