メディア論の視座

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今日は911

また911がめぐってきた。 ぼくが見たかぎりでは、テレビもネットも目先の主題を追うのに忙しく、そのことに言及するものは思いのほか少ないようだった。 あれから12年。 あのとき、911で世界は変わった、などと声高に叫んでいた...
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ベンチと液状化跡──舞浜駅前調査余録

舞浜駅前の調査にかんする余録を二つ。 その1。ディズニーランド来訪者の動線からはずれるが、空中歩道から地上へ降りてみると、東日本大震災のときの液状化の被害がまだかなり残されていることに気づかされる。いたるところ地面は波打ち、アスファル...
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付箋とブリコラージュ的発想

この記事が公開されるころにはぶじに終了しているはずなのだが、先週の木曜から今日まで、芸術メディア系列の同僚である岡本先生・古川先生と一緒に、3年生を主たる対象とした集中講義(芸術メディア論特別演習)をおこなっていた。 「授業」...
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『しょうちゅうとゴム』上映会

『しょうちゅうとゴム』の上映会にいってきた。 1962年3月に教育テレビで全国放送された作品である。制作はNHK名古屋。演出・小中陽太郎、脚本・小田実、音楽・高橋悠治、主演・芦屋雁之助。NHKには映像は残っていないとされてきたのだが、...
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メディアの意味が変わった?

「メディア」の意味が近年変わってきた、と某紙に書かれていた。いわゆるソーシャルメディアの台頭がその要因なのだそうだ。 そうなのか? こういうものの言い方が平然とできてしまうという前提には、これまではメディアといえばマスメディアの...
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街歩き都市、東京

街歩きが好きだというゼミ生がいる。卒論もそちら関係で書きたいという。もうひとりのゼミ生と三人で歩いてみようということになった。 白金の明学の正門前から出発。白金商店街→四の橋→愛育病院前→グランドハイアット前というかヒルズ前→全日空ホ...
その他の散歩旅

広野町と高野病院

大飯原発再稼働の報道が一面を飾ったちょうどその日(6月9日)から、朝日新聞の「プロメテウスの罠」というコーナーで「病院、奮戦す」と題した連載が始まった。その重要な舞台が福島県双葉郡広野町にある高野病院である。高野病院は、30km圏内で「避難...
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なぜ原発PR施設か

日本にある原発PR施設を全部見てまわる。そう決めた。この間つらつら考えてみた結論である。 試しに数人にたいして「こんなことをしてみようとおもうのだけれど」と話を振ってみた。反応はきれいに二分された。「重要だよね」と「それって何か意味あ...
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ひと区切り

ここ数か月追い込み作業にかかっていた論文に、ようやくひと区切りついた。いったんぼくの手を離れることになり、昨日宅急便で運ばれていった。 リンゴやヤマブキの花はとうに終わってしまった。今朝気づくとナツツバキが花を咲かせていた。
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経験の量

高校サッカーの決勝戦を観た。といってもテレビ観戦だ。 子どもたちは千葉生まれ千葉育ちの千葉っ子だし、《みの》など同年代なので、とうぜん市立船橋高校を烈しく応援する。最後に延長戦後半に市船が勝ち越しを決めたときは、《みの》と《なな》はひ...
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