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ミュージカルという問題 Archive

映画『バッタ君町に行く』

アニメーション映画史上の傑作とされるフライシャー兄弟の作品である。今回はニュープリントで劇場公開とのことだが、ぼくが観るのは初めてだ。場所は最近ヒューマントラストシネマと名を変えた映画館、観客は7人だった。

まだ長編アニメーション映画がめずらしかった時代(1941年公開)の作品だ。全篇で徹底して線を動かすことに全身を集中させている(日本の「アニメ」の大半は(全部ではない)、もうこのことを忘れてしまっている)。虫たちのわらわらと蠢くさまや、ナイトクラブで何度もダンスを踊る場面、とりわけ感電のシークエンスなどにそれが顕著にあらわれている。ちなみにある時代までのアメリカのアニメーションにミュージカルやスラップスティックの場面が付きものなのは、映画の機械性という問題に直接かかわっていると、ぼくは考えている。

動きの積み重ねとともに、物語上のエピソードは、そのひとつひとつが厚くていねいに描かれる。その一方で、プロットはいたってシンプルだ。いまも昔も、こうした戦略がアメリカのアニメーション映画の伝統として、広い観客に訴える娯楽作品の要諦であることを示している。もっともこの作品の評価が定まるのは後年のことで、初公開時の1941年12月には観客の入りが悪く打ち切りとなっている。

物語は、題名に暗示されているようにフランク・キャプラ的なニュアンスが込められていると理解することができる。工業化された資本主義社会を批判しつつ、しかし文明それ自体と人間性の可能性に無条件の信頼をおいているのだ。たとえばこの物語は郵便制度というシステムの十全な機能を前提にしているが、それを具体的に担保しているのは実際に登場する郵便配達夫が内面化し実践する職業倫理である。

したがって、物語の終盤において天空めざして登ってゆく虫たちのふるまいには明らかに肯定的な色が与えられており、ハッピーエンディングを志向してつくられていると考えてよい。ところが、21世紀の観客の目には、これがえらくアイロニカルに映る。かれらがたどり着いた地点がかれらにとって楽園であるようにはとうていおもわれない。そしてかれらもまた、かれらをそこへ追いやることになった人間や文明の暴力性をいつしか発揮しうる立場になりうることを含意しているかのように読めてしまうのである。

その意味で、たんに「傑作」というラベルを押して理解した気になっていれば済むような作品ではなく、今日的な観点からもより深く考えさせられる奥行きをもった作品だというべきであろう。

ホーギー・カーマイケルとリー・ハーラインの音楽が抜群によい。

今回の公開をしかけたのはスタジオジブリである。ここは宮崎作品や関連キャラクター商品などで稼ぐ一方で、アニメーション映画の歴史的名作の上映・普及に力を入れているようだ。パンフレットのつくりも、贅沢なものではないが、的を射たつくりであり、しゃれている。

なおパンフレットその他の資料では原題 Mr. Bug Goes to Town とされているのだが、今回ぼくが観たかぎり、本編のタイトルバックでは、主人公の名前をそのまま採って Hoppity Goes to Town と記載されていた、ような気がする。

映画『ロシュフォールの恋人たち』

ぎっくり以前(B.G.)に観た『ロシュフォールの恋人たち』。不勉強を恥じるべきだが、初見である。

『シェルブールの雨傘』が悲恋ものなら、こちらは黄金期のハリウッド産ミュージカル・コメディのフランチ解釈版。完成度の高さなら圧倒的に前者のほうが高い。本作品は、正直いって失敗作の部類に入れられるべきだろう。

ヴィヴィッドながら陰影があるものの、設定も物語も語り方もさまざまなレベルで破綻している。しかたない、1967年の作品なのだから。

しかし、その破綻ぶりが潔くて屈託がない。なるほど映画におけるミュージカルの真髄を正当に継承しているというべきだろう。その意味で、ミュージカル映画オタクとして個人的には好ましい作品である。

双子役を、カトリーヌ・ドヌーヴとその実姉フランソワーズ・ドルレアックが演じているが、圧倒的に後者がよい。トリュフォー『柔らかい肌』なんかとはちがうテイストである。ダニエル・ダリュウがでていて、うれしくなった。

トロリー・ソング

先週来、ぎっくり腰である。

2月の中旬は毎年必ず体調を崩すのだが、今年は大丈夫そうだ、と油断したのがいけなかったのかもしれない。ある日どうも椅子の姿勢があわないなとおもっていたら、翌朝には腰が伸びなくなっていた。

さいわい今回はさほど深刻ではなく、とりあえず立つことはできた。ただ、痛くて直立できず、進化に失敗した類人猿のような恰好でしか歩けない。だいぶよくなったものの、それでも外へ出るのはまだ厳しい。だから日がな自宅で執筆している。もちろん、遅々として進まない。

執筆のために、ここ数日でジュディ・ガーランドの「トロリー・ソング」の場面ばかり何十回も観た。映画『若草の頃』(1944年)のなかのシーンである。トロリーの吹きさらしの二階でガーランドがうたうのだが、トロリーの速度や揺れと相まって、じつに示唆的であり、ミュージカル映画史上に残る名場面だ。授業で学生に見せたりしつつ、いつかこの場面について書きたいとおもっていた。

あれこれ調べているあいだは夢中だが、椅子から立ちあがろうとすると、じぶんが病人である現実に引き戻される。

映画『シェルブールの雨傘』

1964年の名作。スクリーンで観たかった作品のひとつである。デジタル修正を施した版が公開されるというので、入試業務のあいまをみて、さっそくシネセゾンへ出かけていった。

「デジタルリマスター版」なるものが、具体的にどんな処理がなされたものなのかは、まったく知らない。画面をみるかぎり、色彩がきちんと再現されているのが最大の眼目であるように感じられる。色彩設計こそがこの作品の肝であるならば、この機会にぜひ劇場の大スクリーンで観ておきたい。ただし、プロジェクタによる上映である旨の断り書きが劇場内にあったところをみると、フィルムではないのだろう。

カトリーヌ・ドヌーヴが美しいとか、おしゃれなファッションがどうしたとか、ミシェル・ルグランの音楽がロマンティックだとか、悲恋の物語がどうだとか、そういう昔の洋画雑誌みたいな語られ方は、それはそれでかまわないが、まあどうでもよい話だ。

ミュージカル映画の系譜のなかでは、黄金期が終わってしまったあとのミュージカル映画が、オペラ的なあり方のほうへ接近というか回帰してゆくというひとつの方向性をはっきり示してみせた画期に位置づけられるだろう。もっともそれは結果的にそういえるのであって、ジャック・ドゥミもルグランも黄金期のハリウッド・ミュージカルに十分かつ明瞭に敬意を払っている。本作品で採用される「傘」のモティーフの背後に、『雨に唄えば』(1952年)からのインスパイアをみるのは自然だろう。

今回興味深かったのは、その雨傘。雨傘という形象のつかわれ方である。

傘が傘として使用されている状態、つまり開かれた傘があらわれるのは、ほとんどオープニングのタイトルバックだけだ。雨という気象が強調されるのも、やはり冒頭だけ。雨に濡れたシェルブールの街をカメラは何度もとらえ、それがシェルブールの街を印象づけるのだが、たいていは雨上がりであったり、雨の降りはじめといったようすであって、雨傘が使用されるような場面はない。

しかも、雨に始まるこの映画は、雪が烈しく降り積もる場面で閉じられる。そこで必要とされるのはフード付きの防寒着であり、傘ではない。「雨傘」が謳われるこの作品の画面において雨傘は、ちょうど主人公が物語中盤でそうであるように、ほとんど不在である。

そういえば、『雨に唄えば』のジーン・ケリーもまた、雨降りの夜中、ハリウッドの街路で大はしゃぎしたあと、手にしていた黒い蝙蝠傘を通行人にあげてしまったのだった。そのジーン・ケリーは、本作品の3年後に撮られる『ロシュフォールの恋人たち』に重要な役どころで登場する。この作品もやはりデジタルリマスター版が公開されている。来週はこちらを観にいくつもり。

映画『マンマ・ミーア!』

初日に観た。ここ数年のハリウッド産ミュージカル映画は、良し悪しはともかくとして、比較的緊密に構築された作品が多かった。本作品はその対極、もうゆるゆるである。

ほとんど舞台そのまま。素朴な手づくり感覚というか、とっても素人っぽい。つくっている側が映画として何を撮るべきかよくわからないまま、とりあえずアバの楽曲を強調しつつ、物語だけ追ってみましたという出来上がりである。

もっともこの作品も、ミュージカルのある種の伝統を正統的に継承しており、設定とプロットだけとりだせば荒唐無稽を絵に描いたみたいなものだ。だから、それだけ追ったところで、莫迦ばかしい以上のものになるはずがない。そこから音楽をとったら、ほかになんにも見あたらない。こういうのを「明るく楽しく元気が出る」と評するひとがいるが、きっと勘違いか無知か、あるいはその両方だろう。

危惧されたとおり、メリル・ストリープは浮きまくり。こってりした演技を旨とする彼女は、もとより暗い。本人も重々承知しているはずだ。だから愉しげな気分を演出しようと、ことさら熱心に「軽み」ある演技をしてみせる。重ねれば重ねるほど、ドツボにはまってゆく。痛々しいというほかない。

ターゲットは明らかに、アバの曲にノスタルジーを覚える世代にある。その狙いがあたったがゆえに、世界中でこれほど観客が入ったということなのかもしれない。ぼくが観たときも盛況だったが、世代構成は、ターゲットよりもずいぶん上下に振れ幅が大きい。かれらに向かって終映後、ほんとにたのしかった? と大声で訊いてみたい気持ちに駆られた。

映画『ディスコ』

『ヤング@ハート』()や『ウォー・ダンス──響け僕らの鼓動』()とちがい、こちらは劇映画。おフランスの、けれどもインテリ御用達でなく大衆向けの娯楽作品である。作品の出来としては、特筆すべきものは見あたらない。だが「音楽やダンスによるアイデンティティ再構築もの」という切り口からみれば、これはこれで独自の興味深さをかかえた作品だといえる。

舞台は港町ル・アーヴル。主人公は、かつてディスコ狂いで知られた中年男だ。かれは、うらぶれたこの港町と同じようにすっかり時代から取り残され、何にたいしても熱意がもてず、抜け殻のような日々を送っている。仕事といえば詐欺まがいのウォーターベッドの仲介販売、妻には逃げられ、引きとられていった息子にも会えない。ところが、20年ぶりにディスコ大会がひらかれることになる。いまは英国にいる息子を夏のバカンスのあいだだけよびよせる資金を得るために、ディスコ大会で優勝しようと一念発起する。40歳をすぎたにもかかわらず。

設定、主題、物語から、個々の場面構成にいたるまで、1977年の『サタデー・ナイト・フィーバー』を踏襲している。パロディといえばパロディで、基本線はコメディである。もっとも、こちらにフランス大衆文化のテイストへの理解が乏しいためか、笑っていいものかどうか戸惑う場面にしばしば出くわすのだが。

『サタデー・ナイト・フィーバー』という映画を実際にみれば、よく言われるようなディスコブームの象徴という風俗史的位置づけがどれほど一面的であるかがわかるだろう。フィルムの全体を暗く覆っているのは、米国社会のなかでなんの希望ももてずにいるイタリア系移民の末裔の苛立ちだ。同じようにこの『ディスコ』も、ある種の閉塞感によって蓋をされている。その息苦しさは、けれどもせいぜい息苦しい程度のものであって、『ヤング@ハート』や『ウォー・ダンス』のようにあからさまな「死」でもって縁取られているわけではない。あれに比べれば、本作品の主人公たちの直面するアイデンティティ危機やそれをもたらす状況は、生死の境界を越えて往還せざるをえないような切羽詰まったものではなく、牧歌的にしてむしろ幸福といってもかまわない程度のものであるようにおもわれる。

だが、本当にそうなのか。

本作品の最大の特徴は、音楽やダンスによってアイデンティティ再構築をはかろうとするかれらの挑戦が、その過程においてはともかく、結果においては何かを劇的に変えてしまうことがないものとして描かれる点である。じっさいダンスによって主人公が最終的に手にできるものもじつにささやかなものでしかなく、状況は根本的には何ひとつ変わらない。

裏返していえば、ここで主人公たちが投げ込まれている状況──フランスに限らずポストモダン社会に通有される──や、そこで感じられる漠然としたアイデンティティの危機は、音楽やダンスによる身体の恢復というテーゼをもちだすだけでは、とうてい解消されるような性質のものではないことが示唆されるのだ。

それは、高齢者や紛争犠牲者が直面せざるをえない「死」のように、ある種直接的な形をともなって襲いかかる、誰の目にもそれとはっきり認知できるような恐怖や危機ではない。曖昧模糊としてとらえどころがなく、幸福とも不幸とも言い切ることがむずかしく、それでいながら、その先にはけっして展望を描くことができないでいるような状態。ベタな言い方をすれば、行き場のない息苦しさ、閉塞感などという言葉とともに感じられるものだといえる。

娯楽作品のばあいたいていは、その曖昧な息苦しさのなかで泥臭くあがいてみせることがじつは閉塞を打ち破ることにつながるのだという、冒険譚の話型を踏襲することで、観客の共感を得るべく、一時だけでも現実の冷酷さから目を逸らそうとする戦略を採る。本作品もやはり同じ話型を採用しているにもかかわらず、最終的に語られるのは、少しばかりあがいたところで展望など拓かれることはなく、そもそも何をどう「あがく」べきなのかということさえもが不明瞭なのだという、シニカルな、しかし正確な認識である。

宙づりにされたまま、どうにもならないでいるわたしたちの「生」。それは、ダンスや音楽を媒介とした身体の実在性にすがったところで、それらが無条件に生の確からしさをとり戻してくれるわけではない。それどころか、むしろその宙づりの状態が無限に先送りされつづけることを思い知らされるだけだ。そのようにして漂わねばならない不安こそが、今日の「生」の成り立ちに不可欠なものであり、その現実に含まれるのは、老齢や紛争がもたらすものとは異なるもうひとつの「凄惨さ」にほかならない。そのことを、この気楽な娯楽映画はまざまざと見せつける。

映画『ウォー・ダンス──響け僕らの鼓動』

こちらの作品もやはりドキュメンタリー。『ヤング@ハート』()が高齢者を対象としていたのにたいして、こちらは子どもたちが主役である。舞台はアフリカ・ウガンダ北部の内戦地帯。内戦孤児など紛争の犠牲になった子どもたちが、音楽やダンスをとおしてアイデンティティの再構築を図る。

この作品で強調されるのは、「死」の影からの離脱である。孤児たちは、紛争によって肉親を失ったというだけではない。この内戦において、子どもはむしろ巨大な争点のひとつである。子どもをさらってむりやり兵士にしたてあげ最前線にたたせる事態が恒常化しているため、子どもたちはつねに存在論的な恐怖にさらされつづけている。難民キャンプにいる子どものなかには、実際に大人の殺害への加担を強要されたりした経験をもつ者さえいる。

ほとんど人間であることを剥奪されているような極限状況の凄惨さは、したたるほど濃厚な大自然の描写によっていっそう強調される(演出手法としては常套だが、かなりあざとい印象をうける)。その血塗られた「死」の影のただなかから、かれらを救いだしうる唯一の具体的手立て。それが音楽とダンスである、と描かれる。

アイデンティティを獲得するためには他者による承認が必要だ。子どもたちはそのために、首都──北部の紛争地域とは対照的に平和で近代的であり、落差が強調される──でおこなわれるウガンダ版ダンス甲子園(国家主催らしい)のような全国大会に挑戦することになる。その目標に向けて厳しいトレーニングが課され、そのなかで子どもたちの立場や事情がもたらすさまざまな差異が埋められてゆく。その過程は、音楽を媒介にすることで、かれらが否応なく投じられていた「死」の世界から「生」に向けての脱出行だといえる。そして最終的に、自信と誇りをとりもどすきっかけを得るまでに至る。

その過程で獲得されてゆく「生」は、木琴奏者として認められる少年を除けば、みずからが帰属する部族の一員という形でのアイデンティティ再構築によってもたらされる。内戦によって「死」に包摂されざるをえなかった子どもたちが、アイデンティティをとりもどす過程をとおして、けっきょくはナショナリズムの地平に回収されてゆく。製作者側の意図とは(おそらく)裏腹に、その過程はそれ自体、内戦のようなものとは異なる別の凄惨さを含んでいる。子どもたちもまた、かれら自身の「生」を奪ってきたはずの内戦当事者──政府や反政府勢力と同じ論理の枠組みに着地してゆくのだから。

その観点からすれば、音楽もダンスもむしろ動員のためのメディアとして描かれているといわねばなるまい。

わたしたちがナショナリズム的想像力からどれほど自由でないかを思い知らされると理解すべきなのか、それでも血が流されないだけまし、とうけとめるべきなのか、あるいはその両方なのか。

映画『ブロードウェイ♪ブロードウェイ コーラスラインにかける夢』

とにかく必見である。

ブロードウェイ・ミュージカル『コーラスライン』の2006年再演時のオーディションを追ったドキュメンタリー。邦題は腰が抜けるほどベタだが、そんなことに惑わされてはいけない。ぜひスクリーンで観てほしい。

観終わると、ある種の転倒した感慨がこみあげてくる。というのも本作品は、たぶん1970年代以降のハリウッド産ミュージカル映画のなかでもっとも「ミュージカルしている」フィルムのひとつであるからだ。

ドキュメンタリーなんだけどな、これは──。いや、違う。ドキュメンタリーだからこそ、と理解するべきなのだ。

本作品が「ミュージカルできている」のは、図らずも偶然性がまぎれ込んでいるからである。だからここでの身体は、物語に解消されそうになりながらも、かろうじて踏みとどまっている。この半世紀が、ミュージカル映画の終わってしまったあとの時代(これを「ポスト・ミュージカル映画の時代」とよぼう)であることを鑑みれば、この僥倖はほとんど奇跡的である。企画制作サイドでさえ、ここまでの見通しはもっていなかったにちがいない。本作品はあくまで『コーラスライン』再演という一大プロジェクトの余録、という位置づけであっただろうからだ。

僥倖をよびこんだ基盤は、直接には、実際のオーディションのドキュメンタリーという成り立ち方にあり、けっきょくのところこの点に尽きる。21世紀の身体管理社会においてミュージカル映画を成立させうる狭隘な一筋の回廊を見出したこと。そこに本作品固有の意義が見出されるべきだろう。ただし、つぎに同じ道を同じように抜けようとすれば、たちまち崩れ落ちるかもしれない。

印象に残ったシーンをいくつか。

原案・振付・演出の故マイケル・ベネットの姿を収めた記録映像と、その扱い方にあらわれるかれへの敬意。

コニー役候補者のひとり高良結香さんの審査において、初演時のコニー役で今回の振付担当バイヨーク・リーがダメ出しする姿。過剰なまでに「アメリカ性」を主張するさまは(「物心ついたころから地下鉄の座席のとりあいを経験していなければね」)、いかにもじぶんの力だけを頼りに成り上がってきた移民の末裔らしい。

そして選考においては徹底的に容赦ないのと同時に、候補者にたいしてつねに敬意を払う姿勢をわすれないエイヴィアンはじめ演出スタッフの姿勢。

なお原題は “Every Little Step”。『コーラスライン』のテーマ曲 “One” の歌詞からとられたフレーズである。

フォッシー

一年生向けにメディア論入門のような授業をしている。冒頭を独立したコーナーにして、いろんな映像を紹介する。今年の一年生はひときわ元気がいい。『シカゴ』が観たいとリクエストする者があらわれた。

『シカゴ』は、ミュージカル映画としてはまったくどうしようもない(その学生にとっては意外なことだろう)。観せてもいいが、その歴史的位置づけは多少は知っておくべきだ。というか、たんなるファンならともかく、芸術学科の学生なのだから、ミュージカル映画にも歴史的な流れというものがあること自体をまず知ってもらいたい。となると、ボブ・フォッシーのことを紹介しないわけにはいくまい。そこで、あわせて2-3の作品もチラリと観せることにした。

ボブ・フォッシーは、とりわけここ四半世紀、ある種のアイコンのように熱く語られる。アステアやジーン・ケリーのあとの時代において、ミュージカルそのものを象徴する存在だった。俳優としてはもとより、すばらしい振付師であり演出家だった。たしかに。

だが、フォッシーの踊りも演出も、それがどれだけすぐれていようと、ぼくはけっして好きになることはできない。それはミュージカルの終わったあとの世界を体現するミュージカル作家だったからだ。フォッシーというアイコンは、どうしようもなく陰鬱な影によって縁どられている。

そのことは、フォッシーがしごく若いころにダンサーとして出演した『キス・ミー・ケイト』で、早くも看取できる。このMGM映画は、まさに「終わりの始まり」を、そのダンスのシーン(たとえば “From This Moment On” )において表象しているのだ。この作品を観たときに、なんとも居心地のわるい、ちぐはぐで奇妙な感覚をいだくひとは、たとえ暗黙的にであれ、このことに気づいているだろう。

『キス・ミー・ケイト』の製作年は1953年。『バンド・ワゴン』と同年である。

映画3本

もろもろあって、なかなか映画館に行けない日が続いていた。むろん古い作品ならDVDやビデオでいつでも観ることはできる。最新作も半年待てばいい。だがやっぱり、できることなら、小さくてもいいので映画館で観たい。映画館に行けないような人生は、ぼくの人生ではない。無理やりでも、もっと映画館に足を向けるのだ。

──てなわけで、さほどよく観ているわけではないのだが、最近観たなかから印象に残ったもの3本を簡単に。作品の概要やらストーリーやらは公式サイトなどでご確認を。なお、いうまでもなく、この3本は相互になんの関係もなし。

(1)『かつて、ノルマンディーで』

フランス人著名ドキュメンタリスト、ニコラ・フィリベールの新作(2007年)。かつて自身が助監督として参加した作品では、撮影地ノルマンディーの農家のひとびとが「俳優」として出演した。30年たってその「俳優」たちを再訪し、かれらの当時の経験と、その後の人生とをふりかえる。

「俳優」たちがカメラに向かって語る。海からの風にテーブルクロスがめくれあがる。髪がバサバサとみだれ、背後の空にどんよりした雲が表情を少しずつ変えていったりする。そうしたさまを、画面の端でとらえてゆく。

全体として、私小説に似ている。フィリベールははっきりとひとりの「作者」としてこの作品全体を統べている。作品は、強力ではないかもしれないが、明確にドラマツルギーに貫かれている。観客は、監督をしてこの作品を撮ることを決断させた動機、あるいはこの作品を撮ることによって監督が知ることになった「事後的な」動機を最終的に知らされることになる。

その「動機」は、しかし正直いって、やや失望を禁じえないような凡庸な──無意味だというのではない──ものなのだが、むしろそうした単一の意味に回収されるのを作品自身が拒むかのように、映像は静かにして雄弁である。そのあたりがドキュメンタリーのおもしろさかもしれない。ぼくは最近、海外のドキュメンタリー映画にはまりつつある。

この作品は、フィリベール特集という企画の一環として公開されたようだが、たいへんよい企画である。5月末から京都で上映だとのこと。

なお、本作品で参照軸となる30年前のルネ・アリオ監督の映画は、フーコーの『ピエール・リヴィエールの犯罪』を原作にした作品なのだそうだ(ぼくは未見)。本作品の冒頭で、河出から出ている邦訳書の装幀がちらりと映る。

(2)『うた魂(たま)』

柳の下のドジョウも何匹目かという作品である。ジャズやフラのあとだから、こんどは合唱、というしだいだ。一言でいえば、「貧相」。その貧しさは、90年代以降テレビ局など大手マスコミと代理店主導でつくられるようになってきた日本映画が共有する貧しさである(本作品の製作は、日活・文化放送・朝日新聞)。観客はそれなりに入っていた。それがまた貧しい。

設定も人物造型もプロットも台詞も選曲も、みな教科書どおり見事に類型的で、まったくといっていいほど展開がない。薬師丸さんも残念だが中途半端だった。あんな古典的な不良、いまでも棲息しているのかなあ。北海道の函館付近が設定上の舞台だが、画面に映る風景は、どう見ても北海道のそれでないことが多い(たとえば校舎屋上、主人公の自宅周辺など)。頼みは、うたうことの力だけ。貧しい。

そんなわけで、いかにも今日的な貧しい作品なのだが、貧しいなりに、ぼくは嫌いではない。主人公の自己チューぶりを演じる夏帆もよかった。

(3)『相棒』

これもテレビ局映画。貧しいのに変わりはない。ただ、それなりに映画にはなっており、佳作とよんでよい。

「映画になっている」のは、何もテレビドラマ版にくらべて大がかりで派手なシーンが入っているから、という意味ではない。脚本がまずまずよく練られているからだ。別言すると、しつこい。この種の作劇上のしつこさは物語で見せる映画には必須である。にもかかわらず、70年代以降の日本映画でこれにお目にかかるのは、じつに稀。テレビドラマ派生の刑事物映画はあまたあるが、そのなかで本作品が(めずらしくも)成功しているのだとすれば、その最大の要因は脚本にある。ただ、物語上の論理の焦点が終盤にかけて少しずつズレてゆき、安手のカタルシスに落ちそうになるのは惜しい。

物語の軸に据えられるのは、テロ集団による在外日本人拉致事件だ。2004年にイラクでおきた事件、およびそれにたいする日本のマスコミ・ネットでのバッシングのことを誰しも連想するだろう。もしかすると、これってテレ朝と小学館による(無意識の)贖罪ということなのかもしれない。なんにせよ、フジではありえないことではある。

ぽっかり空いた時間に観た。いかにも定年退職しましたという感じのシニア夫婦の観客が多かった。音声がときどき乱れたのが残念。パンフレットの仕掛けも中高年の客層を視野に入れたものか。

そういえば、和泉聖治の映画で最初に観たのは、『オン・ザ・ロード』だった。いまはどうか知らないが、当時は名古屋ではたいてい2本だて。併映は、たしか大林宣彦の『転校生』だったような気がする。

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