21世紀の「奇妙な果実」

ビリー・ホリデイの代名詞ともいえる「奇妙な果実」(1939年)は、20世紀ポピュラー音楽を代表する名曲のひとつである。

最初に書かれたのは1930年のことだったという。作詞・作曲はルイス・アレン(本名エイベル・ミーアポル)というユダヤ人。詞にうたわれる南部に咲く「奇妙な果実」とは、「木に吊りさげられた黒人の遺体」のことだ。白人のリンチによる暴行の結果、である。歌詞が描写する光景は、凄惨としかいいようがない。

Billie Holiday – "Strange Fruit" Live 1959 [Reelin' In The Years Archives]

それから90年が経過した今年、「奇妙な果実」がまた、あらわれた。Black Lives Matterの抗議活動が各地でつづく現在のアメリカで、木に吊された黒人の遺体が発見されたのだという。6月に入ってからこれまでに、テキサス、ニューヨーク、カリフォルニアで、少なくとも4例が発生したと見られている。いずれも警察はいったん「自殺」と判定したものの、抗議が殺到したため、再調査中なのだそうだ。

「奇妙な果実」が書かれた90年前といえば、狂騒の20年代をへて大恐慌が始まったころである。当時、人種差別は常態化していた。黒人はもとより、ヒスパニックやアジア人など、およそあらゆる有色人種が標的にされた。さらに、南部諸州では「ジム・クロウ法」とよばれる法律が定められ、人種差別・分離が合法化されていた。白人のあいだでも、たとえばイタリア系や東欧系などは差別の対象になった。

大恐慌直前の1920年代は、KKK(クークラックスクラン)のような白人至上主義者が跋扈した時代でもあった。KKKは大恐慌後にいったん退潮するが、1960年代には復活している。

そのころかれらが使用していたという、イカみたいな形をした巨大な白頭巾の実物を、ぼくはデトロイトに近い街ディアボーンにある「ザ・ヘンリー・フォード」という巨大なミュージアムで見たことがある。そのとき写真も撮影した。だが、ここに掲載する気持ちになれない。

代わりに、同じ場所に展示してあったバスの写真をあげておく。1955年アラバマ州モンゴメリーで、白人専用席に坐ったローザ・パークスが黒人席へ移動するのを拒否して逮捕され、公民権運動の重要な契機となったバスの実物である。ミシガンの工場で製造された縁で、ここに保存されているのだそうだ。

さて、こちらの記事によれば、つい先月、KKKと同じような頭巾をかぶった人物が、カリフォルニアで目撃されたという。

KKK思わせる白いフードかぶり買い物、米加州の食料品店で
新型コロナウイルスの感染が拡大する中、マスクなど顔を覆うものの着用を求める米国のスーパーマーケットに白人至上主義団体「クー・クラックス・ クラン(KKK)」のものとみられる白いフードをかぶった買い物客が現れ、物議を醸している。

この人物は、このときはただ買い物をしただけで、それ以上の行動はとくに示さなかったという。当人の意図は不明。上述の事件と直接の関係はないのだろう。

とはいえ、この姿の歴史的な意味をまったく知らないというアメリカ成人は、まずいまい。この恰好が何を意味するか承知のうえでの行動である可能性が高いようにおもわれる。60年代のKKKも、最初のうちはおもしろ半分で、この衣装を身につけて黒人たちを威嚇し、嫌がらせをしていたのだという。そのうちエスカレートしていった。

21世紀になって20年もたつというのに、前世紀の亡霊は何度でも甦ってくる。いや「甦る」という表現は、おそらく正しくない。表面上はどうあれ、ずっと社会に巣くいつづけてきたと考えるべきだろう。

どんな種類であれ、差別は、個々人の認識や考え方の問題である以上に、社会的に構造化された問題である。そこを見誤れば、何も解決しない。

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