《てんてん》の災難

階下がなにやら騒がしい。訊けば、猫の《てんてん》が走りまわっているという。

ものすごい勢いで部屋から部屋へと駆け抜けいき、たちまち戻ってくる。壁に頭をぶつけてもかまわない。ときどき彼女はそんなふうに暴れん坊と化して、うちのなかでひとり狩りごっこをして遊ぶことがある。だが今日のようすは、明らかにそれとは違った。気も狂わんばかりの勢いで、もう必死に暴れまわっているのだ。

原因はビニール袋だ。三男《くんくん》が学校でつくった工作の作品をもって帰ってきた。それを入れていたビニール袋を発見した《てんてん》が、つついたり鼻先を突っ込んだりして遊んでいるうちに、把手の部分がうっかり彼女の首にひっかかってしまったのだ。

《てんてん》にしてみれば、怖くて仕方ない。逃げても逃げても、半透明のパリパリいう物体がぴたりとくっついて離れることなく、どこまでも追っかけてくる。しまいには納戸の奧に入り込んで、出てこなくなった。

頃合いを見計らって納戸にいく。いまはつかわなくなった乳児用おもちゃのクルマを動かすと、尻尾のようなものがみえた。段ボール箱をどける。《てんてん》がいた。困ったように、こちらをみていた。そっと手を伸ばして、首にひっかかったビニール袋をはずしてやる。

《てんてん》はその間じっと動かずにいたが、しばらくすると、ゆっくり歩いて物陰に隠れた。尻尾は、途中でちぎれたかと見まごうばかりに、まだ太くふくらんだままだった。