木村秀雄先生最終講義

木村秀雄先生の最終講義を聴講してきた。会場の大教室には大勢の参加者が詰めかけていた。現役の院生たちだろうか、若いひとの姿もけっこう目に付いた。

木村先生は、アマゾンやアンデスの先住民族を対象に長年フィールドワークをされてきた文化人類学者であり、ぼくは以前、先生の単著『水の国の歌』の編集を担当させていただいたご縁がある。またレヴィ=ストロース『神話論理』などの重要な訳業もあり、この方面で《あ》もひとかたならぬお世話になっている。

さらに先生は、若い頃に海外青年協力隊に参加されたご経験をおもちで、近年は「人間の安全保障」プログラムを立ち上げて国際協力で活躍するひとたちを育てておられる。その活動の幅は、ぼくがお付き合いさせていただいていたころよりさらに拡がっているようだ。だから弟子筋も、人類学、中南米の地域研究、国際協力と三系統にわたっている。

この日は三部構成で、第一部と二部は、こうした多岐にわたる木村先生のお弟子さんたちの発表だった。ぼくにとって、人類学は専門というわけではないけれど興味はあるので本はそれなりに読んでいるし、国際協力の話はワークショップへの関心と重なるところもあって、いずれの発表もとても刺戟になった。

第三部は木村先生のご発表だった。「クリュタイメストラーとアンティゴネー:王権と秘密の物語」と題されたもので、ギリシア神話の再解釈の試みだった。本題はあくまで中央アンデス農村部の社会経済の理解にあり、それを解くための練習問題だという。個人と制度のせめぎあいを、もろもろの属性(社会的に付与される意味)をとりはらって捉えるという観点は、いうのもおこがましいけれど、拙著でぼくが試みたこととどこか通底しているようにもおもわれた。

司会の方が、最終講義ではなく予告編といっておられたが、まさにそのとおりだった。じぶんの課題にこつこつと粘り強く取り組みつづけておられる姿勢は、ぼくにとって研究者のひとつのモデルである。温かく親しみに満ちていながら、学的誠実さという芯は揺るぎない。それはこの日の会場をつつんでいた雰囲気であったのと同時に、木村先生のお人柄そのものでもある。