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イメージの下町、メディアとしての浅草

先月のことなのだけれど、浅草へいってきた。《くんくん》の学校の夏の宿題で、「下町の建物の絵を描いてきなさい」という課題があり、その取材につきあったのだ。

《くんくん》自身は「下町ってフナバシだよね?」というくらい、最初は何も知らなかった。そのあとじぶんで下調べして、いちおうなんとなく「下町」の場所はわかったらしい。対象とする建物は雷門にしたという。

それで京成電車で浅草までつれていった。地上にあがれば、ほぼ目の前が雷門である。

夏休みシーズンとて、浅草は大量のひとで埋め尽くされていた。かなりの割合が外国人であるようにおもわれた。飛びかう言葉の半分以上が中国語、という印象でさえあった。

雷門の前で、《くんくん》はもってきたカメラをかまえて神妙な顔をしながら写真を撮った。スケッチをするのではなく、あとで写真を参照して絵を描くらしい。

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目的ははたしたということで、あとはあたりをひとまわりしてみることにした。仲見世を歩いて浅草寺の本堂前で、お線香の煙を浴びてから、おまいりした。

花やしきのほうへ歩いてみた。ぼくたちは外からながめただけだったが、なかはけっこう賑わっているようだった。

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花やしきのもたらす愉しさは、やや倒錯したものである。遊戯機械がもたらす愉しさとしての恐怖より、むしろ機械の老朽ぶりや、園外へ飛びだしてしまいそうなくらいの狭さがもたらす恐怖のほうがはるかに大きい。そして入場者たちも、そうしたやや倒錯した恐怖を味わいにやってくる。

老朽化した遊園地(あるいは深夜の遊園地)がなぜ不気味に感じられるかというのは、けっこう重要なテーマであるのだとおもう。『ディズニーランド化する社会で希望はいかに語りうるか』と『アトラクションの日常』の著者としては、一度まじめに考えるべき主題かもしれない。

花やしきのすぐ西側にあるパチンコ屋の前に、凌雲閣の碑を見つけた。いわゆる「」のことだ。iPhoneで碑を撮ったが、写真はピンぼけ。

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宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』のなかでも描かれていたとおり、一時は日本でもっとも人気を集め、近代的な視覚の象徴でもあったこの建物は、関東大震災の折に倒壊したと伝えられている。

浅草といえば、下町の代名詞のようにいわれる。現在の浅草自身、それを自認しているように見える。

しかし、江戸時代以来の「下町」がいまも浅草に保存されているというほど、ことは単純ではなさそうだ。

浅草にかぎらず、かつての東京の下町には(一部の例外をのぞいて)広くいえることかもしれないのだが、関東大震災と戦災、さらに高度成長期とバブル期というぐあいに、何次かにわたって街の様相は根こそぎに変わってしまっている。かつての面影は、いうほど残ってはいない。そのことは、両国生まれの小林信彦や、人形町生まれの植草甚一など、ある時代までの東京下町生まれの知識人の多くが、異口同音に述べている。

下町の象徴のようにおもわれている件の雷門も、高度成長期の建造であるという。

下町というイメージを演じる下町。そんな文脈において、いまのメディア化された浅草はディズニーランド的であるといえるかもしれない。

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