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ゼミ・授業のアーカイブ

卒業生より二人展開催のお知らせ

昨日につづき卒業生からのお知らせ第二弾。こちらはメディア系列一期生の二人(有地慈・シバミノル)による展示の告知です。

有地さん執筆の案内文を貼付します。そういえば、このころは授業で鶴見俊輔さんの『限界芸術論』を読んでいたのでした。

会場は元和菓子屋さんをリノベーションした場所だとのこと。なんか渋そうですね。

どうぞよしなに。

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『ヒロインに告ぐ-「限界芸術」をリブートする-』@あをば荘
会期:7月1日(金)~17日(日) 
会期中の金土日オープン
14:00~21:00(金曜日は18:00~21:00)
会場:あをば荘
http://awobasoh.com/?p=1084

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「限界芸術をリブートする」をコンセプトに、7月に同期のシバミノルさんと二人展をします。
平面作品中心のインスタレーションになるかと思います。
簡単に言うと絵とか細々した生活っぽいもので空間を作ります。

—-
「限界芸術」は鶴見俊輔の「限界芸術論」からとっています。

「限界芸術」とは、王道の「芸術」と「生活」の境界に位置されます。
しかし、その「限界芸術」は、「生活の中で作る人間」ではなく、「外側から発見する人間」ありきの芸術論です。

私たちは、時に作る側となり、時に見る側となりながら生活をします。
その日々の積み重なる経験から「美」の契機を発見し、作品を生み出します。

「生活」に沿う形で制作している私(たち)が、どうすれば主体的でいられるだろうかと考えました。
見つけられたから「芸術」になるのではなく、自らこれは「芸術」だと確信できる瞬間とはどこか、
それを探っていくという試みです。

卒業生よりグッズ作製サイト開設の宣伝

卒業生よりお知らせ、というか宣伝です。

宣伝の内容としては「オリジナルグッズ・同人グッズなどを小ロットで作製できるサイトを開設しました」とのことです。
http://www.taiyosp.com/comic/

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「創作活動・同人活動などされている方や、なにかオリジナルのグッズをつくりたい方はぜひぜひご利用ください!」というのがメッセージです。

会社を説き伏せほぼ独力で作成したサイトとのこと。ひやかしでも見てやっていただけるとありがたく存じます。ただし「ソースは見ないでほしい(笑)」のだそうですが。

なおtwitterはこちら。
https://mobile.twitter.com/kujiraya_goods?ref_src=twsrc%5Etfw

どうぞよしなに。

嘘つきはむずかしい――ウソ・メディア史

前回はエイプリルフール・ネタについて書いた。その続き。

エイプリルフールは一年に一度だけ嘘をついても道徳的に咎められない日、ということだそうだ。「これは嘘ですから」という安全な枠組みが保証されている嘘なら許容されるということであり、それはそれで、嘘というものの力を半減させているような気もする。いや逆に、嘘のもつ力を知っているからこそ、あえて「一日限定」の制約を課していると見るべきか。

人間もちろん正直であったほうがいいのだろう。けれど、だからといって「嘘は一切許されるものではない」などと主張しはじめるのもナイーヴすぎる。事はそれほど単純ではない。嘘は嘘で大事なのだ。

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メディア系列10周年

ぼくが明学に着任してからまる10年がすぎた。それはつまり、芸術学科に芸術メディア系列が新設されて10周年ということでもある。

この間、学内外ではさまざまなことがあった。そんななかで、よくここまでやってこられたなというのが率直な気持ちだ。

知っているひとは知っているとおもうが、美術史や音楽学や映画学などとは異なり、「芸術メディア」という領域などどこにも存在しない。むろん学問分野やディシプリンとしても、そんなものは存在しない。それは、いくつかの異質なものを束ねておくためのラベルにすぎない。それゆえ、右も左もわからないまま着任したぼくがじぶん自身に課すべきミッションは明瞭だった。ここに実体を吹き込むこと、それ以外にはなかった。

そこでぼくは、異質なものを束ねる軸もしくは基盤として、メディア論を捉えなおそうと考えた。この10年間一貫してここで追求してきたのは、さまざまな要素を包摂しつつ、メディア論的思考を学ぶ場をつくるということだった。

ただし「メディア論」といっても、ぼくの考えるそれは世の大半が想像するようなものとはおそらくだいぶ(もしかするとまったく)違う(ぼく自身は「王道」のつもりなのだが)。違うからこそ、上述のようなことが可能だったのだ。だから、口はばったいことを言うようだけど、それは他で容易に真似できるものではない。そんな先見の明がいまの日本の大学業界にどれほどあるのかはともかく。

じっさい、ほかの大学でも芸術とメディアを標榜するようなところがちらほら見受けられるようになってきた。だが、いくら看板が似ていたとしても、内容的に競合するようなところはほぼ皆無である。少なくとも独自の地歩はある程度固めることができたといえるのではないか。ささやかだけれど、ぼくはそう自負している。

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卒業式とマッサージクッション

今年の卒業式はたまたまぼくの誕生日でもあった。卒業式の開催時期は毎年固定されているので、結果的に二年に一度くらいの割合で誕生日と重なるのだ。

当然、学生たちの卒業祝いのほうが優先される。いまさら誕生日を祝うような歳でもないので、それでぜんぜんかまわない。これまで面倒をみてきた学生たちが、なんだかんだありながらも、こうしてぶじに卒業を迎えられる場に立ち会えることは、やっぱりうれしいものだ。

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