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2011奈良のアーカイブ

崇神天皇陵と景行天皇陵──山の辺の道(4/4)

トレイルセンターのすぐ先に、崇神天皇陵がある。多くのナントカ天皇陵と同様、ほんとうに崇神天皇の墓かどうかはわからないらしい。なにしろ宮内庁が封印しており、調査ですら立ち入りを拒んでいるのだそうだ。

巨大な堤を登ってゆくと、そこに壕があり、鉄製のフェンスがそびえている。壕の向こうに巨大な前方後円墳がある。奈良盆地を見下ろしながら壕沿いの道を歩いて上ってゆく。登りきったところに溜池がある、とおもったら、これも古墳だった。櫛山古墳というものらしい。そこには道が通じていたため、子どもたちは走って藪に入っていってしまった。崇神天皇陵は山の中腹にある。眼下に柳本の町を見下ろすことができる。

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夜都伎神社からトレイルセンターへ──山の辺の道(3/4)

山の辺の道はどこもよく整備されている。割栗石を敷き詰めた石畳にの急坂を下ると、集落にでた。木造の大きな建物がある。天理観光農園とある。薪ストーブを焚いているようだ。

  ▲正面にみえるのが東乗鞍古墳らしい

ここからアスファルトで舗装された道路を少し下り、しばらく行くと左折して、畑のなかの道を歩く。正面にこんもりした丘がある。東乗鞍古墳だという。自転車のおじさんがうしろからやってきた。子どもはこんなところに来て退屈だろう、でも日本の文化だからな、この道桜井まで行けるんでしょう? うしろから高齢者の団体が旗を先頭にやってきているから、急いだほうがいいなどと、ほぼ一方的にしゃべって行ってしまった。

その先に、また直売所。ここでは綿の種を売っていた。明治期まではこのあたり一帯は綿の産地だったらしい。和綿と洋綿があるという。《みの》に訊くと、そりゃ和でしょ、というので和綿の種を買う。100円。

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天理駅から永久寺へ──山の辺の道(2/4)

天理駅前の広大な広場から、アーケードの商店街を歩く。アーケードは延々と続いている。黒地に「天理教」とか「ナントカ大教会」と白文字で記されたはっぴを着たひとたちが往来する。商店には、天理教の道具や、本、服、指定の御神酒などがならべられている。《みの》がそれらを興味深そうにながめ、「天理教ってどういう宗教?」と訊ねるので困る。山の辺の道の歩き始めが天理教というのは、それにしても、どんなものであろうという気がしないでもない。

「3月28日、春の学生おぢばがえり」と大書された幕がかかっている。ぢばとは「地場」であろう。おぢばがえりとは、天理教の信者たちが聖地であるこの町を訪れることらしい。そのための宿泊施設が、町のあちこちにみられる入母屋式のやや威圧的な鉄筋コンクリート造のビルなのだそうだ。

天理教本部にでる。やたらにでかい木造のお社である。神社の細部をむやみに強調したような建物だ。マイクで若い女のひとが何やら会合の仕切をしているらしい声が聞こえてくる。広大な広場に入るとき、信者の方なのだろう、神社方式で一礼する。

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山の辺の道(1/4)

天理駅からJR桜井線に併行して、山裾をたどる古道を「山の辺の道」と称している。JR桜井駅まで歩けば約16km、ぼくたちが歩いたのは、そのひとつ手前の三輪駅まで。13kmくらいはあったようだ。たいした予備知識をもちあわせていなかったのだが、じつに気持ちのよいトレイルだった。

行き交うひとも少なく、車もあまり通らない、山の中腹を縫うようにして走る小径だから、子どもたちが大きな声をだしてもまわりを気にせずにすむし、藪から棒を探しだしてふりまわしてもかまわない。そこそこアップダウンはあるが険しくはなく、あちこちにお椀を伏せたような森が残っていて、そこがたいていは古墳なのだった。辻辻に、近くの農家の手作り販売所があって、ミカンや切り干し大根(短冊状ではなく、そいだような形状)、梅干しなどがおかれている。そして道程のほとんどで、右手に奈良盆地を眺望することができる。

一時間に2本しかない2輛編成のワンマンカーでJR天理駅へ。JR西日本が製作している散策マップをもらう。山の辺の道の分岐箇所などていねいに図示してあり、ずいぶん役だった。


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 ▼ 山の辺の道(2/4)

阿修羅

興福寺の境内に鹿がいた。見たかぎり、ざっと20頭。のそのそ歩いている。

実物の鹿を初めてみた《くんくん》は、たちまち気分が高揚した。近くにいた一頭の子鹿めがけ、にこにこ顔で「しかさーん」と駆けていった。

いっぽう子鹿のほうは、高速で接近する《くんくん》を発見するや、頭を少し低くして、《くんくん》のほうへ向かって突進してきた。鹿の頭が《くんくん》の胸に正面からぶつかった。頭突きされたのだ。

《くんくん》の顔は真っ白になった。目はまんまる。あわててこちらへひきかえしてきた。動物の世界は、けっして「かわいい」ものではない。

国宝館に入ると、なかはずいぶん混んでいた。興福寺の国宝が展示されているのだが、ミュージアムというより宝物殿といったほうが適切だ。年代順ではなく、お宝を開陳する、という趣旨である。

なかでも阿修羅像は、国宝館の展示のハイライトであろう。この像は、昨今の仏像ブームの中心にあるともいえる。なにしろ「阿修羅ファンクラブ」(会長みうらじゅん)まである勢いだ。

阿修羅像は、ちょうど千手観音と向きあうような位置にたっている。三面六臂。三面は、ひとつの精神を織りなす三つの相貌とすると、ピカソの人物画そのものである。正面の顔は眉を寄せ、不安をふりはらうようにして、一心に正面にある何かを見つめ、祈っていた。

このたたかいの神は、もう1300年も、こうして祈りつづけてきたのだ。

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