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『世界を変えた100冊の本の歴史図鑑』の書評執筆

週刊読書人』2015年12月4日号に『世界を変えた100冊の本の歴史図鑑』(原書房)の書評を寄稿させていただきました。

シリーズ〈本の文化史〉の書評を書きました

『週刊読書人』2015年8月14日号にシリーズ〈本の文化史〉(平凡社)の書評を寄稿させていただきました。対象としたのは、第1巻『読書と読者』(横田冬彦編)と第2巻『書籍の宇宙』(鈴木俊幸編)です。機会あればご笑覧ください。

バタイユ『ヒロシマの人々の物語』

広島と長崎に原爆が投下されてから70年がすぎた。あの経験をどう捉え、どう考えるかについては、いろんな立場や考え方があるだろう。そのなかで、バタイユのヒロシマ論は、いかにもバタイユらしい観点から独特の示唆を与えてくれるものだ。

そのちいさな論文は、いま『ヒロシマの人々の物語』(酒井健訳、景文館書店)として読むことができる。

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バタイユがこの論文を書いたのは、原爆投下から一年半後のことだ。ジョン・ハーシーによる被爆経験者のルポルタージュ『ヒロシマ』を読んで衝撃をうけたことが、直接の契機である。

といっても、それはよくあるような同情や憐憫によるものではないし、それらにもとづいて連帯を主張するようなことも(もちろん)しない。そのような言動はバタイユにとって、被爆という経験を、それを経験していない者から切り離してしまうことで、けっきょくは「人間的な意味」の範疇におしとどめようとするものであるからだ。よくいわれるような核兵器廃絶というスローガンも、バタイユなら「人間的な意味」の範疇にあるものだと言うかもしれない。

バタイユのいう「人間的な意味」とは、イデオロギーや価値、道徳などといった、既存のあらゆる規範的枠組みのことをさす。バタイユが主張するのは、被爆の経験とは、むしろそのような「人間的な意味」の枠組みがすべて無効になってしまった刹那に現出する、「動物的」な地平において理解されるべきだということである。そのような地平に立つことによって初めて、人間は、みずからがつくりあげ、みずからを縛りつけてきた種々の枠組みを根底から批判し、解体することが可能になるからだ。

そのような戦略ゆえ、短く簡潔な論文でありながら、バタイユの主張は、一般にはいまひとつとっつきにくく、理解しにくいかもしれない。バタイユが見ようとしているものを、ぼくなりの言葉づかいでパラフレーズしてみるならば、既存の規範的枠組みが極限にまで到達した地点において突如として反転して切り裂かれる瞬間、というような様相ともいえるだろう。バタイユは、被爆という人類史上もっとも悲惨な経験を究極的な逆説として、そこに解放への可能性を見出そうとしているようにおもわれる。

バタイユの主張には、相互に関連しあう二つの視座が含まれている。

ひとつは、被爆という経験を、それを直接経験したひとたちの苦難の経験という観点から見るだけでなく、同時にそれ以外のあらゆるひとびとが日常において経験するさまざまな恐怖や不安と地続きでつながっていると捉える視座である。それは、被爆経験者とそれ以外の者を切り離してしまう愚を避け、被爆を人類全体の経験のなかで位置づけることを可能にしている。

もうひとつは、既存の諸種の規範的枠組みを解体しうる契機を、現にいまぼくたちが手にしているもののなかに見出そうとする視座である。よくありがちな「未来」や「理想」や「望ましい社会」といった、いまここに存在しないものに仮託するような態度は、むしろ、いまここにあるものを見つめる目を曇らしかねないものである。

バタイユによれば、核兵器とは「恐怖によって強制すること、恐怖を引き起こす側の意志を相手に強制すること」の極限的な姿をとったものなのである。だからこそ、日々直接間接に経験されるあらゆる「恐怖によって強制すること」から、ぼくたち自身が解放されなければならない。そしてそのための契機は、いまここにはないどこかにあるのではなく、ぼくたちのこの恐怖と不安、繁栄と虚栄、苦渋と諦観、快楽と絶望に満ちたこの世界のただ中に潜在している。ヒロシマ・ナガサキの経験は、そのことを人類全体に示唆しているのだというのが、バタイユの見立てである。

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上の写真は長崎の爆心地跡(2013年3月撮影)。

一読すれば気づくように、バタイユのヒロシマ論には、今日から見れば理解しがたい記述も含まれている。それにたいする批判があがるのは当然のことであるとしても、しかしそれゆえにこの論文を断罪するとしたら、やや残念なことだといわねばなるまい。ある時代・社会・文化による制約は、バタイユに限らず、誰であれ引きうけなければならない制約である。それらを割り引いたとしても、かれの提示した視座の可能性は、被爆から70年を経た今日でも、十分に汲み尽くされたとは、とても言える状況にはない。

経験から何を学ぶか。それはむしろ、学ぶ側の態度と器量の問題である。

読書人2015年上半期アンケート

今年も『週刊読書人』(2015年7月24日号)の上半期アンケートに寄稿させていただきました。今回ご紹介したのは、つぎの3冊です。

  • トッド・マクレラン『分解してみました』金成希訳(パイ・インターナショナル)
  • 森敏・加賀谷雅道『放射線像』(晧星社)
  • 五十嵐泰正・開沼博責任編集『常磐線中心主義』(河出書房新社)

上の2点は写真集、最後のものは論集です。これらを貫くぼくなりのテーマは「可視化」。可視化は、それ自体が発見であり、批評や提案であり、政治でもある。

毎回のことながら、こういうタイプの本を紹介するひとが、ひとりくらいいてもいいだろうと、勝手におもっています。

映画の荒野を走れ

なかなかに痛快な書である。『映画の荒野を走れ──プロデューサー始末半世紀』(上野昂志・木村建哉編)。映画プロデューサー伊地智啓へのインタビューがまとめられている。書名はいうまでもなく『濡れた荒野を走れ』(澤田幸弘監督、1973年)のもじりだろう。この作品も、伊地智のプロデュースである。

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伊地智といえば、相米慎二のプロデューサーとして知られている。以前に出版された『甦る相米慎二』のなかでも、相米作品とのかかわりについてインタビューが収められていた。しかし、伊地智のキャリアはその前後に数倍の規模で蓄積されている。それに比例して、インタビューも膨大なものになっていたようだ。だから本書では、伊地智プロデューサーが、自身のキャリアをふりかえって語ることで、その全体像が詳らかにされている。

伊地智は日本映画黄金期のちょうどピークに日活に入社した。その後急速に市場が萎み、日活はロマンポルノへ路線変更をはかる。そのタイミングで、助監督からプロデューサーに転じた。そのときの経緯や心持ちについては、あまりはっきりとは語られていないが、もちろんいろいろ考えるところがあったのだろう。以降は日活で、そして退社後はキティやセントラル・アーツを拠点に、もうめったやたらな勢いで、つぎつぎと映画をつくってゆく。

そもそも映画プロデューサーの仕事とは具体的にどんなものか、なににどのように目配りしなければならないか、そしてそれでもしばしば(というか始終)おきる予想外の事態にどう対処してゆくのか。

ひとつひとつのディテールがていねいに語られる。端々で映画プロデューサーとしての矜持が啖呵を切るように語られたりもする。なんとも興味深い。

長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』の現場のエピソードなど、何度読んでもやっぱり壮絶としか言いようがない。その混乱というか崩壊が相米慎二の登場につながるというが、また奇妙というか、必然というか。

語られる時期の大半は、撮影所というシステムが機能不全となり、今日のようなテレビ局を中心とした製作委員会方式が成立する以前の時期にあたる。伊地智は、撮影所システムに根ざした「日本映画」の枠組みがグダグダになってしまったあとの「荒野」のただ中で、とにかく自己の才覚だけを頼りに、道らしきものを必死で探りあてようともがいてきたのだともいえる。

その足跡は、やや大げさな言い方をすれば、崩れてしまった「日本映画」のつくり方を、もう一度普請し直すプロセスだったといってよいのかもしれない。

そしてその時期、伊地智だけでなく、ほかにも何人かの映画プロデューサーが、やはり同じ「荒野」をそれぞれの仕方で走り抜けようとしていただろう。いずれ、そうしたひとびとの仕事についても、こんなふうに聞き書きがつくられるなら、うれしい。

なお、渋谷のシネマヴェーラでは、本書の刊行にあわせて、伊地智啓のかかわった主要作品が上映中(6/5まで)。

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