メディア論の視座

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自撮りと落書き——観光という現象について

前回の投稿で、チェルノブイリを訪れたことに関連して、観光という現象に、「光」をみるものと、いわゆるダーク(闇)ツーリズムのようなものとに区分する根拠は必ずしも自明ではない、なぜなら、観光地を訪れる観光客の態度ないし「まなざし」は、メディア化...
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チェルノブイリと観光のまなざし

HBOが制作したドラマ『チェルノブイリ』が日本でも公開されるという。9月25日(水)から、スターチャンネル(BS10)にて。宣伝しなければならない義理など何もないが、告知しておきます。 ぼくもこの夏にチェルノブイリへいってきた...
トランプ時代のアメリカ中西部

中間選挙を控えてアナーバーのことを思う

アメリカ中間選挙を控えて、ミシガンの友人たちから連絡が来た。それを契機に、あらためてアナーバーとミシガンの政治経済的な状況について考えてみた。
メディア論の視座

Facebookから「投稿を宣伝」のお誘いが来た話

前回、Facebookから連絡帳のインポートを勧められた件について書いた。するとFacebookから、投稿を宣伝しませんかという「お誘い」のメールが届いた。宣伝したければ1100円支払うように、という。
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「もっと友だちを見つけよう」を考える

Facebookから「もっと友だちをみつけよう」というメールが届いた。連絡帳をインポートしなさいというお勧めである。これをどう考えたらよいのか。
2016 ヨーロッパ

アトラクションの源流を歩く――プラーター公園の観覧車とミュージアム 3/3

プラーター公園にいった話その2のつづき。 人間の形をしたモノ、というのも重要なモチーフである。 これは人体模型。かなり精巧な出来だ。なまめかしくさえある。 背後からわざわざ内臓を見せたりもする。これも建前や名目はど...
2016 ヨーロッパ

アトラクションの源流を歩く――プラーター公園の観覧車とミュージアム 2/3

プラーター公園にいった話その1のつづき。 観覧車のちかくにプラーター・ミュージアムがあった。 ロビーで、おじさんがおばさんとソファに座って話し込んでいた。そのおじさんがミュージアムの店番だった。ぼくが館内に足を踏み入れよ...
2016 ヨーロッパ

アトラクションの源流を歩く——プラーター公園の観覧車とミュージアム 1/3

遊園地や遊戯機械(アトラクション)は、テクノロジーと身体が結びついた新たな経験をとおして、身体と知覚を改変・再編成してゆく代表的な場所であった。拙著『ディズニーランド化する社会で希望はいかに語りうるか』のなかでも述べたとおり、ぼくはそう考え...
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自民党の憲法改正草案を読んでみた——「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」

参院選を前に、自民党が以前から出している憲法改正草案をあらためて読んでみた。自民党憲法改正推進本部というところのサイトからPDFで見ることができる。 詳しいことは専門家の解説を探して読んでもらうのがいちばんいい。ただ誰であれ(有権者は...
メディア論の視座

「偏っていない意見」など存在しない

他人の意見や発言のことを「偏っている」として攻撃・排斥する現象をしばしば目にする。実社会でもネットでも。いまの政権や与党なんかも、自己の政策や立場と異なる意見にたいして「誤解」「偏っている」などと主張するのが好きみたいだ。ジャーナリズムにた...
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