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山登り

羊蹄山に登る(下)

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お鉢をめぐるには左右どちらから攻めてもよいが、真狩口からなら山頂までは反時計回りが距離のうえでは近い。それに、見たところ山頂付近(東側)は岩場だが、西側はなだらかだ。ならば余力のあるうちに岩場を越えておきたい。

ストックをたたみ、岩場にとりかかる。ところがこの岩場が難物だった。ルートは白いペンキでところどころ示されているが、それでもわかりにくい。大きな岩を乗り越えてゆくと、その先がスパッと切れ落ちていたりする。岩場は巨大な岩が複雑に組みあわさっており、足の置き場もない。うっかりしたら数百メートルも一気に滑落しそうだ。今日は晴天でほぼ無風だからまだしも、雨や風があればひじょうにむずかしい箇所であろう。すでにもう十二分に足腰ヘロヘロ状態なのも追い打ちをかける。おまけに、トキナーの広角ズームレンズ(AT-X124DXII)を買ってうれしかった勢いで、ついついD300を首からぶらさげてきてしまった。これが重くて邪魔で、乏しい体力をなお奪う。

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標準タイム30分とあるところを40分くらいかけて山頂に到着(1025)。記念写真を撮り、しばし休憩。札幌方面の山々が見える。詳しくは知らないが、遠くに見えているのは、おそらく芦別あたりの山ではないか。《あ》に登頂記念のメールを送ろうとiPhoneをとりだすが、あいにくソフトバンクは圏外。隣に坐ったひとのドコモは圏内だそうなのに。しっかり頼みますよ、孫さん。

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山頂のすぐ北側に一等三角点が設置されている。その先は徐々になだらかとなる。小ピークごとにケルンが積んである。比羅夫側のピークには三等三角点も設置され、その陰にシマリスが身を隠していた。本人としては隠れたつもりなのだろうが、大きなしっぽが丸見えだ。九合目から上では、何度もシマリスが登山道を横切る姿を見かけた。

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ゆっくりとお鉢めぐりをしてまわり、旧小屋跡に到着。ここで昼食。昨夕コンビニで買ったパンをかじる。《くんくん》くらいの女の子二人を含む家族連れがカップ麺をすすっている。かれらはまだまだ余力十分といったようすだ。はりきって先に下山していった。

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ぼくはといえば、天候と展望のすばらしさに、なかなか下山する気になれない。双眼鏡をとりだす。ニセコは目の前だ。アンヌプリの背後には岩内が見え、さらに泊原発、積丹半島の海岸線がきれいに見わたせる。その向こうは日本海だ。長万部から黒松内へ抜ける回廊の上にはわずかに雲が出ており、その上には大平山と狩場山の島牧の山々がどっしりとした山容で鎮座している。左手には遊楽部、さらにその左遠くには大千軒、もっと左にパンすれば駒ヶ岳に噴火湾、そして洞爺湖。けっきょく一時間もここに坐って、目の前にひろがる道南の地形のパノラマをながめていた。

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1230下山開始。往路はひたすら上りだったから、今度はひたすら下りである。下っても下っても、なお下る。上りも苛酷だったが、下りも厳しい。膝に痛みが走り、足の踏んばりが効かない。よくまあこんな道を上ってきたものだと呆れたような気持ちになる。ぼくがのろのろ下山していると、あとからきたダブルストックの札幌の女の子に追いつかれ、さらに山頂と旧小屋で少し言葉をかわした大阪の男の子にも追いつかれた。三人で即席パーティを組んで下りる。ふたりともぼくよりはるかに若くしっかりしているので、かれらにはさんでもらっって歩く。むしろかれらに助けてもらってなんとか下りられた、といったほうがいいかもしれない。ふたりとも、本当にありがとう。そういえば、今回の登山でおどろいたのが、登山者に若者の占める割合が大きかったことだ。つい数年前とはえらい様変わりである。

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1545登山口にぶじ帰着した。

ふりかえると羊蹄は夕日に身を染めていた。終日雲ひとつなく、おそらく一年間のうちでこんなに天候に恵まれる機会はそうないだろう。しかし、きつかった。登山者用駐車場で札幌へ帰る女の子を見送り、自前の交通手段をもたない大阪の男の子(朝は同宿のお客さんの車に便乗して来たらしい)をつれてまっかり温泉へゆく。風呂上がりに休憩室へいくと、「今日は足裏マッサージの日です」と貼り紙が出ていたので、迷わずお願いした。

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いよいよ日は暮れかかり、羊蹄の山頂にもとうとう雲がかかりはじめた。大阪の男の子をニセコの宿に送り届けたあと、80km近く離れた島牧へ向けてランクルを走らせた。

羊蹄山に登る(上)を読む


羊蹄山に登る(上)

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話は前後するが、9月23日に羊蹄山(1893m)に登った。北海道へ来てその美しい山容をながめるたびに、いつか登ってみたいとおもいつづけてきた山である。ルートは4本あり、そのうちもっとも整備されているという真狩ルートを選んだ。

函館と札幌の集中講義の終わったら、すぐにでも登りに行きたいのはやまやまなのだが、予報によれば当初予定してた22日は天気がよろしくないらしい。天気待ちのため、まずは島牧へ移動。ガンゼさんのところで一泊したのち、午後、岩内からパノラマラインを越えてニセコに入った。登山口である真狩の羊蹄山自然公園を下見し、近くのまっかり温泉に行く。雨上がりの野に虹がたちあがっていた。羊蹄の姿が正面に見える。その日は羊蹄山自然公園内にある登山者用駐車場にランクルを駐めて車中泊。夜中にお手洗いに出ると、頭上に満天の星が輝いていた。

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0505目が覚める。シュラフが温かくて心地よいため、つい寝過ごしてしまった。身支度を調え、駐車場にある入山届に記入して、0540出発。家族づれでにぎわう感じのいいオートキャンプ場を抜けると登山口である。初めのうちは樹林帯のなかを歩く。ひさしぶりの山登りであり、単独峰である羊蹄は上りがきびしいと聞いていたので、ストックを一本もってきた。

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「秋晴れ」という言葉をそのまま具現したかのようなすばらしい好天である。

三合目をすぎると樹林のあいだから少し展望が効くようになる。低いところには霧がでており、それに隠されて街はまったく見えない。道はひたすら上り、ぐいぐい高度をかせいでゆく。

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一合ごとに標識がつけられている。最初は15分から20分で次の標識に到達していたが、その時間は徐々に延びてゆく。五合目にさしかかるころには、早くも脚が重くなる。

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このあたりから疎林となり、眼下に真狩の街、その背後に昆布岳、さらにその向こうには洞爺湖が光っており、きれいな弓なりになった噴火湾の海岸線が延びていて、その先に浮かぶ駒ヶ岳まで見渡すことができる。少し歩いては景色に目をやり、気を紛らわせる。六合目のあたりで少し楽になるが、その先はまたきつく、苦しい。八合目をすぎるとガレ場のトラバース。けっこう崩れているが、上りでないので身体は楽だ。しかしその先はまた上り。ハイマツ帯に埋もれるようにして九合目の標識がある。ここは避難小屋への分岐でもある。

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その先に小ピークがあり、目の前に尾根がそびえている。登山道は、しかし尾根ぞいではなく、左に入ったところを登ってゆく。日影になったところには大きな霜柱がたっている。

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ここまでくると、脚が重く痛くて、ほとんど前へ出せなくなった。数歩あるいては一服する。前を見ると、急角度の上り道がまだ延々と続いている。しかしその先で荷をおろしているらしき人影も見える。もう一息と言い聞かせて、飴を一粒口に入れる。糖分補給の効果絶大、脚が動きはじめる。ゆっくりゆっくりと登る。

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0935、ようやくお鉢(火口)のへりに到達した。登山口からちょうど4時間だ。ここで小休止。少し休むと、びっしょりかいた汗がたちまち冷える。フリースを羽織っており、歩いている最中はたしかに暑いのだが、この日はけっきょく一日手放せなかった。

羊蹄山に登る(下)に続く


映画『劔岳 点の記』

労作である。

撮影監督木村大作はじめての本編監督作品。映画作品としては、うまいとはいいにくい。演出はぎこちない。脚本は、寡黙であったり、妙に説明的であったりと、局面ごとにモザイク状だ。クライマックスは拍子抜けするほどあっけない。ラストは原作からかなり単純な方向で改変され、えらく凡庸でステレオタイプな終わり方をむかえる(この点は後述する)。全体に渋く抑え気味の役者陣にあって、宮崎あおいのでてくるシークエンスだけが異様である。

画面はさすがにうつくしい。しかし、たとえばロングでさらに引きながら上にティルトアップして遠方の山々まで映し込むというショットが複数回みうけられることでわかるように、局所において顕在する細かいこだわりが、全体としてみるときにバランスを逸しがちで危なっかしく映る。

けれども、それでもこの作品にはある独特の存在感がある。それは気概や迫力によってもたらされるものだと考えることができる。それらはどこから来たのかといえば、おそらくは原作と山ないし登山にたいする敬意であろう。

作品前半で感じられるぎこちなさは、後半の、劔岳周辺をえんえんと調査してまわる場面から徐々に薄れてゆく。そこには、何か特別な世界にたいし、拒絶されることをくりかえしながらも、少しずつうけいれられてゆくようすが淡々と描かれている。失敗もあれば、競争もある。齟齬や軋轢、誤解もあれば、不当な仕打ちをうけることもある。それでも黙々と山を歩き、資材を運び、みずからのしなければならないことに取り組む。その人間の営為が、かれらを包みこむ山々の圧倒的な存在感と重ねあわされてゆく。

そうした印象をいだくのには、ぼくも山登りをする者の端くれであることが少しは関係しているのかもしれない。たとえそうだとしても、それはこの作品の価値を損なうものではないだろう。

精確で精密な地図を作成することは、国民国家の成立と運営に必要不可欠である。陸地測量部の測量官たちひとりひとりは、当然のことながら必ずしもそのことについて自覚的だったわけではなく、陸軍や国家の思惑と、自己研鑽や自身の栄達といった個人としての欲望とのはざまであがきながら、測量術という技術に奉じるテクノクラートとして、地図作成を自己の使命に位置づけて、困難のオンパレードである職務に精魂を傾けただろう。

しかし、そうしたいかにも明治人的なジレンマを、この作品では最終的に「仲間」という言葉に象徴される水準で解消しようとする。それは一種の思考停止であり、非政治的であるからこそ政治的であるような、そういう種類の回収の仕方である。本作品最大の瑕疵はここにある。

トムラウシにて大量遭難事故発生の報に接する日に。


西伊豆・雲見の旅(2/4)

烏帽子山は雲見の象徴のような山らしい。海中から突如として巨岩がせり上がったような釣り鐘型の山容だ。標高163m。遠く堂ヶ島あたりからもよく目につく。

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国道脇の鳥居から、延々と続く石段を踏みしめて登る。石段が尽きると、こんどは山道だ。《くんくん》が先頭にたって歩く。鳥居から20分ほどで、白っぽい巨岩の下に貼りつくようにして建てられた社に到達する。ここが山頂だ。

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社の向こうに尖った岩が屹立していて、そこに潜水艦の司令塔にかけられたラッタルのような階段が据えつけられている。手すりはすでに朽ちてなく、支柱だけが錆びて立っている。

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よじ登ると、そこはまさに岩の先端だ。360度の文字どおりのパノラマ。千貫門という岩山や川沿いの集落など、雲見周辺の地形が、まるでジオラマのように眺望できる。

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松崎や堂ヶ島のようすもくっきり。駿河湾の彼方には、富士の白い山容が青空に浮かぶようにして見える。

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冬場は西風が強いにちがいない。この日はさいわい風もなく、穏やかな陽射しに照らされていた。


大平山

函館滞在中に福田総理の辞任会見があった。テレビのニュースを見ながら、ちょうど一年前も同じ部屋で同じような光景をテレビで見たのを思いだした。こうなるともはや年中行事である。やれやれ。

さて、今年も島牧へ行った。かつてのように一週間滞在するなど望むべくもない。わずか二泊だけ。その中日に、大平山へ登った。

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大平山は、狩場山とならんで島牧を代表する山だ。まわりが第四紀という地質時代に形成されたのにたいして、ここだけはそれより古い第三紀にできた。そのため動植物に固有種が多いことで知られている。それゆえ近年は盗掘被害がはなはだしい。島牧ユースのガンゼさんは盗掘防止を訴え、専門家と一緒にしばしばパトロール登山におこなっている。

稀少生物の棲むこの山は、同時に登るには険しい山でもある。ルートはほとんど直登。石灰岩質で滑りやすく、藪漕ぎもある。標準タイムは往復とも4時間ずつとされているが、条件によってはそれも厳しい。

ぼくは20年以上前に一度だけ登ったことがある。盛夏だったことも手伝って著しくバテて消耗し、三角点まで行けずに途中で敗退した。あまりにしんどかったそのときの記憶のため、以来いままで再登を試みようとおもわなかった。

今回もまた家族と合流した。小学一年の《くんくん》がついてくる。再挑戦として三角点をめざすのなど無謀だ。ガンゼさんは、第二ピーク(1109m)まで行ければ成功だよという。その手前の岩場がお花畑で、貴重な固有種が見られるからだ。そこまで達せられれば御の字、とにかく行けるところまで行ったらいさぎよく引きかえそうと決めて出発した。
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会津蒲生岳

会津最奥部、只見町に出かけた。

那須をとおりすぎる。連休中のこととて、落としたアイスクリームに群がるような自家用車で千本松牧場あたりが混雑していることは予想どおりだ。意外だったのは、それにまじって多数の軽排気量改造バイクの集団も見かけたことだった。集団暴走行為系ヤンキーな若人たちも、行くところに行けば健在なのだ。勉強になりました。うら寂しい塩原温泉を抜け、会津田島をすぎるころには、クルマの数はだいぶ減る。那須から100km走ると、只見町だ。

只見は晴れて、ぽかぽかといい陽気だった。桜とカタクリが咲き、木々が芽吹きはじめたばかり。ちょうどひと月前の千葉と同じようすである。

一泊した翌朝も晴れ。近くにある蒲生岳に登ることにする。はっきり計画をたてて来たわけではなかったのだが、こういうこともあろうかと、ランクルの荷室に登山靴を積んできた。ドライブと観光スポット見物と食べ歩きというスタイルは、どうも体質にあわないみたいだ。

蒲生岳は標高882m。低山である。慣れた大人なら片道1時間強で登頂できる。だが数字上の印象とは相違して、実際に登ってみるとなかなか変化に富み、たのしい山歩きができる。なにしろこの蒲生岳は独特の山容を誇る。ちょうど典型的な「お山の絵」のそれのように、きれいな三角錐の格好をしているのだ。地元の説明によれば、登山家田部井淳子氏が「東北のマッターホルン」とよんだというが、それはまァともかく、JR只見線蒲生駅からのメインルートは、それを山頂めざしてほぼ一直線に直登するのである。

登山口であるカタクリ公園──カタクリの群落は見頃をすこし過ぎていた──から山頂まで1100m。登山道はよく整備されている。岩場には階段状にステップが切ってあり、急な箇所にはロープがたらしてある。夫婦松をすぎると樹林帯を抜ける。穏やかな天候に恵まれ、すばらしい展望がひらける。只見の町、水を張った田、只見川とそれに絡みつくように走る只見線、少し先には田子倉湖や只見ダム、残雪の浅草岳。登山道の脇には、木々の芽吹きにまじって木蓮が白い花を咲かせ、足許にはカタクリやイワウチワが風に揺れる。

山頂まであと300mという札に出会うあたりから、登山はいよいよ山場にさしかかる。数カ所、切り立った岩盤をトラバースしなくてはならないのだ。といっても、基本的な技術をもった大人がきちんと歩くのであれば、大きな問題はない。ただこちらは、5歳の《くんくん》を連れている。下で《くんくん》を確保しつつ、鎖場のロープにとりつかせる。三点確保の要領を教えながら、少しずつトラバースし、「難所」をクリアしていく。こうして山頂まで2時間10分かけて到達した。ちなみに標準タイムは登りも下りも90分、往復で180分とされている。

下山時、小学生くらいの女の子をザイルにつないで登っていた夫婦とすれ違ったが、あれくらいの装備をしておくのが本当かもしれない。もっとも民宿の奥さんの話によれば、この蒲生岳、只見の子どもは小学5-6年生になると小学校から登りに行くのだそうだ。だからこの町で成長したほぼすべてのひとは、この山に一度は登る。蒲生岳とは、そういう山なのだ。そのよく手入れされた登山道のようすを見るにつけ、この山が只見のひとびとにどのように愛されているかがよくわかる。

ふたたび2時間かけて下山したのち、只見の町中にある温泉保養センターに行った。湯につかって出てくると、ロビーにいたエプロン姿の中年男性に声をかけられた。こごみのゆでたのを試食してゆけというのだ。聞けば男性はこのセンターの支配人で、蒲生岳の登山の指導員でもあるという。ぼくたちが登ったのは久保登山道コースなのだが、昨年かれらは何度も山にかよって、ブナ林をとおる新コースを開設したのだそうだ。

この支配人氏はなかなかおもしろい人物だった。只見の町や自然をしはじめると止まらない。で、話をしているうちに、かれがそのロビーにおける本務であるところの土産物販売に結びついていく。パンとかお菓子とか山菜などを、いろいろと紹介してくれるのだ。ただし誤解してはならないのは、支配人氏がけっしてこれをたんに物品販売だけを目的とした営業トークとして行っているのではないことだ。むろんそれが職務である以上必要なことではあるのかもしれないが、かれを動かしているのは、そういうものではないのだ。かれは心底この地を愛しており、観光で訪れたひとびとに少しでも只見のすばらしさを知ってもらいたいのである。

その支配人氏から買ったこごみ──山ほどおまけしてもらった──をかかえて、冬季閉鎖が解除されたばかりのR252号線六十里越えをとおって、新潟県小出にで、関越自動車道にのった。上信越道との合流地点から嵐山あたりまで1時間20分ほど渋滞にもまれたのち、帰着した。この間5歳児《くんくん》はずっと助手席にあり、途中20分ばかり昼寝をした以外は、ランクルにとりつけられた安全バーをしっかと握って、これを舵のようにして「運転」しているらしかった。


狩場山(北海道)に登る

狩場山に登った。標高1519.9m。北海道渡島半島最高峰なのだそうだ。初めてこの山に登ったのは19年前。以来3, 4回登っているが、最後に登ってから十年以上経つ。そのうち子どもたちと一緒に登りたいとおもっていた。昨年いどむつもりだったが、雨だった。諦めて、賀老の滝を見に行き、帰り道、子どもたちはミヤマクワガタを見つけた。今年は台風13号の九州地方上陸と重なったものの、北海道はさいわい天気に恵まれた。
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