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カントリー&ウェスタンの熊本

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熊本に行ってきた。ぼくにとっては初めての熊本だ。

学会の始まる前夕に現地に着くと、さっそく先生や友人たち数名が集まり、飲みに出かけた。市内の繁華街である「下通り」はずいぶんと幅の広いアーケード街で、そこから染みだすようにして路地が走り、その辻々に多くの飲食店が並んでいる。意外なほど人出が多く、しかも印象としては若いひとたちの割合が大きい。とにかく、やたらにぎやかである。

そのうち近くで別のグループが飲んでいることがわかった。地元テレビ局のひとたちも一緒だという。合流して人数が倍増した一行は、地元民の唱導により、ある雑居ビルに足を踏み入れた。カントリー・ミュージックのライブハウスだった。

扉を開けたとたん、大きな音のかたまりが吹きだしてきた。薄暗い店内は写真だらけだ。壁という壁はおろか、天井一面にまでビッチリと、無数の写真が千社札のように貼りめぐらされている。大音響が、それらをビリビリと震わす。

店の一角に小さなステージがしつらえられ、そこにぴったりはめ込まれるようにしてバンドが入り、ウィリー・ネルソンを演奏していた。バンドは6人編成。中央に黒づくめの男が立っていた。黒いテンガロンハット、レイバンのサングラス、そしてあごひげ。濃さに濃さをかけあわせたようなその風体は、京都のさる大学のU先生を彷彿とさせないでもないのだが、その歌声は渋いながらも艶やかである。

ぼくたちはステージ脇のテーブルに坐った。ボトルで頼んだワイルドターキーをあおっているうちに、演奏が終わった。先ほどの黒づくめ男がテーブルにやって来た。じぶんのことを「チャーリー永谷」だと名乗った。そのようすからして、ただ者ではないとにらんでいたのだが、聞けばこのチャーリー(敬称略で失礼します。このほうが感じがでるので)、日本のカントリー・ミュージック界の大御所として、かなり知られたひとであるらしかった。

熊本出身。大学時代にカントリー&ウエスタンに出会ってのめり込んだ。以来、カントリー一筋に人生を捧げて半世紀。みずからのバンド「キャノンボール」を結成し、国内外の米軍キャンプをまわった。ベトナム戦争終結後の1976年、熊本に戻り開いたのが、この店「グッタイム・チャーリー」だ。以来、毎夜30分のステージを5本こなし、合間をみて各地に演奏旅行に出かけ、地元ラジオ局で番組をもつ。1989年以来、毎秋、阿蘇で日本最大のカントリー・ミュージックの野外イベント「カントリー・ゴールド」をプロデュースし、今年で19回目を迎える。テネシー、モンタナ、テキサスなどカントリーにゆかりの深い米国の各州の名誉州民であり、ホワイトハウスにも招かれたこともあるという。筋金入りなのだ。

なにより驚いたのは、御年71だと聞いたときだ。1936年の早生まれというから、ぼくの父と同じ学齢である。父はおそらく年相応の外見だが、チャーリーは年齢不詳、せいぜい50代後半にしか見えない。うーん、このくらいの年齢になってしまえば個体差がはなはだしく、見かけだけでは判断しようがないという見本である。チャーリーにとってのカントリー・ミュージックのようなものを持つことができたひとは誰であれ、きっとチャーリーのような71歳を迎えられるのだろう。

話し終えたチャーリーが、ギターをかかえて再びステージに立った。その晩最後の演奏が始まった。チャーリーは5曲ほど、気持ちよさそうにうたいあげた。演奏が終了したのち、チャーリーに見送られて、ぼくたちは店を出た。東京では8月5日(日)に、青山のホンダ・ウェルカムプラザでライヴをやるから、ぜひ来てください、と誘われつつ(無料だそうです)。

チャーリー永谷さんのサイトはこちら
「グッタイム・チャーリー」で演奏する「チャーリー永谷とキャノンボール」のライヴ映像。YouTube上にある。同店を訪れた米国人観光客による撮影とおもわれる。