サンライズ瀬戸に乗る

ゼミの打ち上げを兼ねた合宿。今年は香川県に行った。今回よかったことのひとつは、往路にサンライズ瀬戸に乗ったことだ。選んだのは学生である。夜行列車に乗ったことがない、という理由からだった。

いまや夜行列車は絶滅危惧種である。その傾向自体はぼくが学生のころにはすでに見られ、夜行列車は十分に衰退しかかっていた。だが当時はそれでもまだそれなりには残っていた。急行八甲田や津軽で北海道へ行き、利尻・大雪・まりもといった道内の夜行急行を利用し(もちろん寝台ではなく座席しか利用しなかった)、東京大垣間の夜行普通列車で名古屋へ帰省するなどしていた(無名だった通称大垣夜行はその後「ムーンライトながら」となり、いまは定期運行をしていない)。

しかし、とうとうこのたびのダイヤ改正で、夜行列車の定期運行はいよいよ壊滅的になるらしい。そういえば、上野青森間の寝台列車あけぼのが(定期運行としては)最後の発車になりますという報道を、その後四国で見た。

サンライズ瀬戸は、その数少ない生き残りである。それは移動手段というよりも、乗車するという体験そのものがイメージ化して消費の対象となっているという意味で、参加体験型の「走る観光地」と化している。良し悪しはともかくとして。じっさい、ぼくらが乗車したときも、今日もほぼ満室でしてと車掌さんが話していた。

サンライズ瀬戸は285系の電車寝台である。

電車寝台といえば、かつては583系であった。ずっと昔に青森から臨時の日本海に乗ったことがあるが、これが583系であったと記憶している。三段寝台で寝台は高さがなく、上体をおこすことさえ困難だった。とくに真ん中の寝台は、ほとんど書類入れのような状態だった。

あれに比べれば、サンライズ瀬戸ははるかに快適だ。ほとんどが個室化されており、内装はきれいめのビジネスホテルふう。さすが観光列車である。

今回ぼくたちが乗ったのは、下位クラスのB寝台ソロだ。3号車はモーター搭載車であるため、二階建てが多い他の車輌とちがって、一層のみ。個室の配置が上下にパズルのように組みあわせられている。通路は狭く、大人どうしのすれちがいは困難。個室は大きめのカプセルホテルくらいの広さであった。肥っていたり背がとても高かったりすると、ややつらいだろうが、ふつうの体格なら、まあ問題ない。

扉はオートロック。テンキーに暗証番号を設定してつかう。ぼくはさっそく設定に失敗して閉めだされてしまい、車掌さんに助けてもらった。

扉をあけるといきなり階段があらわれる。四段登ると、ベッドだ。幅は狭い。窓が大きくとってあり、寝返りをうつとおっこちそう。窓は上部が屋根まで少しまわりこんでおり、ディフェンダーのアルパインウインドウのよう。開放感がある。

枕元には、寝間着、枕、毛布がおかれ、空調や照明、ラジオの調整卓があった。

ひとりで寝る分にはとくに問題はない。荷物は階段のところに置ける。ごらんのとおり、工夫をすればコンパクトタイプの傘を干すこともできる。

東京駅2200発。品川あたりで明学のある方角をながめながら(校舎は見えないけど)、車内でオールフリーを飲む(念のためアルコールは避けた)。そして早々に寝てしまった。

学生たちは、ラウンジでカードゲームをして遊ぶつもりだったらしい。だがラウンジはさほど広くなく、椅子が窓向きに固定されているために、諦めたらしい。それぞれの寝台に引っ込んだあと、LINEでやりとりしていたという。

明け方、目をさめたら、東大阪を通過中だった。遅れているらしい。二度寝したあとも、列車はまだ兵庫県内を走っていた。そのあとごろごろと本四連絡橋をわたり、定刻より1時間半近く遅れて終点高松に到着した。途中、強風のため静岡県内で長く停車を余儀なくされ、また明け方には伊予灘で地震が発生した。その影響であった。

車内放送で遅延を詫びていた。影響をうけて大変だったひともいただろう。ぼく個人としては気楽なもので、そのぶん長く乗車できたと満足であった。