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やりませんか?

テレビ番組の制作プロダクションをやっているというひとがやってきた。デジタルストーリーテリングに興味があるので教えてほしいということで、前に一度だけ会ったことがある。今度はなんの用事かとおもったら、こう言うのだ。

「デジタルストーリーテリングの共同研究をやりませんか?」

教育工学やデジタルアーカイヴ系の研究者と組んで、デジタルストーリーテリングのノウハウを確立して広めたいという(かれは「技術」という言葉をつかった)。そしてコーディネーターはかれ自身がやるのだという。

即刻お断りした。

こういうときにいつもおもうのは、相手に悟られぬよう、けれどもきっぱりお断りするエレガントな術を身につけていればどんなにいいだろうということだ。しかしそんな便利な持ちあわせはなく、かといって中途半端に曖昧なことをいうのも性に合わない。変に期待をもたせるのもお互いにとって不幸の素だ。だから、申しわけないのだけれども、ストレートにはっきりものをいう。

お断りする理由は、あらゆることだといってもいい。

まずそういうことなら、ぼくはすでに何年も前にメルプロジェクトでさんざんやった。その経験を踏まえて今は少し違うフェイズに移行している。現時点で共同研究を立ちあげたところで、こちらの利得が不明である。かれ自身に学際的共同研究のような難しいプロジェクトをとりまとめる能力があるのかどうかもわからない。共同研究の相手とやらにぼくは会ったこともない。助成を受けることにともなって発生する厖大な事務を誰がどう処理していくか、その体制についてなんら考慮されていない。そもそもプロジェクトなのに目標が不明朗だ。かれはしきりに海外事例のリサーチ(テレビ屋さん的にいうリサーチだから、ようは「見学」のことだ)の必要性をいうのだが、そんな脱亜入欧的というか、キャッチアップ式の発想は、はっきりいって時代遅れである。そのくせ、ぼくのところで何年もやってきたデジタルストーリーテリングの実践蓄積については(そこにはそれこそ厖大な「ノウハウ」が埋まっている、もっともノウハウだけじゃ全然ダメなのだが)、さして「リサーチ」した形跡はない。

ただし、こうした個別の事柄をかき集めて検討し、お断りしたのだというと、ちょっと違う。論点を整理すれば上のようになるのであって、それに先だつ直観があった。早い話、どうやら筋が悪いぞ、と直観したのが最初なのだ。

話を聞いていくうち、その直観が的外れではないことがはっきりした。すなわち、かれの真意は、財団から助成金を引きだすことにあった。そのお金で、海外事例の見学(「リサーチ」といってあげてもいいのだけど)に行きたいのである。身も蓋もない言い方をすれば、共同研究の話はそのダシ、なのだ。

むろんそのテレビのひとの言動は悪意があってのものではなさそうではある。デジタルストーリーテリングに関心があるのは本当だろうし、バークレーにあるデジタルストーリーテリング・センターのワークショップにも参加している。

しかし、悪いひとではないが、謙虚でもない。

ネット検索で得たわずかな知識と一度のワークショップ参加経験だけで、何もかもわかった気になり、何事かを差配できる資格をもっていると思い込む。端的にいえば、勘違いである。一般的にいって、この種の発想の源には、じぶんが何か特別な立場にあるという暗黙の、そしてたいていは無自覚な前提がある。マスコミ業界人にありがちな傾向である。研究者のなかにも「テレビ」といわれればたちまち追従するひとがいるのかもしれない。そうした態度も、こうした傾向を助長してしまうのだろう。それでも他の分野の専門家なら、まだいい。ぼくの専門はメディア論だ。そんな無邪気なわけがない。

誤解のないように付けくわえておきたい。デジタルストーリーテリングについて話をしたり、議論をしたりすること自体は、ぼくは大歓迎である。ワークショップも、事前に連絡さえくだされば、誰でも見学してもらってかまわない(むしろぜひ見てほしい)。それがデジタルストーリーテリングの発展や普及につながるのなら、よろこんで協力する用意がある。

手前味噌にはなるが、ぼくは試行を含めれてかれこれ6-7年ほど、デジタルストーリーテリングの実践を積み重ねてきている。その間制作した作品本数は、ちゃんと数えたことはないけれども、150本は越えるはずだ。その蓄積の厚みは、たぶん国内では随一であろうと自負している。しかも、たんに長く実践してきたというだけではない。そのなかで方法論を整理し、思想的な検討をくわえてきている。それを還元してゆく責務は当然ある。

ただこれまで、ぼくはじぶんの実践蓄積について、まとまった形で発表したことがない。ウェブに作品をあげているのと、短い文章を2-3書いただけだ。だからぼくのところに蓄えられた知恵は、関心があったり必要としたり、あるいはこれから関心をもつかもしれないひとたちには、まだまったく知られていないだろう。

デジタルストーリーテリングについて、やっぱり本を書かねばならないな、とあらためておもった。興味をもってくださる方いらっしゃいませんか?