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紀伊國屋書店

書評『荷風と東京』

紀伊國屋書店の運営している書評サイト『書評空間』に書評を書いた。投稿するのは、たぶん一年ぶりくらいではないか。
http://booklog.kinokuniya.co.jp/hasegawa/

とりあげたのは川本三郎さんの『荷風と東京』である。川本さんの街歩きエッセイが好きで、よく読む。この本も単行本で出たときに買ったのだが、なにしろ大部なのと、ぼくが怠慢なのとで、積読状態だった。少し前に岩波現代文庫版で上下二巻本として刊行されたのを期に読んでみた。これがすごくおもしろい。もっと早く読んでおけばよかった。それで書評を書きたくなったというわけ。

『書評空間』というサイトは、たとえば新聞書評や雑誌のそれとは違って、編集サイドからの働きかけが一切ない。書くも書かぬも、どの本をとりあげるかも、書き手の自由。なんら注文されない。締切もない。その代わり、督促もない。最近では担当者もよくわからないくらいだ。

そんなわけなので、ペースはひとそれぞれ。ぼくもとにかく気が向いたときに、とりあげたい本について、好きなように書く。

ただし「好きなように」という表現には多少の留保がつく。個人的なスタンスとして、書評はできるだけ読者や読書を拡げるようなものでありたいとおもっている。だから、せっかく執筆する場を与えてもらえる以上、少しでもその方向に貢献できるような書評を書きたい。そう考えている。

もっとも、かなり気合いを入れないとものが書けない性分なので、現実にはなかなか投稿数は増えない。それもまあ、よし。


桜色の「Scripta」など

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藤井仁子さんから編著『入門・現代ハリウッド映画講義』(人文書院)を送っていただいた。まだ読みはじめたばかりなのだが、ガッツリ系の書名にふさわしい、しっかりした教科書である。教科書といっても執筆者はみな若く、じっさい内容も、できあがった体系の拡張ないし読み直しであって、なかなか野心的である。ご恵贈ありがとうございました。

それから、じぶんの連載(「機械と身体の縫合域」)の掲載誌の紹介でなんだが、『Scripta』7号が刊行されている。紀伊國屋書店各店舗の店頭で無料で手にいられるはず。

今回の小論は「日常と反復──庄野潤三、あるいは山の上の老夫婦の「モダン・タイムス」」。庄野潤三のいわゆる「晩年シリーズ」を導きの糸として、日常生活と行為の反復について考察した。「庄野潤三ファン掲示板」という読者サイトでも紹介してくださっている(ぼくもときどき読み、小論執筆時にも参考にさせていただいた。手入れの行き届いた公園のような掲示板である。こちら)。

庄野作品はずいぶん読んできたが、むろん小論は文学研究や文芸批評を目的としたものではない。かれのテクストから考えされられるのは、むしろ生活するとはどういうことかという点であり、日常生活をメディア論の焦点として捉えなおすというぼくの関心の根幹にかかわっている。

といっていたら、前回の連載を読んだといって若い建築家と都市社会学者が来訪(五十嵐太郎さんのご示唆もあったようだ)。スーパーマーケットやタワーマンションは、日常生活に深く浸透していながら、建築学では正面から論じられることがほとんどない。かれらは、そうした類の建築や空間について考えていきたいという。なかなか目のつけどころがよい。建築家が介在すれば、スーパーマーケットの空間の質をもっとあげられるのではないでしょうか。うーん、スーパーマーケットというしかけは、そもそも建築家のような「主体」を排除したところに成立してるわけですからね。──夏前刊行の建築学会誌『建築雑誌』にインタビューが掲載される予定。

話はさらに逸れてゆく。十数年前、初めて『建築雑誌』という書名を知ったときは絶句した。すばらしすぎる。端的にいう、問答無用といった趣である。のちに伝統的な学会誌のひとつのネーミング・パターンなのだとわかった。『印刷雑誌』はいまも刊行されているし、かつては『土木雑誌』もあった。知的世界の分節の仕方と権威のありどころが、良くも悪くもハッキリしていた時代の産物であろう。いま新たにこれを真似することのできる分野があるとしたら、どこだろう?


秋のスクリプタ

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『Scripta』第5号が届いた。創刊一周年である。パプリカのような、鮮やかな黄橙色の表紙。黄葉のイメージなのかしら? 藤崎編集長によれば、創刊二年目は、カラフルな路線で攻めてみたいとのこと。紀伊國屋書店各店舗で配付中だ(無料)。

ぼくの連載「機械と身体の縫合域」は「買物する身体」がテーマである。川本三郎さんの「バザール都市=東京」をヒントに、これに「スーパーマーケット都市=名古屋」(=わが故郷なのだが:笑)をぶつけ、「買物」という日常的実践における身体性のあり方について論じている。

明日から、秋学期開始である。


夏の Scripta

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『Scripta』第4号が届いた。今号は明るい青色の表紙だ。

ぼくの連載「機械と身体の縫合域」では、今回は島田ゆかさんの絵本『バムとケロのおかいもの』の助けを借りて、「買い物」というフィールドを探索している。これはさらに次号へとつづく予定だ。同誌は紀伊國屋書店の店頭で無料で配られている。機会があればぜひ手にとってみてください。

同号には都築響一さんのエッセイも掲載されている。自費出版についてちらりと触れておられ、興味深い。面白い企画であればあるほど出してくれる出版社が見つからず、けっきょくじぶんで出版社をつくって本を出した、という。形式上はどうあれ、実質的に自費出版であることに変わりない。

出版業界のひとびともしばしば誤解しているのだが、自費出版は別段、出版産業のそれよりも劣る「シロウト出版」を意味するのではない。そこから生まれてくるものは、たしかに玉石混淆であるかもしれないが、それをいうなら出版産業の生産物も同様だ。歴史的に見れば明らかなように、自費出版とは元来、すべてのリスクを著者が負う代わりに、とにかくなにをやっても誰からも文句をいわれないという自由でアナーキーな場のことをいう。読み手の側からいえば、稀とはいえ、予想もしない形で想像域外の「玉」に出会ってしまえることが、自費出版のダイナミズムなのだ。その他の膨大な「石」にしても、当事者やその周辺にとってみれば、かけがえのない「玉」であるに違いない。

だが、ある種の出版社から見れば、自費出版はおいしい商売だ。なにしろ、本来であれば山ほど背負い込まなければならないはずのリスクは、一切合切すべて書き手が負ってくれる。自費出版の出版社が注力するのは、むしろその書き手がせいぜい一時「作家気分」に浸れるようなサービスであるだろう。そうした態度は、出版者や編集者のものというより、むしろホスピタリティ溢れるサービス産業従事者のそれに近い。自費出版をますます煽る出版社が少なくないのは、当然それだけの理由がある。

──というようなことを、先日、日経新聞の取材で話していたところだった。「自費出版」に目をつけるとは、記者の方の視点はさすがに鋭い。「出版学」ではまったく視野からこぼれ落ちているようだが、ぼくが出版をメディア論的に研究しようという若い大学院生だったなら、まず最初に考えるであろうテーマのひとつである。(なおこのときの記事は、6月18日(月)の日経夕刊文化面に掲載された。)


『Scripta』第 3 号

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『Scripta』第 3 号を送っていただいた。毎号表紙の色が違う。今回はごらんのとおり渋い赤。

拙稿コテコテメディア論「機械と身体の縫合域」も連載 3 回目だ。今回は、日常生活のなかでさまざまに経験する「流されること」についての考察である。具体的には、流れるプールとターミナル駅をとりあげてみたが、同様の例は枚挙にいとまがない。流れ周遊するという運動は、近代社会の住人が好むと好まざるとにかかわらず身につけなければならない振る舞いの基本型のひとつであるようだ。

同誌連載の内堀弘さん「予感の本棚──戦前の紀伊國屋書店」からは毎回多くを教えられる。今号紹介されているのは、1930年代の紀伊國屋書店に設けられていた喫茶室のことだ。

人文書空間が成立していた時期、書店はたんに本を販売する店ではなく、それ以上の何かだった。「何か」の中身はいろいろあろうが、そのひとつに「サロン」があった。サロンとは、そこでひとびとが出会ったり語らったりして長時間を過ごし、うち解けることのできる場所のことである。現在の書店からはサロン機能はほぼ失われているが、それでも大型書店や独自性を打ちだす小書店にはしばしば喫茶スペースが併設されている。これは、そうした時代の名残なのだといえる。


雑誌『Scripta』創刊号に寄稿

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紀伊國屋書店はフシギである。全国規模でナショナル・チェーンを展開する巨大書店であり、若手演劇人への支援を長くつづけ、新宿という地域の文化に多大の貢献をしてきた。インターネットでは、オンライン書店だけでなく、これを「書評空間」という本の紹介サイトと組みあわせて運営している(ぼくも何本か寄稿しています)。

紀伊國屋書店は、同時にまた版元──つまり出版社でもある。版元機能を担当している紀伊國屋の出版部が、新しく広報誌を創刊した。『Scripta(スクリプタ)』という。創刊号が今日、届いた。さっそく表紙を撮影。それにしても、わが家のデジカメ(IXY300)は、年季モノのせいか、腕の問題なのか、なかなかうまくピントがあってくれないなあ……(追記:9月7日、画像差し替え)。

ここでぼくは、「機械と身体の縫合域」と題して、初めて連載をもたせてもらうことになった。第1回のテーマは「車窓は踊る」。これまで書いてきた原稿は、わりあい「出版」のメディア論という性格のものが多かったのだが、今回はもう、コテコテのメディア論である。正直、よく載せてくれたものだ。この連載では、「踊る」とか「うたう」とかというように、動詞をモチーフとして、現代社会における「メディア」の様態を析出してみたい。


書評空間に『いわいさんちへようこそ!』をアップ

岩井俊雄『いわいさんちへようこそ!』(紀伊國屋書店、2006)の書評を書いた(コチラ)。メディアアーティストである岩井さんが、愛娘と一緒に遊ぶなかからつくりだした手製のおもちゃや新しい遊びを紹介した本である。キュートな魅力だけではない。いろいろなことを教え、考えさせてくれる。ご一読を。


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