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島牧

風力発電機

島牧の庭に、風力発電機が据えつけられていた。北海道には巨大な風力発電機をよく見かけるし、このあたりでも月越や寿都に何本もたっている。海からも山からも風のよく吹くところだから、適地なのかもしれない。

島牧のそれはネット・オークションで手に入れた台湾製の家庭用。3.11以後、けっこう出品されているのだそうだ。これで最大600wの発電能力があり、バッテリに蓄電しておけば、一部屋ぶんの電気がだいたいまかなえるという。

気になるのは騒音である。じつはぼくも数年前に家庭用風力発電機について調べてみたことがある。ロフトのデッキあたりに据えつけられないかと考えたのだ。

風だのみゆえに発電量は安定せず、発電しても微々たるものというのは、まあ想定内。それで元をとろうという発想は、もともとなかったことだしね。それよりも、プロペラの回転音が思いのほか大きく、住宅地には不向きだという指摘が少なくなかった。

島牧にいるあいだ、注意して発電機を観察してみた。それなりに風が吹き、それなりに回転しているときには、やや低いファンファンファンという音は発生する。気になる、というほどでもなさそうだったが、そこは環境や個人差もあるだろう。感心したのは、わずかな風でもちゃんと回転することだった。

帰ってからぼくもネットで調べてみた。オークションで見かけるものの大半は並行輸入品。正規輸入品とはびっくりするくらい価格差がある。どっちが適価かはわからない。


島牧でつららを見る

北海道の島牧に行ってきた。島牧で年越しするのは十数年ぶりだ。

往路は吹雪いたものの、大晦日の午後には風は収まり、気温もあがってきた。

俊輔くんに案内してもらい、北国潤につららを見に行った。

そこには廃道になった古い素掘りのトンネルがある。入口のところへ来ると、上から大きなつららが垂れ下がっていた。一週間でこのくらいに成長するのだという。思った以上に頑丈で、子どもたちがつぎつぎに雪玉を投げつけても、びくともしなかった。

トンネルを抜けて江ノ島側に出る。崖地一面に無数のつららが林立していた。

少し暖かだったせいか、つららの何本かが途中で崩落しており、古代ギリシア遺跡の廃墟みたいな光景だった。折れたつららは一抱え以上もある太さで、青白く光っていた。

その上を乗り越えて、子どもたちは崖の直下まで登っていった。鎗くらいのサイズのつららを見つけて折り、振りまわして遊んでいた。


ヒッチ

阿寒湖畔の温泉街を抜けたところで、ヒッチハイカーを拾った。

ドイツから来たという若いカップルだった。海外からの観光客向けJR乗り放題パスをつかって北海道へ来て3日目、今日は雌阿寒に登ったという。

そのかれらは、留辺蘂か新得に行きたいという。なぜまた? とおもったが、話を聞くと、どうやら旭川に出て大雪に行くのが次の目的らしい。

ぼくは斜里岳登山後に島牧へ向けて道内を東から西へ横断中だった。あいにく石北本線方面までまわる余裕はない。近いところで鉄道の便がいいといえば帯広だろう。それなら、ルートをちょっと変更するだけで済む。帯広駅まで送っていくことにした。

カーナビをセットしなおす。帯広まで114kmと出た。「1時間?」とヒッチの男性がいう。「2時間」とぼくは答えた。

足寄を抜けるころに日が沈んだ。真っ暗な国道を走る。人家も信号も街灯もない。頼りは前を行くクルマのテールライトだけだ。ときおり、道路に沿って頭上に矢印がならび、それが揃って行儀よくチカチカと点滅する。

「あれは何?」とヒッチの男性が訊いた。積雪時に道路の端を示すためのものだと、ぼくは答えた。

ヒッチの男性が重ねて訊く。「でもいまは雪はない。なのに、なぜ点滅するのだ?」。たしかにそのとおりだが、その理由までは知らない。そう答えると、ヒッチの男性は「不思議だ」と小さくつぶやいた。

さらに、しばらくしてからのことだった。

ヒッチの男性が、バックシートの女性とドイツ語で何やら話したあと、ぼくに英語でこう言ってきた。「このクルマ、スピード出し過ぎではないのか?」

ぼくはメーターに一瞥をくれた。「いや、べつに標準的な速度だけど」と答える。妙なことを訊くやつだ。

すると、ヒッチの男性はこう続けた。「だって、ものすごく大きなエンジン音がするから」

そういうことか。仕方なく、ぼくはこう答えた。

「それはこのクルマがランドローバーだからだ。知ってる? イギリス車だ。メルセデスでもアウディでもない」(あえてBMWの名前は出さなかった。わかるひとにはわかるとおもうが。)

ぼくの下手な英語が通じたのか通じなかったのか、ヒッチの男性はただ「ランドローバー、わかった」と答えただけだった。


ねずみさんと宮本常一

もう一週間も前のことになってしまったが、島牧でねずみさんに会った。初期の村上春樹の小説にでてくる「ねずみ」ではありません。北海道の旅先でお世話になった古い友人である。

お会いするのは、たぶん十数年ぶりだ。出先から戻ってきたら、ユースの庭先に見慣れぬランクル70が停まっていた。ねずみさんの車だった。茨城古河のご実家へ帰省した帰り道だそうだ。島牧に立ち寄るのは1年以上ぶりだという。

ねずみさんは、ぼくとまったく同じ誕生月日で、きっかり一回り上。島牧ユースのヘルパーの大先輩であり、歩いて日本一周をした漂泊のひとでもある。いまから四半世紀前、ぼくが北海道へバイクで出かけて事故ったとき、病院までむかえに来てくださったこともある。ニセコの山小屋に泊めてもらったりもした。いまはミキサー車を運転しているらしい。仕事は大変だが、おもしろいよ、という。

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津波から18年後の島牧

島牧へ来ている。気候は例年より1週間から10日ほど遅いという。峠や尾根筋はまだ白く、木々は新芽が芽吹いていて、山桜が咲いていたりする。海は昨日からずっと凪だ。(写真はいまアップできる環境にないので、後日。)

四半世紀前から変わらないといえば変わらない風景である。だが同時にここは、1993年7月12日に発生した北海道南西沖地震で、津波に襲われて大きな被害をこうむった土地でもある。

ぼくは、ちょうどそのきっかり一カ月前に島牧に来ていたのだが、津波のときには自宅にいて、ニュース番組を見ていた。あまりにもよく見知っている地名が読みあげられるのを、ほとんど身の毛が逆立つような気持ちで聴いていたのを覚えている。

ガンゼさん一家は甚大な被害をうけて、建替を余儀なくされた。そして、友人たちと一緒に、再建の作業を(ほとんど猫の手くらいの役にしか立たなかったのだが)手伝った。呼びかけの手伝いをしたり、津波で流されたアルバムを拾い集めて、写真を水で洗い、貼り直したりした。

あれから18年がたち、前の浜には立派な堤防ができ、国道はあちこちで近代的なトンネルが掘られてルートが付け替わった。

クルマやバイクで通り過ぎるだけなら、ただ海と山の美しさだけが心に残るだろう。ぼくとて大差ない。まあふつうの観光客のひとりに過ぎないのだから。

それでも、津波のときの記憶は、けっして拭い去ることはできずにいる。だからこそ、島牧の美しさがよけいに身に滲みるのかもしれない。


奥田實写真集『生命樹』

写真家・奥田實さんの写真集『生命樹』(新樹社)が刊行されます。

北海道の木々の写真をおさめたものだが、ふつうの写真集とはちょっと違う。一年のうちにさまざまに姿を変えてゆく木々のようすをコラージュしたもの。図鑑的な要素をもっているが、けれども一般の図鑑のように木々が「死んでいる」わけではない。なんとも独創的で、それゆえに木々の魅力と、そうした自然にたいする奥田さんの愛情とが伝わってきます。

ちなみに奥田さんとは、もう二十年以上前に島牧で知りあい、以来お世話になっております。

写真集でコストがかかるゆえちと高価なのがナンですが、どうぞよしなに。


いくらと木の枝

10月に入ったばかりのある日、島牧から鮭が届いた。先月ぼくが訪れたときは、海水温が高いということで、例年になく不漁だという話で、じっさい川面に目を凝らしても鮭の姿は見られなかったのだが、ここへ来てようやく漁が始まったという。わりあい豊漁らしい。

届いた鮭はトロ箱に収めるために尻尾が落とされただけだった。目はまだきれいで、鮮度が高いのは明らかだった。

雌のほうのお腹をひらいて内蔵をとりだそうとした。すると、どうしたことか、黒くて細長いものがあらわれた。木の枝のようだ。すっかり真っ黒になっている。とりだしてちょっと握ったら、ポッキリ折れてしまった。写真はその先端部である。

まちがって呑みこんでしまったものか。でも内臓から出てきたわけではないから、えらから入り込んでしまったのだろうか。

いくらもつくる。今回は塩味でいってみたい。

雌のお腹からとりだした筋子を、まず金網でしごいてばらし、よく洗う。それから、昆布でとっただし汁に塩をかなり(大丈夫かと気になるくらい)大量に投入し、酒を入れて日にかけ、沸騰させてアルコールを飛ばしたのち、粗熱をとる。醤油は香りつけ程度。先ほどのいくらが浸かる程度にボウルに注ぐ。あとは冷蔵庫で寝かしておくだけ。一日に一度かきまぜてようすをみるといいのだが、そのあたりは飽き性のぼくに代わって《あ》がやってくれた。

一週間もすると、写真のようないくらができあがる。一尾のお腹から出てきた筋子で、これだけの分量になる。とても一度に食べきれるものではないので、小分けして冷凍しておく。


島牧からの便り

島牧から「残暑(酷暑)お見舞い」と題するメールをいただいた(ありがとうございました)。

7月末に集中豪雨があり、地下室に浸水してバケツ100杯ぶん汲みだした、とある。ユースのすぐ近く、道の駅「よってけ!島牧」のすぐ脇を流れる千走川(ちはせがわ)は氾濫した。そのさい賀老の滝にあがってゆく道路が流された。いまだ通行止めだという。狩場山の登山口は賀老の滝の奥にあるから、ということは今夏は登れないということだ。

ちなみに狩場山は渡島半島最高峰で、ぼくがもっとも最近登ったのは……と思い出してみるに、2006年の9月だ。あれからもう4年もたつ。そのときのことはこちらに書いたとおりなのだが、行程の7割を《くんくん》を背負って歩いたのだった。いまや《くんくん》は小学3年生となり、こちらは歳相応にくたびれているから、絶対に不可能な芸当である。よくやったなあ、われながら。

さらに思い出してみれば、これまでも災害や工事などで賀老へあがれなかったことは幾度もあった。ぼくが島牧に行きはじめたころは、賀老への道はいまのルートとは違っていた。全線ダートで険しいのだが、そこをオンロードのバイクでガシガシ登っていったのだった。この道は、千走川温泉経由のいまの新道が開通したあと、廃道になってしまったようだ。

狩場山に登れなくとも、島牧には気持ちのよいところがたくさんある。例年のごとく来月になれば函館に行かねばならない。その足で、また島牧へ寄ってみたいとおもう。

写真は昨年9月に歌島高原から島牧村の方角を撮影したもの。いちばん奥にうっすら映った、雲をかぶった巨大な山塊が狩場山で、千走川はその懐から流れでている。9月になると河口あたりでは鮭の遡上する姿が岸からも肉眼でよく見える。


羊蹄山に登る(下)

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お鉢をめぐるには左右どちらから攻めてもよいが、真狩口からなら山頂までは反時計回りが距離のうえでは近い。それに、見たところ山頂付近(東側)は岩場だが、西側はなだらかだ。ならば余力のあるうちに岩場を越えておきたい。

ストックをたたみ、岩場にとりかかる。ところがこの岩場が難物だった。ルートは白いペンキでところどころ示されているが、それでもわかりにくい。大きな岩を乗り越えてゆくと、その先がスパッと切れ落ちていたりする。岩場は巨大な岩が複雑に組みあわさっており、足の置き場もない。うっかりしたら数百メートルも一気に滑落しそうだ。今日は晴天でほぼ無風だからまだしも、雨や風があればひじょうにむずかしい箇所であろう。すでにもう十二分に足腰ヘロヘロ状態なのも追い打ちをかける。おまけに、トキナーの広角ズームレンズ(AT-X124DXII)を買ってうれしかった勢いで、ついついD300を首からぶらさげてきてしまった。これが重くて邪魔で、乏しい体力をなお奪う。

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標準タイム30分とあるところを40分くらいかけて山頂に到着(1025)。記念写真を撮り、しばし休憩。札幌方面の山々が見える。詳しくは知らないが、遠くに見えているのは、おそらく芦別あたりの山ではないか。《あ》に登頂記念のメールを送ろうとiPhoneをとりだすが、あいにくソフトバンクは圏外。隣に坐ったひとのドコモは圏内だそうなのに。しっかり頼みますよ、孫さん。

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山頂のすぐ北側に一等三角点が設置されている。その先は徐々になだらかとなる。小ピークごとにケルンが積んである。比羅夫側のピークには三等三角点も設置され、その陰にシマリスが身を隠していた。本人としては隠れたつもりなのだろうが、大きなしっぽが丸見えだ。九合目から上では、何度もシマリスが登山道を横切る姿を見かけた。

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ゆっくりとお鉢めぐりをしてまわり、旧小屋跡に到着。ここで昼食。昨夕コンビニで買ったパンをかじる。《くんくん》くらいの女の子二人を含む家族連れがカップ麺をすすっている。かれらはまだまだ余力十分といったようすだ。はりきって先に下山していった。

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ぼくはといえば、天候と展望のすばらしさに、なかなか下山する気になれない。双眼鏡をとりだす。ニセコは目の前だ。アンヌプリの背後には岩内が見え、さらに泊原発、積丹半島の海岸線がきれいに見わたせる。その向こうは日本海だ。長万部から黒松内へ抜ける回廊の上にはわずかに雲が出ており、その上には大平山と狩場山の島牧の山々がどっしりとした山容で鎮座している。左手には遊楽部、さらにその左遠くには大千軒、もっと左にパンすれば駒ヶ岳に噴火湾、そして洞爺湖。けっきょく一時間もここに坐って、目の前にひろがる道南の地形のパノラマをながめていた。

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1230下山開始。往路はひたすら上りだったから、今度はひたすら下りである。下っても下っても、なお下る。上りも苛酷だったが、下りも厳しい。膝に痛みが走り、足の踏んばりが効かない。よくまあこんな道を上ってきたものだと呆れたような気持ちになる。ぼくがのろのろ下山していると、あとからきたダブルストックの札幌の女の子に追いつかれ、さらに山頂と旧小屋で少し言葉をかわした大阪の男の子にも追いつかれた。三人で即席パーティを組んで下りる。ふたりともぼくよりはるかに若くしっかりしているので、かれらにはさんでもらっって歩く。むしろかれらに助けてもらってなんとか下りられた、といったほうがいいかもしれない。ふたりとも、本当にありがとう。そういえば、今回の登山でおどろいたのが、登山者に若者の占める割合が大きかったことだ。つい数年前とはえらい様変わりである。

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1545登山口にぶじ帰着した。

ふりかえると羊蹄は夕日に身を染めていた。終日雲ひとつなく、おそらく一年間のうちでこんなに天候に恵まれる機会はそうないだろう。しかし、きつかった。登山者用駐車場で札幌へ帰る女の子を見送り、自前の交通手段をもたない大阪の男の子(朝は同宿のお客さんの車に便乗して来たらしい)をつれてまっかり温泉へゆく。風呂上がりに休憩室へいくと、「今日は足裏マッサージの日です」と貼り紙が出ていたので、迷わずお願いした。

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いよいよ日は暮れかかり、羊蹄の山頂にもとうとう雲がかかりはじめた。大阪の男の子をニセコの宿に送り届けたあと、80km近く離れた島牧へ向けてランクルを走らせた。

羊蹄山に登る(上)を読む


羊蹄山に登る(上)

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話は前後するが、9月23日に羊蹄山(1893m)に登った。北海道へ来てその美しい山容をながめるたびに、いつか登ってみたいとおもいつづけてきた山である。ルートは4本あり、そのうちもっとも整備されているという真狩ルートを選んだ。

函館と札幌の集中講義の終わったら、すぐにでも登りに行きたいのはやまやまなのだが、予報によれば当初予定してた22日は天気がよろしくないらしい。天気待ちのため、まずは島牧へ移動。ガンゼさんのところで一泊したのち、午後、岩内からパノラマラインを越えてニセコに入った。登山口である真狩の羊蹄山自然公園を下見し、近くのまっかり温泉に行く。雨上がりの野に虹がたちあがっていた。羊蹄の姿が正面に見える。その日は羊蹄山自然公園内にある登山者用駐車場にランクルを駐めて車中泊。夜中にお手洗いに出ると、頭上に満天の星が輝いていた。

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0505目が覚める。シュラフが温かくて心地よいため、つい寝過ごしてしまった。身支度を調え、駐車場にある入山届に記入して、0540出発。家族づれでにぎわう感じのいいオートキャンプ場を抜けると登山口である。初めのうちは樹林帯のなかを歩く。ひさしぶりの山登りであり、単独峰である羊蹄は上りがきびしいと聞いていたので、ストックを一本もってきた。

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「秋晴れ」という言葉をそのまま具現したかのようなすばらしい好天である。

三合目をすぎると樹林のあいだから少し展望が効くようになる。低いところには霧がでており、それに隠されて街はまったく見えない。道はひたすら上り、ぐいぐい高度をかせいでゆく。

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一合ごとに標識がつけられている。最初は15分から20分で次の標識に到達していたが、その時間は徐々に延びてゆく。五合目にさしかかるころには、早くも脚が重くなる。

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このあたりから疎林となり、眼下に真狩の街、その背後に昆布岳、さらにその向こうには洞爺湖が光っており、きれいな弓なりになった噴火湾の海岸線が延びていて、その先に浮かぶ駒ヶ岳まで見渡すことができる。少し歩いては景色に目をやり、気を紛らわせる。六合目のあたりで少し楽になるが、その先はまたきつく、苦しい。八合目をすぎるとガレ場のトラバース。けっこう崩れているが、上りでないので身体は楽だ。しかしその先はまた上り。ハイマツ帯に埋もれるようにして九合目の標識がある。ここは避難小屋への分岐でもある。

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その先に小ピークがあり、目の前に尾根がそびえている。登山道は、しかし尾根ぞいではなく、左に入ったところを登ってゆく。日影になったところには大きな霜柱がたっている。

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ここまでくると、脚が重く痛くて、ほとんど前へ出せなくなった。数歩あるいては一服する。前を見ると、急角度の上り道がまだ延々と続いている。しかしその先で荷をおろしているらしき人影も見える。もう一息と言い聞かせて、飴を一粒口に入れる。糖分補給の効果絶大、脚が動きはじめる。ゆっくりゆっくりと登る。

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0935、ようやくお鉢(火口)のへりに到達した。登山口からちょうど4時間だ。ここで小休止。少し休むと、びっしょりかいた汗がたちまち冷える。フリースを羽織っており、歩いている最中はたしかに暑いのだが、この日はけっきょく一日手放せなかった。

羊蹄山に登る(下)に続く


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