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2009羊蹄山 ランクルのアーカイブ

羊蹄山に登る(下)

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お鉢をめぐるには左右どちらから攻めてもよいが、真狩口からなら山頂までは反時計回りが距離のうえでは近い。それに、見たところ山頂付近(東側)は岩場だが、西側はなだらかだ。ならば余力のあるうちに岩場を越えておきたい。

ストックをたたみ、岩場にとりかかる。ところがこの岩場が難物だった。ルートは白いペンキでところどころ示されているが、それでもわかりにくい。大きな岩を乗り越えてゆくと、その先がスパッと切れ落ちていたりする。岩場は巨大な岩が複雑に組みあわさっており、足の置き場もない。うっかりしたら数百メートルも一気に滑落しそうだ。今日は晴天でほぼ無風だからまだしも、雨や風があればひじょうにむずかしい箇所であろう。すでにもう十二分に足腰ヘロヘロ状態なのも追い打ちをかける。おまけに、トキナーの広角ズームレンズ(AT-X124DXII)を買ってうれしかった勢いで、ついついD300を首からぶらさげてきてしまった。これが重くて邪魔で、乏しい体力をなお奪う。

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標準タイム30分とあるところを40分くらいかけて山頂に到着(1025)。記念写真を撮り、しばし休憩。札幌方面の山々が見える。詳しくは知らないが、遠くに見えているのは、おそらく芦別あたりの山ではないか。《あ》に登頂記念のメールを送ろうとiPhoneをとりだすが、あいにくソフトバンクは圏外。隣に坐ったひとのドコモは圏内だそうなのに。しっかり頼みますよ、孫さん。

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山頂のすぐ北側に一等三角点が設置されている。その先は徐々になだらかとなる。小ピークごとにケルンが積んである。比羅夫側のピークには三等三角点も設置され、その陰にシマリスが身を隠していた。本人としては隠れたつもりなのだろうが、大きなしっぽが丸見えだ。九合目から上では、何度もシマリスが登山道を横切る姿を見かけた。

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ゆっくりとお鉢めぐりをしてまわり、旧小屋跡に到着。ここで昼食。昨夕コンビニで買ったパンをかじる。《くんくん》くらいの女の子二人を含む家族連れがカップ麺をすすっている。かれらはまだまだ余力十分といったようすだ。はりきって先に下山していった。

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ぼくはといえば、天候と展望のすばらしさに、なかなか下山する気になれない。双眼鏡をとりだす。ニセコは目の前だ。アンヌプリの背後には岩内が見え、さらに泊原発、積丹半島の海岸線がきれいに見わたせる。その向こうは日本海だ。長万部から黒松内へ抜ける回廊の上にはわずかに雲が出ており、その上には大平山と狩場山の島牧の山々がどっしりとした山容で鎮座している。左手には遊楽部、さらにその左遠くには大千軒、もっと左にパンすれば駒ヶ岳に噴火湾、そして洞爺湖。けっきょく一時間もここに坐って、目の前にひろがる道南の地形のパノラマをながめていた。

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1230下山開始。往路はひたすら上りだったから、今度はひたすら下りである。下っても下っても、なお下る。上りも苛酷だったが、下りも厳しい。膝に痛みが走り、足の踏んばりが効かない。よくまあこんな道を上ってきたものだと呆れたような気持ちになる。ぼくがのろのろ下山していると、あとからきたダブルストックの札幌の女の子に追いつかれ、さらに山頂と旧小屋で少し言葉をかわした大阪の男の子にも追いつかれた。三人で即席パーティを組んで下りる。ふたりともぼくよりはるかに若くしっかりしているので、かれらにはさんでもらっって歩く。むしろかれらに助けてもらってなんとか下りられた、といったほうがいいかもしれない。ふたりとも、本当にありがとう。そういえば、今回の登山でおどろいたのが、登山者に若者の占める割合が大きかったことだ。つい数年前とはえらい様変わりである。

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1545登山口にぶじ帰着した。

ふりかえると羊蹄は夕日に身を染めていた。終日雲ひとつなく、おそらく一年間のうちでこんなに天候に恵まれる機会はそうないだろう。しかし、きつかった。登山者用駐車場で札幌へ帰る女の子を見送り、自前の交通手段をもたない大阪の男の子(朝は同宿のお客さんの車に便乗して来たらしい)をつれてまっかり温泉へゆく。風呂上がりに休憩室へいくと、「今日は足裏マッサージの日です」と貼り紙が出ていたので、迷わずお願いした。

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いよいよ日は暮れかかり、羊蹄の山頂にもとうとう雲がかかりはじめた。大阪の男の子をニセコの宿に送り届けたあと、80km近く離れた島牧へ向けてランクルを走らせた。

羊蹄山に登る(上)を読む

羊蹄山に登る(上)

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話は前後するが、9月23日に羊蹄山(1893m)に登った。北海道へ来てその美しい山容をながめるたびに、いつか登ってみたいとおもいつづけてきた山である。ルートは4本あり、そのうちもっとも整備されているという真狩ルートを選んだ。

函館と札幌の集中講義の終わったら、すぐにでも登りに行きたいのはやまやまなのだが、予報によれば当初予定してた22日は天気がよろしくないらしい。天気待ちのため、まずは島牧へ移動。ガンゼさんのところで一泊したのち、午後、岩内からパノラマラインを越えてニセコに入った。登山口である真狩の羊蹄山自然公園を下見し、近くのまっかり温泉に行く。雨上がりの野に虹がたちあがっていた。羊蹄の姿が正面に見える。その日は羊蹄山自然公園内にある登山者用駐車場にランクルを駐めて車中泊。夜中にお手洗いに出ると、頭上に満天の星が輝いていた。

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0505目が覚める。シュラフが温かくて心地よいため、つい寝過ごしてしまった。身支度を調え、駐車場にある入山届に記入して、0540出発。家族づれでにぎわう感じのいいオートキャンプ場を抜けると登山口である。初めのうちは樹林帯のなかを歩く。ひさしぶりの山登りであり、単独峰である羊蹄は上りがきびしいと聞いていたので、ストックを一本もってきた。

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「秋晴れ」という言葉をそのまま具現したかのようなすばらしい好天である。

三合目をすぎると樹林のあいだから少し展望が効くようになる。低いところには霧がでており、それに隠されて街はまったく見えない。道はひたすら上り、ぐいぐい高度をかせいでゆく。

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一合ごとに標識がつけられている。最初は15分から20分で次の標識に到達していたが、その時間は徐々に延びてゆく。五合目にさしかかるころには、早くも脚が重くなる。

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このあたりから疎林となり、眼下に真狩の街、その背後に昆布岳、さらにその向こうには洞爺湖が光っており、きれいな弓なりになった噴火湾の海岸線が延びていて、その先に浮かぶ駒ヶ岳まで見渡すことができる。少し歩いては景色に目をやり、気を紛らわせる。六合目のあたりで少し楽になるが、その先はまたきつく、苦しい。八合目をすぎるとガレ場のトラバース。けっこう崩れているが、上りでないので身体は楽だ。しかしその先はまた上り。ハイマツ帯に埋もれるようにして九合目の標識がある。ここは避難小屋への分岐でもある。

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その先に小ピークがあり、目の前に尾根がそびえている。登山道は、しかし尾根ぞいではなく、左に入ったところを登ってゆく。日影になったところには大きな霜柱がたっている。

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ここまでくると、脚が重く痛くて、ほとんど前へ出せなくなった。数歩あるいては一服する。前を見ると、急角度の上り道がまだ延々と続いている。しかしその先で荷をおろしているらしき人影も見える。もう一息と言い聞かせて、飴を一粒口に入れる。糖分補給の効果絶大、脚が動きはじめる。ゆっくりゆっくりと登る。

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0935、ようやくお鉢(火口)のへりに到達した。登山口からちょうど4時間だ。ここで小休止。少し休むと、びっしょりかいた汗がたちまち冷える。フリースを羽織っており、歩いている最中はたしかに暑いのだが、この日はけっきょく一日手放せなかった。

羊蹄山に登る(下)に続く

ただいま両松葉

両松葉というのは寿司屋の符牒ではない。松葉杖二本、という意味である。整形のお医者さまによれば。

羊蹄山に登ってから二日後、左膝が痛みだした。登山は近年稀にみるきつさだったから、そのダメージだとおもわれた。市川に帰ってから筋肉痛の薬を塗布したりしてみたが、痛みはかえってひどくなるばかり。左膝は腫れ、曲げられない。のみならず、わずかでも体重がかかると激痛が走る。横になったところで、どんな姿勢をとっても脚の自重がかかるため痛くて眠れない。朝になれば、まるで熱でもあったかのように汗をかいている。それでもびっこをひいて授業に出かけたが、一日終えて帰宅するころにはふらふらだ。翌朝、近所の病院へ出かけていった。

「失礼ですけど」若いレントゲン技師がぼくの膝に目をやりながら言った。「どうみても割れてますよ!」。割れてるというからには、骨のことにちがいない。交通事故など大きな衝撃がくわわらないと、なかなかこうはなりません、などという。おいおい。

待合室では、手すりにつかまってずっと立っていた。座ると膝を曲げねばならず、かえって痛いのだ。待つこと30分、診察室に呼び入れられた。レントゲンをみながら、先生が指摘する。「骨、割れていますね」。写真に映った骨は、たしかにくっきりと割れていた。やっぱり登山中に折ったのか。でも山道でそこまで烈しく転んだ記憶はない。

ところが、続けて先生は驚くべきことをおっしゃった。「これ、最近の怪我ではないと考えます。以前おきた骨折が癒合しなかったのでしょう」

そういわれても、過去に左膝の骨折をした記憶はない。可能性があるとすれば、若いころにバイクで事故ったときだろうか。だがそのときだって病院で診察をうけていて、とくにそんな話はなかったはずだ。見落としがあった、ということなのだろうか。なんだかよくわからない。

いずれにせよ、この二十数年のあいだ、ぼくは左膝に古傷をかかえながら、まるでそれと知らずに暮らしていたことになる。たしかに、疲れてくると左膝に引っかかりを感じることがあったし、膝が痛くなるときは決まって左だった。先生の口ぶりだと、そういう例はたまに見受けられるらしい。

さてそして、膝に水が溜まっていますのでね、と先生が言うやいなやぼくはベッドに横にされ、ぶっとい注射器のようなもので水を抜かれた。「これです」といってみせられたのは、黄色いような緑色のようなきれいな液体だった。「澄んでいるでしょう、最近の怪我によるものなら血が混じっている」と先生はじぶんの所見が裏打ちされて満足そうである。とにかくしばらくはおとなくして腫れがひくのを待つように、といわれる。そして薬の処方をだしつつ、看護師さんに「両松葉ね!」

午後には戸塚の授業に行くつもりだったぼくは(筋肉痛の一種だとばかりおもっていたのだ)、諦めて帰宅することにした。

しかし、なにしろ生まれて初めての松葉杖なので、使い方がよくわからない。看護師さんに訊くと、「左かい? こうやってつかうんだよ」と親切に教えてくれた。バス停まで歩くのだが、なかなか進まない。少し歩いては休み、をくりかえす。慣れていないので、歩調がうまくあわないし、すぐにくたびれるのだ。ふつうなら3分とかからぬところを、よちよちと15分かけて歩いた。初めて表へ出た、歩き始めの子どもみたいだった。

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