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映画『FAKE』のラストショットについて 1/3

後味の悪い映画である。映画『FAKE』(森達也監督)。人が悪いといってもよい。否定的にいっているのではない。迷っているなら観たらよいということだから。

ラスト12分間は衝撃だ、口外無用というようなことがいわれているらしい。むろん、そういうプロモーションである。それはそれでありだとして、ぼくは試写ではなくユーロスペースで観たから、そこに縛られる義理もない。ここではそのラストにかんして書こうとおもう。

というのも、ぼくの感じた後味の悪さは、ラストショットに集約されるからだ。電車の走行音やらドアの開閉の音やらケーキやらよく肥えた猫やら佐村河内氏の口太鼓やらその妻のすごく長い髪など、途中のいろんなディテールもおもしろいのだけど、それらについては省く。

なお、本作の背景ないし前提となっている佐村河内氏をめぐる一連の現象については、ぼくはひと通りのことしか知らないし、関心もあんまりない。本作にかんするぼくの主要な関心はこの映画そのものとその監督にある。そういう興味の持ち方は少数派かもしれないということを、あわせてお断りしておきます。

そんなわけで、ぼくとしてはまず作品をごらんになることを強く推奨します。この先を読むかどうかは各自でご判断ください。あとから「ネタバレじゃないか」と怒られても困ります。

べつに大したことが書かれているわけじゃないが、少々長いので三分割します。

     *

ラスト12分間というのは、監督が佐村河内氏を挑発し(ほんとうに人が悪い)、かれがそれに乗せられて再び「作曲」するシークエンスのことをさしているのだろうとおもわれる。やがて、一連の「騒動」以来ということらしい「新曲」が完成する。それを監督(と佐村河内氏の妻)に聞かせたあと、それまで作中で何度となく反復されてきたように、居間でケーキ(毎回かなり大きい)がだされる。すがすがしそうな表情を見せる佐村河内氏。

そこに監督が冷や水を浴びせるように言う。「いまぼくに何か隠していることはありませんか」。

何も言わず身動きもしない佐村河内氏。かれの右の横顔を映しだすそのショットが少しのあいだ続き、ぶった切られるようにして作品が終わる。つまりこれがラストショットだ。ぼくが観たときには、客席からは「えっ!」という声が複数あがったものだった。

ここが決定的に後味を悪くさせている。その質問の内容云々ではない。えっ、このタイミングでこの質問? ということ。

第2回につづく。

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