フォッシー

一年生向けにメディア論入門のような授業をしている。冒頭を独立したコーナーにして、いろんな映像を紹介する。今年の一年生はひときわ元気がいい。『シカゴ』が観たいとリクエストする者があらわれた。

『シカゴ』は、ミュージカル映画としてはまったくどうしようもない(その学生にとっては意外なことだろう)。観せてもいいが、その歴史的位置づけは多少は知っておくべきだ。というか、たんなるファンならともかく、芸術学科の学生なのだから、ミュージカル映画にも歴史的な流れというものがあること自体をまず知ってもらいたい。となると、ボブ・フォッシーのことを紹介しないわけにはいくまい。そこで、あわせて2-3の作品もチラリと観せることにした。

ボブ・フォッシーは、とりわけここ四半世紀、ある種のアイコンのように熱く語られる。アステアやジーン・ケリーのあとの時代において、ミュージカルそのものを象徴する存在だった。俳優としてはもとより、すばらしい振付師であり演出家だった。たしかに。

だが、フォッシーの踊りも演出も、それがどれだけすぐれていようと、ぼくはけっして好きになることはできない。それはミュージカルの終わったあとの世界を体現するミュージカル作家だったからだ。フォッシーというアイコンは、どうしようもなく陰鬱な影によって縁どられている。

そのことは、フォッシーがしごく若いころにダンサーとして出演した『キス・ミー・ケイト』で、早くも看取できる。このMGM映画は、まさに「終わりの始まり」を、そのダンスのシーン(たとえば “From This Moment On” )において表象しているのだ。この作品を観たときに、なんとも居心地のわるい、ちぐはぐで奇妙な感覚をいだくひとは、たとえ暗黙的にであれ、このことに気づいているだろう。

『キス・ミー・ケイト』の製作年は1953年。『バンド・ワゴン』と同年である。