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夏休み

夏土産

秋学期が始まった。

初ゼミでは、ゼミ生たちひとりひとりが、夏休みをどう過ごしていたかを話してくれた。

バイクで日本一周の旅に出た者あり(達成できたのは2/3周)、クラブをめぐって欧米を駆け抜けてきた者あり、『セーラームーン』を全話観た者あり、ベランダ園芸にめざめた者あり、秋のフランス公演に出かけるために日舞の練習に精をだす者あり、──といった調子で、各人各様。聞いているだけでも、おもしろかった。

何人かがお土産をもってきてくれたので、その集合写真を撮った。

撮影したカメラはLX5。撮像素子にゴミが混入したらしかったのは前に書いたとおり。帰ってから秋葉原のヨドバシカメラに持ち込んだ。その場で分解清掃してくれ、即日完治した。


ひぐらし

いつのまにか日の暮れが早くなった。夏至のころは午後7時をすぎてもなお明るかった。ところが昨夕、窓外の暗さに気づいて時計をみると、午後7時5分だった。

子どものころから、お盆の時期は夏休みも佳境というイメージがあった。日が暮れるまで遊んでいるのだが、なかなか日が暮れず、いつまでも外で遊んでいられた。そんな記憶がある。

だが、落ち着いて考えてみると、夏至からすでにひと月半がたっているのだ。日が短くなってあたりまえだ。だとすると、ぼくのなかにある夏休みのイメージは、どこで得られたのか。子どものころは日の長さや時刻のことなど、さほど気にせずに暮らしていたのだろうか。あるいは、ぼくの記憶が相当に変形させられたものなのだろうか。

この時期、ヒグラシの鳴き声を耳にする。図鑑などには「カナカナカナ」と鳴くと書いてあるが、ぼくの耳には「ヒョヒョヒョヒョヒョォ」と聞こえる。この鳴き声が、子どものころから苦手だった。もの悲しいというより、怖いのだ。なんだか亡霊でもでてきそうな気がする。あれがセミの仲間だとは、どうしても信じられない。

先日も夕方ちかくに近所の森の横をとおった。「ヒョヒョヒョヒョヒョォ」と聞こえてきた。やっぱり怖かった。


いつ休むんですか

今年も集中講義が終わった。「講義」と名前はついているが実質はワークショップだ。土日をはさんだ五日間でひとつのテーマについて討論し、演劇とデジタル表現を組みあわせたパフォーマンスに表現して発表するというもの(2008年度の記録2009年度の記録)。今年のテーマは「なぜ学ぶのか」。最終日の発表を終えたあとは、受講した三年生とサポートした四年生で五反田へ出て打ち上げ大会となった。卒業生もあらわれて、たのしい時間となった。

さて、これでようやく夏休みである。「休み」という名前ではあるが、世間でいう「休暇」とはちがう。まとまって時間がとれるほぼ唯一の期間であり、それは執筆にあてられることになる。すでにこの夏に書くべきものは予定されている。

学生たちはそのあたりの事情をうすうす察知しているのか、よく「いつ休むんですか」と訊かれる。どう答えればいいのやら。

たしかに、夏期休業中も、ふだんの授業期間中も、ふつうの意味でいう「休み」はない。だからといって、のべつまくなし仕事に追いまくられているワーカホリックをイメージされると、それもちょっとちがう。けっきょく、ものを考えるのも、あれこれ資料を探して調べるのも、文章を書くのも、学生とえんえんと話をしているのも、どれもそれぞれ異なる意味で「愉しい」のだ。だから強いていうのなら、「いつ休むんですか」というような問いが成立しにくいようなところで暮らしているということになるのかもしれない。

ただし「愉しい」といっても、単純に面白おかしいのとはちがう。局面だけみればしんどいことの連続である。たとえば、書くことは好きだが、同時にそれはこれ以上なく辛い作業でもある。天才的な批評家はいざしらず、ぼくのような人間のばあい、執筆とは思考を写しとるような作業なのではなく、かなりの精度と密度で思考してゆくことだからだ。それは誰にとっても、楽な仕事ではないだろう。だからついつい、書きはじめるのを先延ばしがちなのだ。

そういうとき、こうやってブログの原稿を書いたりする。これを助走路にして本来書くべき原稿にとりかかれればうれしいわけだが、ブログをアップしたところでくたびれて終わりということも、しばしばある。そうしてじぶんの駄目さ加減を目の当たりにして、ますます落ち込むのである。


夏休みは休みではない

前期の授業が終わった。といっても、なんだかんだと業務が残っており、完全に解放されるのはお盆直前である。まだまだ先は長い。

先日、小学校の青パトのボランティアをしていたら、同乗者の方がこんなことをいう。「大学の先生は夏休みが長くていいですね、二カ月も三カ月もあると聞きましたよ」。もちろんそのひとにまったく悪気はない。ただ通有されている通念を述べただけだろう。逆にいえば、世間ではなんとなくそう考えているひとが少なくないということだ。

しかしこの通念は、少なくともぼくの知るかぎり、二つの点において現実と齟齬をきたしているといわねばならない。

第一に、大学教員の夏休みは、ここ数年、着々と短縮されている。オープンキャンパスやらなにやらの行事が増えたこともあるが、直接の要因は、授業期間が伸びているためである。セメスター制の半期で15週(回)という授業回数は、従来あくまで目安にすぎないはずだった。ところが、ここ数年それが絶対的な縛りと化しつつある。

さる筋の話によれば、それは文科省の意向なのだという。15回分の授業内容と目標を事前に示したうえで、そのプログラムをきっちり実行せよというのだ。事前に設計したプログラムをそのとおり実行すれば、つねに期待どおりの成果が得られるという考えは、工場生産における品質管理の発想そのものであり、まさに〈アトラクション〉である。もし本当に文科省がそう考えているのだとすれば、高等教育を製品生産の比喩でとらえることの妥当性の欠如が指摘されなくてはならないだろう。

第二に、大学教員にとって、夏休みというのは、バカンスという意味でのいわゆる休暇ではない。それは研究や調査や執筆のためにあてられるべき、まとまった時間である。

そもそも研究者は一般に、趣味と仕事、あるいはオンとオフなどというような、よく目にする二分法が適用しにくい生活スタイルをもっている。平日・週末問わず、仕事から完全に離れてまったり休暇をたのしむことなどない。しかし授業期間中では、授業の準備や厖大な学務の処理に追われ、もっとも重要であるはずの研究に割ける時間はひじょうに限定される。まとまってものを考えるためにはまとまった時間が必要であり、それが夏休みが貴重であるゆえんである。

だから、目先の形式をそれらしく整えるために、むやみに授業回数を増やして期間を延長したり、なんだかんだとイベントにかりだしたりして夏休みを削減することは、具体的には研究者から研究の時間を奪うことを意味している。それはただちに教育の質的低下をまねくだろう。つまり、ここでもまた、大学がみずからじぶんの首を絞めている、ということだ。

たくさん授業すりゃいいというものではないのだ。

ぼくのばあい、この夏に手にできるじぶんの時間は、実質一カ月足らず。それでもとにかく、ようやくまとまってものを考えることができる。この夏をかけて取り組むべきぼくの課題に、これから向きあうことになる。


夏休み自由研究

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夏休みといえば自由研究である。

今年、長男は早くから、太陽について調べることに決めた。図鑑を見て、面白そうなところを抜き書きしはじめた。8月に入り、お盆休みを過ぎても、まだ抜き書きがつづいている。どうやら、社会科の調べ学習と同じようなつもりらしい。見かねたカミさんが、「調べるのもいいけど、なにか実験とか観察もしたら? 理科なんだから」と物言いをつけた。

すると長男は、プロミネンスや黒点を観察したいといいだした。器具もないし、残念だがちょっとむずかしいのではないか。それじゃあというので、かれが出したアイディアが、ベランダに棒を立てて、毎日正午にその影の位置を調べる、というもの。たしかに、40日間の夏休みのあいだじゅうそれをつづければ、太陽の軌道の変化がわかって、自由研究として悪くないかもしれない。しかし、すでにお盆も過ぎて、残された夏休みはあと10日だけだ。いや10日間だけ観測してもいいのだが、かれには毎日部活がある。正午に自宅にいる日はほとんどない。どうやって観測するつもりなのだ?

けっきょく一日だけ集中して観測しようということになった。方眼紙を貼りあわせた台紙の上にちびた鉛筆を立てて観測装置をつくる。それをデッキにもちだし、日の出から日没まで、一時間おきに影の位置と長さを記録するのである。灼熱の残暑つづきだから、明日も晴れそうだ。

翌朝。現在の日の出は午前5時すぎ。長男は4時45分に起きて、ロフトからデッキにあがった。日の出の時刻、東の空が明るくなり、日が昇る。だが隣家の屋根の影になって、かれの観測装置には影ができない。なかなかできない。眠くてぼんやりし、デッキから転げ落ちそうになる。

そのうち雲が出てきた。ようやく雲が切れ、初めて影が観測できたのは、6時15分だった。そのときは、方眼紙の台紙をはるかにはみ出すほど長い影ができていた。ところが、7時に観測すると、影はうんと短くなっていた。

それからかれは、毎正時になるとせっせとデッキに出て観測をつづけた。午後5時の観測を済ませたあと、西の空に巨大な雲がせり出し、太陽を隠した。日はだいぶ傾き、雲は大きく厚かった。日没まであと1時間半を残すだけだった。だが観測はここで断念せざるをえなかった。

デッキから降りてきた長男は、やれやれといったようすで、当たり前のように言った。「こんど部活の休みの日にもう一日観測する」。その日が晴れてくれるといいのだが。


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