狩場山(北海道)に登る

狩場山に登った。標高1519.9m。北海道渡島半島最高峰なのだそうだ。初めてこの山に登ったのは19年前。以来3, 4回登っているが、最後に登ってから十年以上経つ。そのうち子どもたちと一緒に登りたいとおもっていた。昨年いどむつもりだったが、雨だった。諦めて、賀老の滝を見に行き、帰り道、子どもたちはミヤマクワガタを見つけた。今年は台風13号の九州地方上陸と重なったものの、北海道はさいわい天気に恵まれた。

賀老の滝から先、道はダートになる。15分ばかり行くと駐車スペースがある。そこが登山口だ。すでに10台近くクルマが止まっている。

0950登りはじめ。ブナの樹林帯を歩く。カンバの巨木が横倒しになっている。根っこが壁のようだ。数年前の台風で倒れたものらしい。賀老高原周辺には、こうした倒木を運びだすという名目で伐採作業のクルマが入っているようだった(余談。帰りに通った支笏湖畔のエゾマツ群生林も昨年は多数の倒木が出ていた。今年はそこが根こそぎすっかり伐採されて森が消滅していた)。

歩きはじめて40分ほどたったろうか。3合目の手前に、緑黒色をした肉まん状のものが登山道の真ん中に4, 5個、転がっていた。クマの糞だ。まだホヤホヤという感じである。北海道のひとは見慣れているのかもしれないが、ぼくは初めてだ。ちょっとばかり気が焦る。

5歳の三男《くんくん》は、昨秋、安達太良山(福島県)を自力で歩ききった経験の持ち主である。101cmの身長と短い足にもかかわらず、登山道に横たわるごろごろした岩や太い根っこを乗り越え、大人の肩まで丈のあるササをかきわけて、ちょうど樹林帯の切れ目にあたる6合目までは自力で歩いた。しかし、そこまでですでに登山口から二時間経過している。標準タイムだと登山口─山頂の往復5時間といったところだから、大幅な遅れだ。しかも見ると山頂に雲がかかりはじめている。《くんくん》自身はまだ体力も気力も残っているが、このペースで山頂までいけば午後三時くらいになるだろう。それでは日があるうちに再び登山口まで戻ることはできまい。意を決して、ここから《くんくん》をおぶっていくことにした。ぼくの荷物は、《あ》と上の二人《みの》と《なな》に分けてもってもらう。背負子をもってきていないから、ただおんぶして歩き、比較的平坦で状態のよいところだけは《くんくん》に自力で歩いてもらう。途中、何組かの登山客とすれ違った。子どもを背負った姿に、ねぎらいの声をかけてもらう。

9合目から先は平坦な草原になる。7月ごろなら一面お花畑だろうが、いまの時期花は多くはない。咲いていた白や黄の小さな花々の名をぼくは知らないので、残念だがここに記すことはできない。草のあいだから灰色の大きな岩がごろごろと顔をのぞかせている。《くんくん》によれば、それらはゾウさんやクジラさんや消防車なのそうだ。雲がとれ、日が差し、ひんやりした風が高山植物の群落をわたってくる。大平山など周囲の山々はもちろん、遠く北檜山や今金のほうまで眺望が効く。

山頂到着1325。ユースで用意してもらったおにぎりで昼食にする。ここから尾根沿いに茂津多岬へ降りるルートがある。一度歩いてみたいのだが、距離が10kmと長いこととクマの最頻出地帯なのだそうで、それを考えると二の足を踏んでしまう。おにぎりをほおばり、島牧へ来る途中仁木で買ったリンゴを囓った子どもたちは、腹がくちくなって満足したのか、子犬がじゃれるみたいにして、ひとしきり遊びまわった。

1405下山開始。9合目まではお花畑だから《くんくん》は自力で歩き、その先は再びぼくの背中におぶさる。日のあるうちに、少しでも早く登山口に戻りたい。8合目から7合目にかけて、ごろごろした岩の道を降りていく途中、瀬棚の港や大成の岬の向こうに、西日を背に奥尻島のシルエットが浮かぶ。7合目から先は、以前は7月ごろまで雪渓の残るお花畑を横切るルートが上側に付け替えられ、ササやハイマツをかきわけて歩かねばならない。《くんくん》を背負っていると手がつかえず、足下がまったく見えない。何度か足を滑らしたり、石につまずいたりした。6合目から下は樹林帯になる。ひたすら下降。《くんくん》を背負ったぼくが先頭を行き、そのあとを頬を真っ赤にした《なな》が着いてくる。《あ》につづくしんがりの《みの》は、ときどき「ピィー!」と笛を吹く。クマよけである。3合目にさしかかったとき、《みの》の笛はひとしきり大きく吹かれた。クマの糞は朝と変わらず、ずっと以前からそこにあるようにして、登山道の真ん中に鎮座していた。さらに歩く。登山口にたどり着いたのは、1700ちょっと前。約7時間の行程となった。

背中の《くんくん》は体重17kg。背負って歩いているときは不思議とあまり重いとは感じなかったが、おもわぬ「歩荷訓練」になった格好だ。しかしこんなことができたのは、いくつかの偶然の好条件に恵まれたからであって、例外的なことだ。第一、ここしばらく北海道はずっと天候が安定しており、登山道が乾燥していた。ぬかるんだ箇所がほとんどなく、そのため比較的滑りにくかった。第二、登山中もまた天気が穏やかだった。第三、狩場山は何度か登ったことがあり、多少はようすがわかっていたため、見通しが得やすかった。第四、《くんくん》が、まだ背負うことのできるギリギリの体重だった。

下山後、モッタ海岸温泉まで走った。塩っぱくて熱いお湯は源泉掛け流し。いかにも北海道の温泉らしい温泉のひとつである。そのあと、ガンゼさん、オシメさん、シュンスケの待つ島牧ユースに向かって、日の暮れた229号線をランクルで走って帰った。