早じまいの矢切の渡し

ひさしぶりに柴又まで行ってみることにした。

江戸川沿いを歩き、橋をわたってゆく。

近年の柴又はすっかりプチ観光地化している。このときも、小雨の降りしきるなか、わざわざ観光バスで団体さんがやってきて、記念写真を撮ったりしていた。

場所は、帝釈天の門の前。かつて寅さん映画のなかで、笠智衆や佐藤蛾次郎が、レレレのおじさんよろしく竹箒をもって掃いていたあたりである。いまや記念撮影スポットになっているようだ。なんにせよ、ごくろうなことである。

ぼくの目的は草団子。高木屋で20個入りを買った。ついでに近くの店で、しじみと葉わさびの佃煮を買った。店内には明治13年迅速測量図という地図が掛かっていた。それによると、当時の江戸川には川中島が存在したようである。いまの北総線の橋梁があるあたりだ。

帰りは矢切の渡しの乗り場へ歩いた。土手の上から遠目に見ると、舟がこちら側にいるのだが、しまい支度をしているように見えた。土手を駆け下り、そのまま桟橋まで走った。船頭さんは、すでに入口にロープを渡していたのだが、ぼくに気づくと、くぐって入っていいよ、と言ってくれた。

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船頭氏はまだ若いおにいさんだ。ふだんは、どうがんばっても愛想がいいとは形容しにくいひとなのだが、この日はめずらしく向こうから話しかけてきた。

「雨降ってきたからね」。今日はこれでおしまいにするんだ、ということらしい。けれど、まだ午後2時半だ。店じまいには早すぎないか、いくらなんでも。

すると船頭氏は言った。

「いま、××(某お笑い芸人の名前)のテレビが来てさ。たくさん運んだのよ」

なるほど、たしかに柴又の土手の上に20人ほどの人影がかたまっている。

「けんど、渡し賃、くれないんだよね」

予想外の展開に、船頭氏はなにも言いだせず(もともと無口であることだし)、無賃乗船に甘んじるほかなかったらしい。それですっかり嫌気がさして、雨にかこつけ、今日はもうおしまい、ということにしたようだった。

結果的にタダ乗りしてしまったテレビ取材のクルーたちも、さすがに悪気があったわけではなかっただろう。勘違いなのか手違いなのか、せめて「おいくらですか」のひと言くらいあってもよさそうな気もする。

他方で、考えてみれば、ここには川岸にただ小さな桟橋があるだけだ。券売所などは影も形もないし、乗船券や領収書などというシステムも存在しない。渡し賃は、舟に乗ったあと、船頭氏に手渡しする。そういう意味では、お金の印象が薄い場所といえなくもない。それゆえ、クルーたちは無意識のうちに、渡し舟を善意に満ちた前近代的なイメージ──寅さん映画でしばしば描かれたような──で捉えてしまい、運賃を支払うという発想が霧散してしまったのかもしれない。

ま、しかし、渡し賃は払ったほうがいいとおもいますよ、いずれにせよ。

そんなわけで、ふだんなら竿でゆっくり時間をかけてゆるゆる漕いでゆくところを、船頭氏は船外機を発動させるや、千葉側まで一気に渡った。もう、あっというまの到着であった。

下船のとき、船頭氏に渡し賃をわたした。ちなみに大人200円である。

雨のなか、傘もささずに歩いて帰った。草団子と佃煮を片手にぶらさげつつ。

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