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ロードサイド的、郊外的

ロードサイドの風景の写真を撮ってきた。散歩がてらに近所をちょっと歩くと、こうした光景はいくらでも見つかる。というか、似たような風景は日本じゅうの「」にあふれている。

はっきりいって、わざわざ写真を撮りたくなるような風景とは呼びにくい。それが、ふつうの感覚だろう。そのせいなのか、撮影をしていると、道行くひとや自動車で通りすぎるひとたちから「こんなところで何してんだ? このオッサン」的な視線をばしばしと浴びせられる。もうたいがい慣れたのだが。

ロードサイド的というか、郊外的なものについては、20世紀後葉ではもっぱら批判の対象であった。逆に近年では、ここにこそ可能性があると称揚されることが多い。

』で論じたように、ぼくもロードサイド的、郊外的なものの今日的な重要性にあらためて注意を払うべきだと考えている。

ただし、それは、それらを単純な批判や称揚の対象として、つまりそれ自体がもつ価値を直接問題にするというような次元での話ではない。批判は大切だが、それ自体が目的化すれば破滅的になるだけだ。逆に、ただ称揚するのであれば、それは批判の裏返しにすぎない。

ロードサイド的・郊外的なるもののが重要なのは、ひとえにそれが現にわたしたちに与えられた条件、「現実」であり「現在」であるからだ。それ以上でもそれ以下でもない。

そのような地点から出発するからこそ、建設的な展望を拓くことへつながりうるのだとおもう。

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