ホッケうまいか

「函館居酒屋ひとり悉皆調査」と称して、居酒屋めぐりをした。悉皆(しっかい)とはしらみつぶしの意味だ。以前に、建築史家の村松伸さんのバンコク調査にお供させていただいたときに教わった。

調査のかいあって(?)、今年は気に入った店が見つかった。五稜郭の交差点から少し歩いたところにある炉端焼きの店だ。炉端焼きといっても、ただ焼き魚がうまいだけではない。マスターが大のエリック・クラプトンのファンなのである。したがって、店内の壁という壁にはクラプトンのポスターが貼られ、大画面ディスプレイには、マスター秘蔵のクラプトンお宝DVDが流れている。そしてマスターは、暇さえあればディスプレイのクラプトンにあわせて、手許のギターを弾く。そういう店のカウンターの隅に腰掛け、地元のお客さんたちの会話を聞くともなしに聞くのは、このうえなく居心地がいい。けっきょく、今回の函館滞在中は夜ごとその店に通ってしまった。

三日目の晩のことだ。マスターのすすめでホッケを焼いてもらうことにした。すると常連客なのだろう、少し離れたところに座っていた洋なし体型の白ポロシャツのおじさんが、マスターに声をかけた。

「ホッケはシマホッケに限る。脂がのっていてうまいからな。一度シマホッケを喰ったら、もうマボッケは喰えない」。

とんでもないことを言いはじめたのだ。いま目の前で炭火に焼かれているぼくのホッケは、むろんマボッケのほうである。マスターはあわてて反論する。「シマホッケは脂っこくて好きじゃない、マボッケのほうがうまいっしょ」。しかし洋なし白ポロシャツは頑として譲らない。「いや、ホッケならばシマホッケだ、おれはもうここ何十年もマボッケなんて喰ったことがないさ。喰いたいとおもわんもんな」。

マスターの応戦むなしく、洋なし白ポロシャツのシマホッケ優位論が場を圧倒した。ぼくは黙っていた。そのうちに、網の上でマボッケが焼きあがった。ほどなくしてマボッケは皿に載せられ、カウンターのぼくの前に運ばれてきた。洋なし白ポロシャツは口をつぐんだ。ぼくは左側約3mの距離から注がれる、かれの強力な視線を感じた。

ぼくがマボッケの身を一切れ、口に運んだ。マスターがぼくに訊く。「うまい?」間髪いれず、ぼくは答えた。「うまい!」。じっさい、うまい。

するとおもむろに、洋なし白ポロシャツはマスターに語りはじめた。「シマホッケはさ、あたりはずれが大きいんだよな」。ようやく事態に気がついたかれは、いきなりフォローに入ったのである。かれが帰ったあと、マスターとふたりで、いいひとだねえと語りあったことは、言うまでもない。