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映画『時をかける少女』(細田守監督)

細田守監督の『時をかける少女』は、なかなか勇気ある映画化だといえる。

筒井康隆の原作が発表されたのが1967年。それから約40年のあいだに、映画やテレビで何度も映像化され、南野陽子や内田有紀やモーニング娘。といった、そのときどきの人気アイドルが主人公「芳山和子」を演じてきた。こうしたアイドル定番ものの先駆けとなったのは、原田知世が主演し、大林宣彦監督が撮った1983年の劇場版である。この1983年版は昨今伝説的などと持ちあげられていたりもするようだが、当時の原田はまったく表情がコントロールできず、見ているほうがヒヤヒヤと心配になるような演技ぶりであり、しかも脚本は冴えず演出は自己満足的だった。しかし出来のいかんはともかくとして、この大林版『時をかける少女』が、その後につづく当代の人気アイドルをつかった定番作品のひな形となったことはたしかだ。それを、またしても、あえてアニメで劇場映画化するという決断には、多少とも冒険的な判断が介在しただろうと想像される。同作品の映画化は、じつにこれが三度目。『オペラ座の怪人』なみである。

この細田版『時をかける少女』、しかし作品としての完成度は高い。大林版よりもずっと映画らしく、きっちりとまとまっている。脚本は、後述する一点をのぞけばよく練られている。ボケ気味の背景の息を呑むようなうつくしさと、ことさらにアニメチックにフラットに描かれたキャラクターのとりあわせによって、微妙に均衡が崩れはじめている世界のあやうい感じに独特のリアリティを与えている。これは後半、時間の止まる場面への伏線となり、同場面に最大の効果をもたすことへとつながっている。

細田版のこの成功の基盤は、芳山和子を主人公とした原作および先行諸作品を踏襲せず、その姪である女子高生「紺野真琴」を独自に創作し、主人公に据えた点である。だから、この作品は、1983年の大林版のその後の物語なのである。

原作の設定を活かしつつ、オリジナルの物語が展開する。物語の鍵を握るのは、30代後半になっても未婚で──ということは、大林版の約20年後ということだろう──いささか浮世離れした感のある芳山和子である。彼女は上野にある東京国立博物館で絵画修復の仕事に没頭しているのだが、そのキャラクター造形が心なしか近年の原田知世に似ているのも、したがって偶然ではない。ここで和子は、大林版の世界と細田版のそれとを媒介する巫女の役割をはたすからだ。

じっさい、真琴はことあるたびに和子叔母のところへ出かけて、なにかと相談をもちかける。和子叔母の言葉は、真琴の意識や行動の変化に決定的な影響をおよぼす。とりわけ物語の終わり近く、和子叔母のアドバイスにしたがって、真琴はそれまで彼女が避けてきたある行動に出る。その結果真琴は、苦い現実と、核心的だがどうしようもなく切ない幸福感とを手にすることになるわけだが、これは20年前ちょうど真琴と同じ年齢だった和子が手にしたものと同型のものである。すなわち、この結末は、真琴の20年後を暗示しているのだ。ここで物語が、その主人公である少女と元少女とに課す運命は、徹底して残酷であるといわねばらないだろう。

しかしこの残酷さの幾割かは、メッセージの内容としてというよりも、作劇上の論理的な破綻に起因しているようにおもわれる。というのも、物語の軸となる「タイムリープ」、すなわち時間を遡行する行為の描き方において、いわゆる時間旅行のパラドクスが整理されていないからだ。ここでは時間は一本の直線のような流れとして想定されているようなのだが、数分前に遡ってやりなおす真琴は、その数分前の世界に存在するはずのもうひとりの(つまり数分前の)真琴とは出会わない(声だけ聞こえる場面がある)。しかも何度タイムリープしても、物語上の真琴の視点はひとつに統一して描かれているため、主人公たる真琴は、その世界ではない別の可能世界の記憶をも併せもちつつ実時間よりも長く生きていることになってしまう。だから、物語の筋がうまく収束せず、むしろさんざんタイムリープを経験して、その世界のひとびとよりもじっさいには多くの時間を経験してしまった(=余計に歳をとった)真琴が、もはやタイムリープする力を失ったはてに、いつ到来するとも知れぬ「未来」を待望するしかない現実に置き去りにされるように見えてしまう。これはおそらくは製作者側の意図するところではないだろうから、細田版のパラドクスともいえる様相を呈している。

けれども、この細田版の最大の謎は、じつは作品の物語世界の内部にはない。それは、この作品がいったい誰に向けてつくられているのか、という点にある。

内容的に見るのであれば、明らかにジュブナイルものであり、となるとターゲットは十代の中高生といったところであるだろう。じじつ筒井康隆の原作も、映像化された先行諸作品も、この路線を踏襲していた。細田版においても、たしかにジュブナイルものという側面は持ちあわせている。宣伝もその線で行っているかもしれない。しかし、この作品はもっと複雑だ。より正確にいうなら、もっと倒錯している。なぜか。これはアニメでつくられた「青春アイドル映画」だからである。

なるほど、ここには生身の人間としてのアイドルはひとりも登場しない。当たり前だ、これはアニメ映画なのだから。しかし、アイドル映画とは、アイドルとよばれる特定の人間の出演している映画のことをさすのではない。たしかにアイドルとは多くのばあい特定の生身の人間をさしてよぶが、それは、その身体をもった人間自身というよりも、その人間がある理念を代理している状態ととらえるべきなのだ。

アイドル映画の観客たちにとって、アイドルは必ずしも生身の身体を必要しない。細田版は、このことを証明している。ボーイッシュで、勝ち気で、やや直情的だが気持ちがよく、照れ屋で、心根のやさしくて清々しいヒロイン真琴。今日のスクリーンのなかでは絶滅危惧種といえる定型的かつ典型的な女子高生である彼女を、観客たちは、アイドルとして見に来ているのだ。

そして青春アイドル映画とは、理念の代理としてのアイドルが、理念的な状況のなかに配置されることである。理念的な状況とは、定型的なシチュエーション、定型的な物語といったものである。アイドル映画は多くのばあい、たとえば『伊豆の踊子』のように同じ物語がくり返し用いられたり、当代人気の小説・マンガなどを原作としたり、あるいは「お約束」的な類型的なシチュエーションやプロットを援用したりするのは、このことによる。

『時をかける少女』において、それは「ほろ苦い初恋の物語」である。この類型的プロットを、細田版では「青春」の類型的テイストによって、手際よく味付けされている。たとえばそれは、小さなことにくよくよ悩むことであり、抜き打ちテストで満点をとってみたいという欲望を達成することであり、初恋の予感に狼狽することであり、同級生の男子二人との「友情」の微妙な距離感の永続を望んでみたりすることである。ロングショットで撮られる夕焼けのなかでの別れの場面は、こうあってほしいという「青春」の典型的な場面そのものだ。この「青春」の描かれ方は、いま現在の十代の少年少女たちのものであるという以上に、いわゆるアニメ世代というか、三、四十代の男性にとっての理念という、いたって観念的なものである。この作品は、現在においても、こうした甘酸っぱい夢が生き続けていると、そして中年になっても当時の清らかな心を完全には失っていないと思い込みたいわたしたちの願望を十二分に満たしてくれる。その意味で、まさにこの映画は、ありえない「青春」の様相をスクリーンに見出して満足するナルシシズムの装置である。

はたして、ぼくが見た平日の午後の回において、観客の圧倒的多数は男性だった。十代とおもわれるカップルもむろんいたが、むしろ二十代から四十代くらいまでの、ちょっと職業不詳の感じのおじさんたちの姿が少なくない──というより異様に多いのが目をひいた。ま、ぼくもそのうちのひとりであったわけだが。


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