てんてんの家出

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てんてんが家出した。てんてんとはわが家の猫だ。生後8カ月になる。家出といっても、すぐに戻ってきたのだが。

いなくなったのに気づいたのはお昼ごはんのあとだった。前日一日吹き荒れた強風で、お風呂場の窓のサッシに砂がたまった。砂を洗い流し、乾くまで雨戸を開けておいた。そのときは《あ》もぼくも、うちに室内飼いの猫がおり、隙あらば脱出を試みようとすることをすっかり失念していたのだ。気づいて見にいったときには、網戸を開けた形跡があり、てんてんの姿はなかった。

庭に出た。ちょうど学年末試験で早くに帰宅していた長男も一緒だ。「いた!」と長男が指さす。隣家の脇、塀とのあいだだ。「てんてーん!」とよぶ。てんてんがふり向いた。「にゃーん」と答える。そしてジャンプして塀に飛びのろうとした。あいにく跳躍力が足りず(飼主の運動神経を受け継いでいるのだろう)、失敗した。てんてんは、物陰に隠れてしまった。

長男が近づいていき、捕まえようとした。が、てんてんはものすごい勢いで走りだして逃げていった。途中の障害物を、兎のような勢いで跳ねて飛び越していった。

いったん自宅に引きあげた。窓から庭をながめていると、ふだんからわが家を通り道にしている三毛猫がやってくるのが見えた。こぶたのようによく肥えたその猫は、踏み石に沿って歩く律儀な習慣がある。こちらの状況など知るよしもなく、いつものようにのんびりと歩いてきた。と思ったら、三毛が急に立ち止まった。じっとして動かない。前を凝視している。「なにか見つけたのかもしれない」と長男がいう。

外へ出た。人間が飛びでてきたのを知った三毛は、あわててチェリー・セージの陰に身を隠した(丸見えなのだが)。三毛の視線の先を見る。庭の隅に、てんてんがうずくまっていた。「てんてん」と、よびかけた。てんてんは今回も「にゃあ」と答えたが、ぼくが近づいていくと逃げた。塀に沿って逃げる。長男と挟み撃ちにして捕まえようとした。だが、てんてんはこちらに近づくと急に身を反転させ、足許を全速力で駆け抜けてゆく。いつもキッチン台で足を踏みはずしたりしているくせに、どこにそんな運動能力を隠していたのか。何度かこのスラップスティックを繰りかえしたのち、てんてんはフェンスを越えて隣家の庭へ消えてしまった。

やむなく、うちに引きあげた。調べると、自宅から逃げた猫は基本的に遠からず、じぶんから戻ってくるものだという。室内飼いの猫がすぐに自活していけるほど、外の世界は甘くないらしい。

ところが、逃げた猫を見つけたとき、捕まえようと追いかけたりするのは駄目だという。外の世界へ出て緊張を強いられている猫にしてみれば、ただ驚かされるばかりなのだそうだ。ぼくたちがとった行動は、もっともやってはいけない類の行動だった。

では、どうすればいいか。猫がじぶんの匂いを確認できるよう家のまわりにトイレ砂などを撒き、あとは玄関のドアを少し開けておけばいい、とある。さっそく、そのとおりにした。

あとは待つだけ。幸か不幸か、晴れて、わりあい暖かい。まだしばらくは帰ってこないかもしれない。

落ちつかないので、薪小屋から薪を運んでくることにした。薪の束を両手にぶら下げ、土間まで運び、壁ぎわに積む。二回往復したあと、三度目に薪を運んできたときのことだ。土間に薪をおろす。ふとふり返ると、てんてんがいた。階段の踊り場で丸くなって、こちらを見ていた。目が合うと、いつも彼女がそうするように、小さく「にゃあ」といった。

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